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東日本大震災におけるICT活用の実践。

iPhoneを購入。それは東日本大震災が起こる前のことでした。
このデジタルデバイスが、ろう・難聴の遠隔コミュニケーションや情報保障でどのように役に立つことができるのか色々と試しました。

音声認識、テレビ電話、メモ、懐中電灯、SMSなど様々なアプリをダウンロードしては実際に使ってみて、使い勝手の良さ、実用性の高さ、使用場面との相性などを確かめたのです。

そして3月11日。地震の異常に大きな揺れがおさまった後、iPhoneの様々なアプリを駆使して情報収集を行いました。特に有効だったのがTwitterです。
Twitterには、災害関連のアカウントだけを収集したリストを作成しました。このリストは、地方や県といった広域のレベルで情報を集約・発信することが多いテレビと比べて、地震情報、被災状況、生活物資の配給などのローカルな情報を収集するのに役に立ちました。
また、Twitterのツイート検索機能も大変助けられました。スーパーマーケットやコンビニエンスストアのどこもなかなか営業が再開されないなか、食料や生活用品を確保するためにどこに並んで待てばよいのかという情報が必要でした。そこで同機能で町名やスーパーマーケットなどの名称を検索したところ、自宅から徒歩15分にあるスーパーマーケットが営業を再開すると住人がツイートしているのを見つけ、すぐ駆けつけて食料を確保できたのです。

他の各種アプリも様々な場面で活用できました。これ1台あれば、生活が復旧するまでは状況を把握しながら支援活動できるかもしれないと思えるほどでした。停電期間中は、iPhoneのバッテリーが切れた時に備えて、大学の松﨑研究室においてあった複数のノートパソコンを持ち帰って充電用に使いました。

一方で、沿岸部で被災したろう・難聴当事者の皆さんが、誰かと連絡とりたいのに安否連絡用に臨時設置された電話では連絡しようがない、周囲の状況がどうなっているのか全く情報がないから身動きできない、誰かと手話で話したい、など切実な困りごとを抱えていることがわかりました。

しかも彼らの中には、iPhoneを所有していたのに、テレビ電話アプリなどがあることは気づいていなかったのです。店舗でiPhoneを購入しても、店員さんが、ろう・難聴当事者であるお客さんにどのようなアプリが使えるのかまで説明することはないのです。ろう・難聴当事者のようにマイノリティの多様性に対応できる店舗販売システムはまだなかったわけです。

そこで、iPhoneやiPadといったICTツールを活用した救援活動も展開できないかと考え、前例のない試みをすることになりました。

まず、救援活動に必要な台数分を確保する必要があり、Twitterのタイムラインでソフトバンク株式会社孫社長と支援を要請する方とのやりとりを観察しました。その結果、孫社長が支援しましょうとGOサインを出してくれるのは、抽象的なお願いではなく、何のために/何を/どのように、といった具体的な情報が確認できるお願いのツイートでした。

そこで、3月21日に「被災地の難聴者やろう者はiPhone、iPadで手話でのビデオ通話や文字で遠隔通訳支援を必要としています。iPhone50台、iPad10台の貸与を希望します」という内容のツイートを孫社長に送りました。ありがたいことに孫社長は次のように「やりましょう」と返してくださいました。ツイートした翌日の22日には、もう仙台に希望通りの台数分が届いていたのです。予想を上回る迅速な対応で大変驚きましたし、本当にありがたかったです。

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その動きを知った仙台の株式会社プラスヴォイスが、力になることがあればやりたいと言ってくださったので、iPhone、iPadを数十台渡し、次のように行うようにお願いしました。
①被災したろう・難聴当事者や支援活動をしている方々がすぐ使えるように初期設定し、情報収集や遠隔コミュニケーションに使えるアプリのインストールをすませた状態にしておくこと。
②株式会社プラスヴォイスが、これら端末を管理し、希望するろう・難聴当事者にどのように利用するのかを説明するといった利用者支援窓口を同社に設置したり、現地に赴いて渡したりすること。
③利用者もどのようなアプリがあるのかがわかるように説明書を作成・配布すること(下画像)。※現在は使用していません。

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同社がこちらのお願いを全面的に引き受けて対応してくださったおかげで、iPhoneにはどのようなアプリがあるのか、どのように使えるのかを知ったろう・難聴当事者は、被災状況の把握、相互連絡、救援活動の記録・共有などの目的で活用できました。高齢のろう者の方の中にも、テレビ電話アプリを使いこなして、被災地の状況を映像で見せながら手話で報告していたとのことです。

また、被災した大学でも支援学生や支援職員が被災してろう・難聴学生への支援が難しくなりました。ソフトバンク貸与のiPhoneを使えば遠隔情報保障ができるということがわかり、PEPNet-Japan(日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク)と連絡を取り合い、こちらが被災大学を回ってソフトバンク貸与のiPhoneを貸し出し、基本的な使い方を説明しました。PEPNet-Japanは東北地区大学支援プロジェクトを開始し、モバイル型遠隔情報保障システムを構築して、全国各地の大学と連携しながら遠隔情報保障支援ができるように進めてくださいました。この詳しい流れについては、磯田恭子・白澤麻弓(2014)「東北地区大学支援プロジェクトの実施とその後の広がり」をご覧ください。

このようにデジタルデバイスを活用することによって、震災による二次的障害(情報アクセスやコミュニケーションの重大な制限、生活再建の大幅な立ち遅れなど)を多少軽減させていくことはできたのではないかと思います。

このようにSNSをはじめとするICT活用による障害者災害支援は世界的に注目され、国際連合も障害分野における災害リスク削減にICT活用は重要と認識するようになりました。
日本財団から、国際連合で障害と災害に関わる提言を作成するために提言してほしいとのご依頼を頂き、ジュネーブに赴いで国際連合主催の防災プラットフォーム会合で「障害と防災、ICT」をテーマに提言させていただきました。その内容は、2015年に仙台で開催された第3回国連防災世界会議の防災行動計画にも反映されました。

現在は、子ども、高齢者や障害者も利用するほどスマートフォンやタブレットはすっかり普及してきたようです。また、Net119のように聴覚・言語障害当事者でも緊急通報ができるようなアプリが開発されたり、音声認識や翻訳など言語や手段の多様性に対応できるコミュニケーションアプリも出てくるようになりました。

一方で、それぞれのニーズに特化した利用者支援システムは依然整備されていないのです。店舗窓口担当がサービスの一つとして行うのか、聴覚障害者情報提供施設の事業として実施できるのか、など誰がどのように対応するのかも考えねばなりません。
また、デジタルデバイスが使えないろう・難聴当事者に対してもICT活用支援のみを考えるのではなく、紙媒体で自分のニーズや必要な支援内容を緊急事態でも的確に伝えられるようなNon-ICT活用の充実も考える必要があります。

何よりICT活用は電気を確保できる前提で使っているのだという意識も持って過度に依存せず複数の選択肢や手段を用意することも忘れてはならないのです。このことを念頭に置きつつ、いつでもどこでもだれかと繋がれるようにICTをどのように有効活用していけるのかいろいろと試していけたらいいかなと思っています。