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ろう学校における「震災教訓の継承」。

東日本大震災10年目を迎えます。
10年目になると、東日本大震災のような震災が起きた時に私たちはどのように対応していくことが大事になるのか、といった「震災教訓の継承」のありかたがますます重要になってきますね。

そこで、これまで把握してきたろう学校(聴覚支援学校)における防災・減災の取り組みや私が実践した防災授業の事例などから、ろう学校における「震災教訓の継承」について大事なことは何かを考えてみたいと思います。

児童生徒にとってろう学校における生活空間は、学校(校舎)と寄宿舎の2つに分けて考えることができます。

学校では、教職員が主な支援者になり、災害時や緊急時の対策、緊急伝達、防災設備などを取り決め、人事異動があっても確実に継承されるように取り決めた情報をファイリングしてバトンタッチする体制がとられることが多いようです。そして、児童生徒は、そうした体制下で自分の命を守るための避難行動を正確に覚えておくことが中心になるでしょう。このようにして公助としての震災教訓の継承が行われることが多いと思います。

寄宿舎については、寄宿舎を利用する児童生徒の人数が寄宿舎指導員のそれを上回ることがあるため、共助としての取り組みが鍵になると思います。震災が起こった時の人的リソースは、寄宿舎指導員だけでなく上学年の児童生徒、近隣の人々になるので、まずは利用者同士で寄宿舎内の生活の様々な場面で震災が発生した時にどのように対応できるかを話し合い、災害リスクを減らす行動計画を立てます。そして、近隣にどのような施設や店舗があって、どのようなつながりを作るかを考えることになります。

以上の公助、共助は、学校という生活空間における取り組みになるのですが、登下校や週末では学校以外の生活空間で過ごすため、児童生徒における自助はどうしたらいいのかが課題になります。この点について、東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議(2012)では、次のように述べています。

災害発生時に、自ら危険を予測し、回避するためには、自然災害に関する知識を身に付けるとともに、習得した知識に基づいて的確に判断し、迅速な行動を取ることが必要である。その力を身に付けるには、日常生活においても状況を判断し、最善を尽くそうとする『主体的に行動する態度』を育成する必要がある。

自然災害に関する知識は、自立活動だけでなく教科指導でも学習することができます。例えば、理科・地学:自然現象の発生機序(津波、地震など)、国語科:読み書き、災害に関わる教材(「稲村の火」など)、社会科:防災に関わる市民の役割、公共サービス、歴史など。また、社会科歴史で関東大震災や阪神大震災などにおけるろう・難聴当事者が直面した事柄も震災教訓を見出す教材として取り上げることで、聴覚障害固有の問題への対処を考える経験もできるでしょう。

その上で、「状況を判断し、最善を尽くそうとする『主体的に行動する態度』を育成する」点ですが、例えば、学校生活のあらゆる場面で私たち大人が先走りして社会的障壁を除去したり問題を解決してあげてしまいがちなことを、子どもたちの生命や学校環境の安全などに支障をきたさない範囲で、子どもたちにその問題を返してみる。例えば、学校行事の情報保障の方法や通訳者の手配をどうするか、集団で活動する時のコミュニケーション環境をどうするか、など。こうして教育的視点で作られた課題状況をどのように判断するか、どう対処していくか主体的に行動する経験を教育的な視点で作っていくということが考えられます。また、家庭でも同様の経験ができるように親御さんのご協力も欠かせないでしょう。主体的に行動することの「日常化」にもつながりますね。

また、避難訓練のようにこのように行動しておきましょう、というふうに避難行動などのルールを徹底しておく取り組みとは別のアプローチも考えてみます。ルールの徹底や”絶対解”とは異なり、想定外の状況に直面した時に“最適解”のように自分の生命を守るために必要な行動を見つける最適な判断を高める取り組みも欠かせないのではないかと思います。日常生活や教科指導などを通して得た知識だけでなく、災害で起こる未知の場面について想像力を働かせて起こりうる災害リスクを想定し、それに対する対処を考えてみるような教育活動です。

その教育活動の一例を紹介したいと思います。
宮城教育大学では、ろう・難聴学生支援の教材として災害対応カードゲーム教材「クロスロード」を開発し、研修を行ったことがあります。クロスロードの意味は、岐路、分かれ道のことであり、転じて「判断のしどころ」になります。この教材の特色は、ある課題状況に対してどうするかYES/NOのどちらを選んでも何らかの犠牲を払わなければならないような「ジレンマ」が多数あって、しかしその課題状況について他者と話し合うことで、判断に必要な情報や前提条件を見出していく、というものです。

この教材は、阪神・淡路大震災で、災害対応にあたった神戸市職員へのインタビューをもとに作成されたもので、「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」(文部科学省)の一環として、矢守克也さん(京都大学防災研究所准教授)、吉川肇子さん(慶應義塾大学商学部准教授)、網代剛さん(ゲームデザイナー)によって開発されました。クロスロードの進め方やルールなどについては、このサイト(「内閣府防災情報のページ」)で見ることができます。ろう・難聴当事者の災害リスク削減に対する意識を高めるのにこの教材は使いやすいと思い、吉川肇子さんに連絡してクロスロード開発について了承を得て制作しました。

無題1

私は、この制作・研修の経験を踏まえて、ろう学校の防災授業でも、児童生徒向けにアレンジしたものを作って東北や関東のろう学校の自立活動授業で実施してみました。児童生徒の実態を把握している先生方と共同で作成したクロスロードの一例を示します。

第5分科会スライド


私が授業者になり、これを小学部の子どもたちに見せて手話で説明した後、「聞こうかな?、聞かないでいようかな?、どっちかな?」と尋ねます。その時の授業記録をここに掲載しておきます。どのようにして子どもたちの判断の仕方が質的に高まっていくのかがわかるかと思います。

私 「どっちかな?」
児童多数 「きく!」
私 「おお、『きく』が多いね。ではどうやってきくの?」
児童A「隣の人の肩を叩く!」(中学部生徒数名が少し笑う)
私 「うん、叩いた後は、どうするのかな?」
児童A「話す!」
私 「積極的でいいね。でも、どうやって話すの? スライドを見て考えてね」
児童A「書く…?」(他の人が「暗いから見えないよ」と指摘する)
私 「じゃあ、A、どうしたら見えるかい?」
児童A「懐中電灯を使います」
私 「なるほど。皆さんはいつも懐中電灯を持っているの?(多数が首振り)持っていないよね。じゃあ、持っていないから、どうするか考えてみよう。A、他の人の意見を聞いて、何かいい考えが出たら教えてね。」
児童B「私はきこえないので声で話すことはできません。手に書いて伝えます」
私 「新しい考えが出てきたね。その人の手に書く方法だね?(児童B頷く)。じゃあその人の手に書いてみると、その人はどうするのかな?」
児童B「書いてくれると思います。」(小学校高学年の児童が「え~」と言う)
私 「今の考えに対して何か意見があるのかな? どうぞ」
児童C「暗い中で書かれたらびっくりすると思います。」
私 「なるほど、暗くてお互いの顔が見えない時、突然手を触られると驚くよね。じゃあどうしたらよいかな?」
(児童C「うーん。」と考える)
私 「じゃあ、もう少し考えてみようね。また教えてください。はい、D」
児童D「外に出て月の明かりがあるところに人をよびます。」
私 「うん。お互い顔が見れるからいいね。皆さん、これはできそうですか?」(数名頷く)「じゃあ、もし月がなくて真っ暗な時はどうする?」
児童D「う・・・」
私 「体育館にいるでしょう。近くに何かあるんじゃないかな?」
児童E「自動車!」
私 「うん、体育館の周りに車がたくさんあると思うよね。どうやって明るくなるの?」
児童E「スイッチを入れる。」
私 「スイッチを入れるにはどうしたらいいの?」 
児童E「うーん・・・」
児童F「はい。自動車が来るのを待って、来たらそこに行って話をします」
私 「なるほど。皆さん、これはできそうですか?」(数名頷く)・・・中略・・・「じゃあ、これから皆さんの発言をここに書いておきます。(板書)皆さんが『きく』を選んだよね。『きく』時は、(板書を指さして)どれができると思いますか?」
(月のあかりがあるところで人をよぶ、自動車が来るのを待つ、明るい所で自分がきこえないことを書いて渡す、懐中電灯を用意する、などが多く選ばれる)
私 「うん、色々な方法があるね。じゃあ、今からできることはどれですか?(多数が、懐中電灯の項目を指す)うん、これは今からやりましょうね。地震が起きて体育館に行ったときは、これらをやってみましょうか。真っ暗になったり知っている人がいないと怖いけど、何ができるかなと周りをみてこれらを考えてみようね。心配な時は、家族や先生とどうしたらよいか話してみてね。」

他にも聴覚障害固有の様々な災害リスクはあります。
例えば、震災発生直後で近くにいる聴者に、聴覚障害当事者である自分のニーズを伝え、自分が行動するために必要な情報を引き出すことを迅速かつ的確に行うためには? 家にいる時家族に状況を聞いても情報収集に手一杯で「大丈夫!あなたは待ってて」と言われるだけで自分は何もできず無力感に襲われたらどうしたらいい? など。これらを題材にして皆さんでどうしたらいいんだろうとアイデアや知恵を出し合うことが大事だと思うのですね。なんとなく何かを購入して用意しておくよりも、自分の身に合った行動計画や支援ツールの選択などをより具体的に考えていけるような気がします。また、学校の立地条件や周辺環境を調査して、安全な場所はどこか、どこに一時的に避難しておいたらいいかなど理科や社会科で学んだ知識を使って実地検討する経験も考えられるでしょう。

このようにろう学校における「震災教訓の継承」は、子どもたち一人ひとりが災害リスクを自分の身に引き寄せて考えるような対話・学習の機会を学校全体で意識してしっかり作ることで、確実に進めていけるのではないか。
いつもそんなふうに考えています。