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ダイアログ・ミュージアム「対話の森」で行った当事者研究ワークショップ。

コロナの感染再拡大が見られていた7月下旬。
ダイアログ・イン・ザ・ダークの視覚障害当事者アテンドの皆さんとオンラインで2日間、当事者研究ワークショップをしました。

ダイアログ・イン・ザ・ダークとは何でしょう。公式ホームページ( https://did.dialogue.or.jp/about/ )では次のように述べられています。

この場は完全に光を閉ざした“純度100%の暗闇”。普段から目を使わない視覚障害者が特別なトレーニングを積み重ね、ダイアログのアテンドとなりご参加者を漆黒の暗闇の中にご案内します。視覚以外の感覚を広げ、新しい感性を使いチームとなった方々と様々なシーンを訪れ対話をお楽しみください。1988年、ドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれたダイアログ・イン・ザ・ダークは、これまで世界41カ国以上で開催され、800万人を超える人々が体験。日本では、1999年11月の初開催以降、これまで22万人以上が体験しています。暗闇での体験を通して、人と人とのかかわりや対話の大切さ、五感の豊かさを感じる「ソーシャルエンターテイメント」です。

視覚障害当事者アテンドは、暗闇のなかで目が見えるゲストたちをアテンドする人です。日常、暗闇あるいはそれに近い状況で生活されているわけですから、ダイアログ・イン・ザ・ダークでも彼らにとっては馴染みのある世界。暗闇では目が見える私よりも「つわもの」であることはまず間違いありません。当事者研究は、簡単に言えば、自分自身に起こっている苦労や困りごとについて研究し、他者と語り合い、対処法を探求する手法です。そのような当事者研究のワークショップをどうして視覚障害当事者のアテンドの皆さんが経験することになったのか。当事者研究を経験することでどう変わったのか。ここで話したいと思います。

ワークショップ当日。アテンドの皆さんは竹芝にある対話の森ミュージアムに集合。そこではソーシャルディスタンスを考えた座席レイアウト、マスク装着などコロナ感染への対応をしていました。また、伊藤詩織さんなどメディア関係者も取材に来ていて少し慌ただしそうな様子でした。

アテンドの皆さんの人数が多いので、4つのグループに分けて1グループ×2時間でワークショップを実施。私は全てのワークショップで当事者研究ファシリテーターを担いました。ファシリテーターを務める聴覚障害当事者1名と視覚障害当事者6,7名が一緒に研究する。なかなか見られない面白い組み合わせです。

実は、ダイアログ・イン・ザ・ダークは、コロナ感染拡大の影響により実施困難になりました。しかしここは数々の苦難を乗り越えてきた皆さん。「ダーク」というベールを脱いで「ライト」というふうに真っ暗闇の会場を明るくすることで、視覚障害当事者のアテンドとともに「対話の森」にいってみよう、というアイデアを生み出しました。

それを聞いた私は、視覚障害当事者アテンドにとって大きな「旅」になると思いました。「ダーク」は、目が見えるゲストにとって身体の使い方や外界とのつながり方がわからなくなる空間であり、視覚障害当事者アテンドにとってはそうしたゲストに文字通りアテンドすることで様々な「対話」をすることができる壮大な装置でもあったと思います。

ダイアログ・イン・ザ・ダークを経験した伊藤(2015)が「見える世界ではありえないことに、初対面の人と腕を組み、肩を寄せ合って進むようになります」と語っていたように新たな対話が生まれていたのですが、コロナ感染予防の観点からも難しくなり、そのなかで期間限定で「ダイアログ・イン・ザ・ライト」をやろう!というアイデアが生まれたわけです。暗闇での経験はなく、視覚障害当事者アテンドや他のゲストが円のように座って「対話」する、というイメージです。つまり、対話を促す装置としての「暗闇」ではなく、対話を創り出すツールとしての「言語」を使うのです。

お互い「言語」が使えるとはいえ、それで一体どのような「対話」を創り出せるというのでしょう。実は、私自身、視覚障害当事者アテンドの皆さんと一斉に話し合うという経験がありませんでした。ただ、視覚障害当事者が聴覚や臭覚、触覚などを駆使して外界と相互交渉できているということは、福島智先生や視覚障害のある大学教員との対話で知っていました。そこで特別支援学校教員を養成する仕事をしていることもあり、当事者研究ワークショップの下準備として視覚障害当事者の心理、教育や就職はどうなっているのか理解したいと思い、調べてみました。

そうしたら、視覚障害者の心理に関する研究は他の障害と比べて国内外ともに非常に少ないこと(奥田・岡本, 2017)や、キャリア教育では人間関係形成・社会形成能力が特に重視すべき能力として指摘され、他者を理解する力や他者に働きかける力などが肝要な問題として捉えられていること(中村・高田屋, 2018)などがわかってきました。視覚障害当事者の中には自己の心理的な側面を内省的に言語化する学びの機会があまりなく、しかも自己より他者の方に関心を向けさせようというきらいがあるようにも感じました。加えて、「雇用が難しいと思われる障害の種類は何か」という設問に対して事業所の約8割が視覚障害者であると回答していました(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構, 2008)。充分に文献調査をしたわけではなく、視覚障害当事者アテンド全員もそのような状況におかれているとまではいえませんが、何か重い現実を見せつけられたような思いでした。

「ダイアログ・イン・ザ・ライト」では、暗闇という装置がない以上、視覚障害当事者アテンド本人が、ある意味「裸」になって自分自身を「言語」で語ったり、目が見える相手に「あなたはどのように生きているの?」と「言語」で引き出したりすることが求められます。前述した現実を視覚障害当事者アテンドの皆さんが生きてきたとしたらどうなるのでしょう。まさに前述したように、自分自身にも変化を迫られるほどの大きな「旅」になるはずです。

そこで「当事者研究」というツールを使うことで、次のような「対話」の可能性に気づいてもらえたらと考えました。1つは、自分自身が抱えていた苦労や生き方の研究を一人で背負わずともにわかちあうこと。2つ目は、わかちあうことでどうなるのかといった不確実性が起こっても希望や発見が先にあるかもしれないとワクワクしていられること。3つ目は、そうワクワクしながら自由に語り合える空間を創り出すこと。そうすれば「ダイアログ・イン・ザ・ライト」はゲストだけでなくアテンドの皆さんにとっても面白くワクワクするものになるだろうと思いました。

そうしてファシリテーターとして一抹の不安を抱えながらスタートしたワークショップ当日。当事者研究では「苦労」を語ることから始めるのですが、予想していた以上にしんみりとならず笑いが絶えないワークショップになりました。例えば、「どうにかこぎつけた入社面接では移動方法や日常生活ばかり聞かれて、丹念に準備していた自己アピールができず時間切れになってしまった」、「駅など初めて行くところでまず困るのがトイレ!しかもたくさんの人が歩き回っているので相手の特性がつかめずまるでロシアンルーレットです」など。とても他人事とは思えない苦労とユーモアに満ちた語り口で盛り上がりました。

また苦労する場面は似ているようでも、その苦労の起こり方が一人ひとり違うこともお互いにとって新たな発見に。さらに苦労1つひとつをとりあげてどのようなワザ(対処)が考えられると思う?と問うてみると、つわものと思われる視覚障害当事者アテンドから「駅でトイレを探す時は、カップルや子連れの家族に声をかけるといいよ!丁寧に答えてくれることが多いから!」と伝授。これもまた皆さん納得しては爆笑。そうして時間を忘れてしまうほど夢中に。

ワークショップの最後には、一人ひとり感想を語ってもらいました。「自分は日常生活で問題なくできていると思っていたけれど、他者の語りを聞くことでそうでもなかったんだなと自分が見えてきた」「これまで困りごとを語る発想がなかったし、ワザを共有し、共感もしてもらえて嬉しかった」など自分について新たな発見ができる対話の経験ができていたようです。アテンドの皆さんは、当事者研究のように苦労や生き方の研究を語り合う視点はあまり持っていなく、しかも自分と同じ視覚障害者アテンド同士でそこまで対話することもあまりなかったとのこと。

後日、視覚障害当事者アテンドの皆さんから改めて多くの感想を頂きましたが、そのなかで印象に残ったのが次の語りでした。

受講して感じたことは、私たちはあまり「視覚障害者」という立場での主張をしてこなかったのだということです。もう少し正確に言うならば、アテンドという職業をすることによってより主張しなくなったのかもしれません。盲学校から社会に出た際は、それまで守られていた世界にいたところから、一気に自分でどうにかしていかなくてはいけないという荒波に飲まれながらどうにかその場を乗り越えてきました。その際は間違いなく「困ったこと」ばかりだったように思います。「困ったこと」を分析するという行動ではなく、適応することに力を向け、その流れの中で自分の人生を切り開いてきました。さらに、アテンドという仕事を知り、やる中で人との関係性の中でよりポジティブなアプローチを身に着けていくことで、自分と障害のバランスが変化していたのだとも思っています。極端なことをいうと視覚障害で困ったことを言い続けている場合はまだ障害受容ができていないと言ってもいいような風潮が誰も声には出さないものとしてあったようにも感じています。今回の研修を通して新たな手法があるんだということは知ることができました。私たちの職場にはとてもユニークな仲間が多くいます。それだけ知恵を多くもった人が集まっているのだとも言えます。その知恵を貸し借りしていくことは新たな可能性に満ちていることは想像できました。もう少しその手法を使えるようになったらとは思っています。「視覚障害」だけでなく、「アテンド」など視点を変えれば当事者研究の幅も広がります。私たちなりに当事者研究が進められたらと思っています。

まさに「当事者」の語りです。「対話の森」を生きるアテンドとして、「現実世界」を生きる視覚障害当事者として、いかに自問自答しながら用心深く踏み出して生きてきたのかを感じさせることばです。ことば1つひとつが犇々と深く伝わってきます。視覚障害当事者ではない専門家による調査報告から見えてきた重い現実に対して、当事者はどのように捉えていたのかが垣間見られたような気がします。

今回のワークショップが、皆さんにとって自分探しの「旅」を方向付けるきっかけになれば本望です。また、「ダイアログ・イン・ザ・ライト」という不確実性が大きい未知の世界に、当事者研究の力を借りてゲストと対話をしながらすっと踏み出していけることを願いつつ。そうしてファシリテーターの仕事を無事に終えることができました。