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「意思表明」とは何か、という話。

障害者差別解消法では、社会的障壁を除去し、合理的配慮を提供するために、「障害者の意思表明」が必要であると規定しています。

私も当事者としてこれまで様々な場面で意思表明していますし、障害のある子どもや青年が意思表明できるようになるための支援の研究や実践にも取り組んでいます。

ところで、冒頭の規定内容が広く認知されてきているなかで、障害当事者の中には、職場や社会等に対してうまく意思を表明できないから権利を行使する能力が足りないのかなと思い込んで嘆いたりする方々が続出しているようです。

しかしそこにはおそらく「意思表明」に対する誤解も入っているのではないかと思います。ここで、障害者権利条約第12条<法律の前にひとしく認められる権利>の2項、3項の条文(外務省訳)を確認して「意思表明」についてちょっと整理してみます。

2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。
3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。

しかし、この条文だけではどういうことなのかちょっとわかりにくいのでしょう。そこで国連障害者権利委員会が第10回セッション(山本眞理仮訳)でこの条文に関する解釈を議論した次の内容が参考になります。

2項について

法的能力と精神的能力は異なった概念である。法的能力は権利と義務を保持すること(法的地位)と、これらの権利と義務を行使すること(法的行為主体)の能力である。これは社会への意味ある参加を可能にする鍵である。精神的能力は個人の意思決定技術に関わり、当然個々人の間で違いと幅があり、そしてその人の周囲の環境や社会的要素を含む多様な因子に左右されるものであり、人によって違ってくるであろう。12条はあるとされたあるいは実際にある精神的能力の欠如が法的能力否定の正当化に使われることを認めない。

3項について

法的能力行使への支援は、障害者の権利、意志そして選好を尊重しなければならず、代理決定に至ることは決してあってはならない。12条3項は提供されねばならない支援の形態については特定していない。「支援」はインフォーマルとフォーマル両方の支援の取り組みを含み、その形態も量も多様な取り組みである、大きな範囲に広がる。例えば、障害者は1人あるいは複数の信頼できる支援者を多様な種類の決定のための、法的能力行使を支援する人として選ぶかもしれない。あるいは、ピアサポートやアドボカシー(セルフアドボカシー支援も含む)またはコミュニケーション支援といった多様な形態の支援をつかうかもしれない。障害者の法的能力のための支援はユニバーサルデザインとアクセシビリティにも広がる措置をも含むであろう。

障害当事者は、第2項において、他の者と等しく権利を保持し、行使するといった「法的能力」を生まれながらに持っていると認められているのです。

その上で、実際に社会にその権利を行使する時は、その個人の心身状態や環境・社会との相互作用等によって身についた「精神的能力」を使うことになります。

もしある人に「精神的能力」が不足している時、「法的能力」もないね、と否定的に捉えることは間違っていますし、法的にも許されないことです。

ところが冒頭で述べたように、職場や社会などからの抑圧(無言・無意識の抑圧も含む)によって、「精神的能力」だけでなく「法的能力」さえも障害当事者自ら否定しまうような事態が現実に生じています。だから、第3項にあるように障害当事者が「法的能力の行使」をすることができるための支援が提供される必要がある、ということになります。

このことから、「意思表明」について次の2つの事柄が含まれていると考えることができると思います。

1つは、法的な文脈において「法的能力を保持・行使すること」を指します。障害当事者自身が自分にも「法的能力」が生まれながらに持っているのだと自覚的になり、関係する人々にそのことを何らかの言語・手段で示すことです。「当事者性の回復」ということもできるでしょう。

もう1つは、現実の具体的な文脈において「精神的能力を活用すること」を指します。障害当事者自身がどのような抑圧・社会的障壁があるのか、どのように除去してもらいたいのかを自覚し、関係する人々にそのことを何らかの言語・手段で示すことです。「当事者性の発揮」ということもできるでしょう。

もし、冒頭の障害当事者のように自分一人で行うのが難しいのであれば、この2つの事柄に基づいた「意思表明支援」を提供する必要があります。

障害当事者との係わりの経験が多くはない職場や社会がそれを提供するには限界があると思うので、私自身も含めて障害当事者団体やパターナリズムの立場ではない専門家や支援者も「意思表明支援」に取り組む必要があるでしょう。

障害者差別解消法では、「相談及び紛争の防止等のための体制の整備」といってそうした体制も意思表明支援の側面を担いうると思いますが、具体的な実践事例は今のところ見当たりません。

特に、聴覚障害領域となると「意思表明支援」の実践的見識はまだまだ蓄積されていないように危惧しているので、もっと充実させていかねば…と思っています。