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軽度・中等度難聴者支援体制の整備について

 軽度・中等度難聴者は、現在も身体障害者福祉法において認定対象外とされています。障害者手帳を交付してもらえず、本人や家族は「あなたは法的に障害者ではありません」と言われてしまうという状況が起こっています。学生時代から、大学で勤務している軽度・中等度難聴の職員とこうした問題について情報交換しており、問題意識を持っていました。そして、2005年度に宮城教育大学教員として採用されてすぐに仙台市の受託研究「軽度・中等度中途聴覚障害者生活支援システム構築に向けた研究(仙台市、宮城教育大学)」を担当することになり、前述の職員も加わって様々な研究を行いました。
 それから20年間程経ちます。当時と比べて軽度・中等度難聴者支援の体制整備が非常に進んでいるようには感じられない気持ちを今でもずっと抱いています。そこで、仙台市受託研究最終報告書から上記タイトルに関する章を一部抜粋したものをここに掲載することで、全国各地で軽度・中等度難聴者に対する支援の施策がどこまで進んでいるのかを確認する一助になればと思います。もちろん当時と現在とでは法律、施策や支援体制などが変わっていることは承知しております。
 ただ、軽度・中等度難聴者の中には障害者手帳を持っていないから障害者福祉サービスは利用できないと捉えていることが少なくないので、なるべく軽度・中等度難聴者と利用可能な福祉サービスとをつなげていくことが必要ですし、補聴器購入補助のように軽度・中等度難聴者も利用できる福祉サービスの拡充のために何らかの方策が必要です。

松﨑丈(2006)第11章 軽度・中等度聴覚障害者の生活支援システムの構築に向けて. 軽度・中等度中途聴覚障害者生活支援システム構築に向けた研究最終報告書, 67-70.

以下、抜粋。

 軽度・中等度聴覚障害者は、生活上、さまざまな問題を抱えているにも関わらず、障害状況が身体障害者障害程度等級の認定基準に該当しないため身体障害者手帳の交付が受けられず、同法の支援対象とはなっていない。
 そこで本研究では、軽度・中等度聴覚障害者への支援に関する検討とシステム構築が、仙台市が目指す「全ての障害者があらゆる生活場面で人間らしい生活が営めるような支援体制」の確立には不可欠であると考え、軽度・中等度聴覚障害者および彼らを取り囲む現状と課題について多角的な視点で調査研究を行った。更に、今後の支援システム構築に向けた試みとして、軽度・中等度聴覚障害者セルフヘルプ支援、軽度・中等度難聴当事者セミナーの開催、軽度・中等度聴覚障害者への理解推進のパンフレット作成の3つを実施し、検討を行なった。
 以上の調査や試行事業を通して、軽度・中等度聴覚障害者にどのような支援体制が望まれるのかについて検討した結果、2つの大きな事業に集約された。すなわち、軽度・中等度聴覚障害者のエンパワメントの促進をねらいとした相談支援ネットワーク事業と、軽度・中等度聴覚障害者が残存聴力を有効活用して社会参加できるように支援することをねらいとした音声コミュニケーション支援事業である。以下、各々の事業における支援サービスの概要を述べる。 

(1) 軽度・中等度聴覚障害者相談支援ネットワーク事業

1)身体障害者福祉法に基づいて整備されている現行の相談事業が、軽度・中等度中途聴覚障害者も社会資源の1つとして活用できるよう推進すること

 今回の調査から、仙台市が提供している福祉サービスのうち、身体障害者研修・講習(表1内の①耳の不自由な方の社会生活教室、②難聴者・中途失聴者の緊急生活訓練難聴者と対応)、通訳(⑨手話通訳者派遣ネットワーク、⑩手話通訳者・手話奉仕員・要約筆記奉仕員の派遣)、雇用・就労(⑬就労支援センターで相談・支援)、及び障害者相談(③市長より委嘱された見識の高い障害者が、同じ障害者の立場で相談・助言指導を行なう)と聴覚障害者福祉相談(④市長より委嘱された聴覚障害者が、相談に応じ助言指導を行なう)の事業は、軽度・中等度聴覚障害者がその利用対象者として含められていることが確認された。しかし一方では、軽度・中等度聴覚障害者の利用が進んでいない現状も、あわせて明らかになった。

 そこで、今後は、下記の相談事業は軽度・中等度聴覚障害者にも利用できることを、「せんだいふれあいガイド」のような公的資料や仙台市ホームページ等で明記するなど情報普及を強化する必要があると思われる。

2)軽度・中等度聴覚障害者を対象とした相談窓口および相談支援ネットワークを新たに設置・整備すること

 ①軽度・中等度聴覚障害者ピアカウンセリング支援事業の設置
  軽度・中等度聴覚障害者が直面している問題を軽減するためには、当事者支援の最初の段階で、当事者同士がそれらを語り合って、自身の障害状況や潜在的なニーズを正しく認識し、どのような支援が必要であるかを相談しあう場を確保することが不可欠だと考える。それは、いわば当事者によるエンパワーメント機能を備えたピアカウンセリングの場(相談窓口)であり、それによって自らが取り組むべき具体的な行動への移行が強く期待される。
 ピアカウンセリングに対する当事者のニーズの高さは、調査研究の結果からも明らかになっている。また、当事者団体「かものはし」の調査と、「軽度・中等度聴覚障害者セルフヘルプ支援の試み」および「軽度・中等度難聴当事者セミナー」の成果からみても、仙台市は、当事者が相互に接触および交流・カウンセリングできる場を用意するとともに、その事業を支援することが急務の課題であると考える。
 実際の事業実施に当たっては、例えば、軽度・中等度聴覚障害者も少数入会している宮城県・仙台市難聴者・中途失聴者協会のような既存組織との連携により、ピアカウンセリングの場(例えば、「軽度・中度難聴者の会」のような名称で)を定期的に設け、フリーディスカッション、ロールプレイング、障害者相談員や専門家による説明会などの企画を実施する方法なども考えられるだろう。
 
②軽度・中等度聴覚障害者「総合相談窓口」の設置
  今回の調査で、仙台市には軽度・中等度聴覚障害者が利用可能な相談窓口が少なくないことが明らかになったが、それら相互が機能的に連携されているかどうかは、必ずしも明確にならなかった。
今後は、軽度・中等度聴覚障害者の相談窓口利用が進むよう、相談者のニーズに応じて適切で有効な情報が提供され、更に関係機関に繋げてくれるようなコーディネート機能を有する機関が必要だと思われる。
 そこでは、軽度・中等度聴覚障害者の主訴・相談内容に応じて、身体障害者研修・講習、通訳、雇用・就労、聴覚補償支援などの基本的な事がらを説明するとともに、耳鼻咽喉科医師や補聴器販売業者とも連携し、聴覚活用についてもサポートできる体制を整備することが重要な課題となる。
そのような総合相談的な機能の整備により、相談窓口間の情報の共有化が実現し、軽度・中等度聴覚障害者のエンパワメントをより促進させることが可能になると思われる。
 現状としては、仙台市障害者更生相談所がこうした機能を有する相談窓口だと考えられる。
 
③軽度・中等度聴覚障害者および事業所に対する情報提供・理解普及のための資料開発
  今回の調査研究において、家庭内で軽度・中等度聴覚障害者がコミュニケーションの困難さに直面し、また、就労している軽度・中等度聴覚障害者も職場環境の中で多くの課題を抱えていることが明らかになった。その改善、軽減を図るには、まずは軽度・中等度聴覚障害者がもつ障害そのものについて理解を促すことが欠かせない。重要かつ有効なのは、当事者自身が主体的に発言していくことだろうと思われるが、その主体的な発言を促し、かつ周囲との相互理解の実現を支援するための資料の開発も重要な課題となるであろう。
 その資料は、軽度・中等度聴覚障害者自身や家族が障害状況を再確認できるとともに、家族や就労先の事業所に対して適切な情報を幅広く提供していくものでなければならない。具体的には、軽度・中等度聴覚障害の問題は何か、仙台市がどのような福祉サービスを提供できるか(例えば、現行の福祉サービスで利用できるものは身体障害者研修・講習、通訳、雇用・就労、相談員制度が挙げられること)などをわかりやすくまとめた当事者対象のパンフレットや、家族や事業所等を対象にした啓発用ガイドブック(※)を開発する必要がある。
 
 ※当事者、家族や事業所等を対象にしたガイドブックはすでに開発し、仙台市で発行・配布しました(下画像は同ガイドブックの表紙)。その中に仙台市が軽度・中等度難聴者に対して提供できる福祉サービス一覧を案内しています。

(2) 軽度・中等度聴覚障害者の音声コミュニケーションの支援を促進する事業 

1)軽度・中等度聴覚障害者を対象にした補聴器購入への支援

 調査研究を通じて、身体障害者福祉法に関する多くの意見を集約することができたが、その中で身体障害者福祉法による補装具交付の対象外になっている軽度・中等度聴覚障害者にとって、補聴器の自費購入は経済的負担が大きくのしかかるという問題が、当事者のみならず耳鼻科医師や補聴器業者からも指摘された。補聴器の購入支援については、岩手県遠野市および大船渡市の先進的な取り組みである「軽度・中等度聴覚障害者に対する補聴器交付事業」を調査することができた。両市が仙台市と比べて人口規模など地域状況が異なり、予算面についても大きな差がある中で一概に言えないものの、補聴器の供給支援は大いに検討すべき施策の一つであろうと考える。
 仙台市においても、同じような事業の実現に期待したいが、そのためには次のような検討が十分になされる必要があろう。一つは、身体障害者手帳取得における語音聴力検査の活用についての協議であり、もう一つは購入支援に係る聴力レベルについての検討である。これらについては、言うまでもないことだが、行政のみならず耳鼻咽喉医師の協力を得ること、また補聴器販売業者などとも連携しながら検討を進めなければならないだろう。

2)補聴器の有効活用に向けた、磁気ループやFM補聴器等補聴システムを整備すること

  調査研究の結果、軽度・中等度聴覚障害者は、磁気誘導ループやFM補聴器の存在や役割を知らない傾向があることが明らかになった。また、耳鼻科医からは、公的施設などに磁気誘導ループなどの設置を推進することや簡易機器の貸し出しを行う窓口設置の必要性について意見が出された。
 今後、さらに、主要な施設に磁気ループなどの設置を推進させるとともに、軽度・中等度聴覚障害者に対して、どの施設でのような補聴システムを用意しているかを公的資料等で公表する必要がある。これは、当事者の社会参加を促す重要な情報源としても活用されると考える。

3)軽度・中等度聴覚障害者を対象とした補聴器に関する説明会の実施・相談窓口の設置

  調査研究における岩手県遠野市と大船渡市の視察から、補聴器装用者にとって、いつでも利用できる「補聴器相談」また「補聴器の適切な装用を促し、その過程を支える」機能を備えた支援体制の整備が不可欠であることが分かった。
 また、補聴器販売者からの意見や当事者セミナーのフォーラムでも、補聴器の適切な購入・装用を促進させるために軽度・中等度聴覚障害者や家族等への理解普及および利用者啓発を図る必要があるとの指摘がなされた。
 既に述べたことと重複するが、耳鼻咽喉科そして補聴器販売業者との連携をもち総合相談窓口としての機能が果たせる機関を設置し、補聴器装用に係る相談への対応と支援を実現する必要性は高い。