続・チューチュートレイン

※前回(一部改変しました)の記事の続きです。罵詈雑言も含まれる為、それを了承された方のみお読みください。

偽ザイルは席に帰ってくるなり、今度はタブレット端末ではなく、レポート用紙を使って説明しだした。

お金の単位は、なぜかユーロを使っていた。

おそらく、こちらの金銭感覚を惑わせるためだろう。

瞬く間に、レポート用紙にはネットでよく見る「ねずみ講のピラミッド」ができあがっていた。

初期投資は1口20万円。

Aくんは5口も購入していたようだ。

偽ザイルによると、クーリングオフの期間内である14日以内の解約であれば返金保障があるらしいが、前日にネットで見た被害者の方のブログの内容によると、解約の手続きに14日〜1ヶ月かかる為、必然的に期間外になってしまい、以降は返金に応じないという手口をとっている極悪組織である。

そして、契約書をよく読むと、小さな文字でこんな文章があった。

「本規約はキプロス共和国の法律に準拠し、日本国の特商法などの法令は通用しないこととする。」

人間のクズだ。やはり人は見かけによる。

聞くと、Aくんは登録から13日目。

ギリギリ、クーリングオフの期間内である。

しかし、たとえ今日解約を申し出ても、のらりくらりと手続きが先延ばしになり期間外にされてしまい、放置され、泣き寝入りすることになる。

実際にAくんは前日に事務所に行き解約を申し出たが、偽ザイルに続けるように説得され、僕を勧誘してきたのだ。

このままではAくんの100万円はこいつらの懐に入ってしまう。

確かに、騙される側にも非はあるかもしれない。

しかし、世の中から詐欺がなくならないのは、人間の心のスキにつけこむような、騙すテクニックがあるからなのだ。

悪いのは絶対に騙す側だ。

こんなことが許されるのか。

比喩でも何でもなく、怒りで手が震えた。

「あれ!ようすけさん!手震えてますよ!もしかして緊張しちゃってますかー!?(笑)」

うるさいクズ!下の名前で呼ぶな!

お前みたいな人もどきは本物のチューチュートレインに巻き込まれて地獄に落ちろ!!

殴りかかってしまいそうになるのを必死で堪え、騙されているようすけさんに戻った。

「はい!こんなに稼げるなんてすごいなと思って!」

このあたりで、僕はAくんの100万円を取り返すと決心した。

しかし、ここで事を荒げても、たくさんいる仲間に制圧されてしまう。

事務所にいる間は、なるべく気弱で騙されやすそうな人間を演じた。

「EMとSUも950ユーロでオプションつけれます!ちなみにポジションを追加してもらうとグレードが上がって収益も増えるんでめちゃくちゃおすすめですよ〜!」

何言ってんだバカ野郎。日本語で話しやがれ。

バレンシアガを着た猿の支離滅裂な戯言をBGMに、必死に作戦を考えた。

猫に小判、豚に真珠、猿にバレンシアガだ。

…いや、こんな奴の例えに使うのは猿に失礼だ。

どうすれば確実にこいつらを追い詰められるか。少ない脳細胞をフル稼働させた。

そして思いついた。

「振り込みをコンビニでしたいんですが、付いてきてもらえますか?」

少し頭の良い奴ならこんな罠に引っかかることはないが、目の前にいるのはグレードの低いバカ面の偽ザイルだ。

「いいですよ!ようすけさん、やる気満々ですねー!」

さすがは単細胞のクソバカ野郎。簡単に連れ出すことに成功した。

雑居ビルから出る間際、一瞬だがAくんと2人になったので、意思を確認した。  

「100万円は取り返したいの?」

「消費者金融3社から借りてしまったから取り返したい。」

借りすぎワロタ。

「わかった。じゃあ絶対に俺の言うことを聞くように。」

Aくんは静かに頷いた。

偽ザイルと合流し、3人で雑居ビルから徒歩2分のコンビニに向かった。

道中も、嘘臭いお世辞を並べてくる。

「バンドで飯食ってるなんて、ようすけさんすごいですね〜!振り込み終わって事務所戻ったらサインくださいよ〜!」

「サインなんていくらでもしますよ。偽ザイルさんだってこんな風にグレード高くなってすごいですよー!」  

稼いでいることを演出するために無理をして買ったであろうその高そうな財布に油性ペンでサインしてやろうか。

コンビニにつくなり僕はトイレに駆け込んだ。  

「ちょっとお腹痛いんで、トイレ行ってもいいですか?」

そしてすぐに警察に電話をした。  

「ねずみ講の振り込みを強要されています。トイレに隠れているので、警察官の手配をお願いします。」

その後Aくんに、警察を呼んだことと、偽ザイルを逃さないようにと連絡をした。

後から聞いたのだが、僕がトイレに籠城している最中、偽ザイルはAくんに

「あいつ、ちょろかったなー(笑)」と言っていたそうだ。

ちょろいってなんだ?グレードを上げればちゃんと稼げるんじゃないのか?

そう思ったAくんはそこでようやくハッキリ目を覚ましたらしい。

それまでは、お金を返してほしい気持ちはあるが、「稼げる話」の構造自体は否定していなかったようだ。

15分ほどで警察官がトイレのドアをノックしてきた。

「松下さーん。警察です!」

警察官を待っている間に本当に催してしまい、大の最中だったので少し待ってもらった。

普段、お腹を壊しているのに、今日に限って何故かとても快便だった。

警察官は合計で4人も来てくれた。

店内がかなり物々しい雰囲気になってしまったので、店員さんとお客さんには申し訳なかった。

すっきりした顔で颯爽とトイレを出た僕は、偽ザイルを指差し、

「あいつに強要されています。横にいるのは友達で、彼はすでに100万円騙し取られています。のらりくらりとクーリングオフの期間外にもっていこうとする手口なので、この場で返金の手続きを完了させてください。」

と、トイレで大をしながら何度もシュミレーションをしたセリフを言った。

正直、めちゃくちゃかっこよかったと思う。

あの時の偽ザイルの顔が忘れられない。

つい15分前まで、騙せたと思っていた気弱な奴が、トイレから出た途端に強気になって自分に反旗を翻していることと、4人もの警察官に取り囲まれたことに、驚きと焦りを隠しきれずオドオドしていた。

たぶんおしっこくらいはチビっていたように思う。

それくらいにオドオドしていた。

そこからの話は早かった。

偽ザイルはやはり、前日に読んだブログの情報通り「手続きに何日かかかるし、ここでは出来ない。」と言い、その場を離れようとしたが、警察官と一緒に強く詰め寄り、解約の手続きを完了させ、100万円の返金も約束させた。

僕が予め家で作成していた誓約書にも本名でサインさせ、これで返金が無かった場合、詐欺罪で捜査が入るだろうとも言ってもらえた。

実はビル内での会話もすべて録音していたので、それを伝えたら観念したようだった。

簡単に稼げる話はこの世には存在しない。  

もしあったとしても、それをわざわざ人に勧めるようなことはしない。

こういった詐欺に遭う人が一人でも減ることを願っている。

帰りの車でAくんと、回っていない寿司をおごってもらう約束をした。  


PS / 本日、Aくんから連絡があり、全額の返金を確認した。一人でも多くの被害者の方にこの体験記が届き、手助けになりますように。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。