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合気道マニアック本考察:田中万川著『合気道神髄』より「五狐の剣」の哲学と技

田中万川先生の著書にして激レア本『合気道神髄 創元之巻』の中でも特にわけがわからない記述として出てくるのだ「五狐の剣」だ。

技法としてはどうやら大阪合気会の一部に伝わっているらしいのだけれど、映像などはないのでハッキリしない。

しかしながら、アレコレ調べてみた結果、要するに開祖の剣技というのはどういうことか?という根本的なことがわかってきたので考察してみる。

あくまでも推測なので悪しからず。

五狐の剣の理念

五狐は剣の基本的な構えからきている。

『合気道神髄』で説明される時には必ず方角がセットされているので、構えと対応しているっぽい

田中万川『合気道神髄』より抜粋

天狐(八相)
左足を前にして木剣を垂直に立て、左前腕は水平に右肘を張って仁王像の如く構える
地狐(脇構え)
右足を引いて切先を右脇下うしろに隠して構える
赤狐(平正眼)
右足を前にして切先を水平に前に出し、切先を相手の喉元につける
白狐(下段構え)
平正眼の右手を下ろして切先を下げ、切先は相手の体の中心線につける
空狐(霞の構え)
右足を引いて木剣の峰に左掌をあてて頭上にかざし、切先を相手の眉間につける

武産通信「五狐の剣」より抜粋

これらはあくまでも構えなのだけれど、そこに方位が関わってくることでより理念的な部分が関係してくる。

そこを掘り下げるヒントに五狐という言葉あるのだ。

五狐とは何か?

五狐というのは実は稲荷大神秘文とかいう古神道の祝詞に出てくる霊力を持った狐のことらしい。

以下の抜粋は別に読まなくてもいいけどコレが稲荷大神秘文だ。

夫神それかみは唯一にして御形みかたなし 虚にしてれい有り
天地開闢あめつちひらけて此方このかた 國常立尊くにとこたちのみことはいし奉れば
天に次玉 地に次玉 人にやどる玉 豊受神とようけのかみの流ながれを
宇迦之御魂命うがのみたまのみことと生出給なりいでたまふ 永く神納成就しんなうじょうじゅなさしめ給へば
天に次玉 地ち次玉 人ひとに次玉 御末みすえを請け信ずれば
天狐てんこお 地狐ちこお 空狐くうこお 赤狐しゃくこお 白狐びゃっこお 稻荷の八靈
五狐ごこうの神の光の玉なれば 誰も信ずべし 心願を以って
空界蓮來くうかいれんらい 高空こくうの玉 神狐やこうの神 鏡位きょういを改め 神寶かんたからを於って
七曜九星しちようきうせい二十八宿にじゅうはっしゅく 當目星とめぼし有程の星
私を親しむ家を守護し年月日時ねんげつじつじ災無わざわいなく
夜の守り日の守り大成哉おおいなるかな賢成哉
稻荷秘文いなりひもん慎しみもうす。

「稲荷祝詞・稲荷大神秘文・稲荷五社大明神祓【全文と読み方】効果と作法」より抜粋

稲荷の神様向けの祝詞という感じだろうか。

その意味するところがけっこう面白くて「神は唯一にして形はないが、それは天・地・人の魂と同じものであり、五狐も同じでこれらを合わせて八霊、これを信じて願うなら宇宙と一体になり盤石になる」みたいなことが書いてある。

要するに開祖がいつも言ってる神様の話とほぼ同じ話なのだ。

道場の近くに稲荷神社があったからなのか何なのかよくわからないけれど、開祖は独自のセンスでいつもの話を稲荷風にアレンジして伝えたのかも知れない。

五狐の剣とさばき

田中万川による1980年11月30日の講演によれば、五狐の剣とは五感や足さばきと対応しているような発言があるし、『合気道神髄』にも五狐の剣は足さばきとセットで語られる。

同化の法線、相手の攻撃を受けた時に空なる頂点は相手の死角にあるとされている図があるけれど、わかるようなわからんような感じだ。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

正面打ちや横面、突きに対してはアジロに捌く。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

さらに捌いた後は死角から死角へとS字にさばくのだとか。そんなにSかなぁ??

田中万川『合気道神髄』より抜粋

敵の態勢が乱れたときには裏三角から表三角へと転身していく、これが8の字。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

そしてこれらをぜ~んぶひっくるめると、水火陰陽の理、水火の理を以って、手足の四つ、四天、八方、陰陽表裏といったものを悟ることができるのだとか。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

あるいは開祖は〇△▢と書いてアイキと読んだりもしていたのだけれど、それもこれまでの動作にすべて現れていたりする。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

何もかもがこの動きの中に入っているのだ。

「五狐の剣」と「松竹梅の剣」

五狐の剣はおそらく戦後になって伝えられたもので、そのベースは当然だけど岩間の剣だろう。

田中万川曰く、この五狐の剣があまり伝わっていないのは開祖によって「過失が多いからと止められた」からなのだそうだ。

おそらくは剣体一致の足さばきとして考案されていたと思われるし、構えを五つも用意してるんだから、全部の構えから何かをやっていたはず。

もはや何をしていたのかわからないけれど、開祖が晩年に伝えた別の剣に「松竹梅の剣」というのがあって、こちらは引土道雄や黒岩洋志雄といった田中万川よりも後の弟子たちに伝えられている。

松竹梅の剣は非常にシンプルで①同時に打って勝つ②先に仕掛けて勝つ③相手の攻撃を導いて勝つ……というどの状況であっても結果的には「最初から勝っている」という理念を現わしたものだ。

五狐の剣は、五狐にちなんで剣術の基本的な構えが方角ともなぞらえながら語られるわけだけど、それぞれの構えで同じことができるであろうことは想像に難くない。

田中万川『合気道神髄 創元之巻』より抜粋

岩間の剣や杖なんかも、そういう意味では動きのバリエーションが増えただけで、やっていること自体は同じだ。

これは妄想だけど無数にあった動きを五つの構えにまとめたのが五狐の剣だし、その動きをさらに三つに収束させたのが松竹梅の剣なのかも知れない。

岩間⇒五狐⇒松竹梅という順番で考えれば年代的にも符号するし、時代が進むにつれてどんどんシンプルになっていく様が見える。

参考

合気道よくばりセット

開祖の思想なんかを調べていると、この五狐の剣の話は合気道の思想と動きの全部盛りという感じだ。

例えば一つの神の霊を四つにわけたとされる四魂の内、和魂と荒魂が対応関係にあるのだけれど、赤狐(赤玉)は荒い動きであり、白狐(白玉)はやさしい気であるという説明がされている。

つまり五狐は一霊四魂に対応しているのだろう。

さらにうしとらいぬいたつみひつじさるそして北(!?)という四方と北がムリヤリ五つに分別することで方位や四天王で有名な四方・四天にも対応する。

田中万川『合気道神髄』より抜粋

開祖はよくいづ(五つ)の御魂とかいって、色んなものを五分類にしていたりしていて、さらにこれにみづ(三つ)の御魂を加えることで5+3=8で八大竜王とか言ってるのだ。

余談だけど五狐の剣と松竹梅の剣も八つだったりするし、八つというのは非常に多い事を現わしており、宇宙のあらゆる力である八力のことでもあるし、最初に紹介した稲荷大神秘文の八霊にも対応してしまう。

一霊四魂三元八力をまとめたらこうなる
左から【三元】【一霊四魂】【八力】

そういうわけで、五狐の剣には開祖の思想がこれでもかというほど盛り込まれている。

ここからは推測だが、こんだけ思想と動きをてんこ盛りすると指導するときには非常にややこしかったんじゃないだろうか?

思想と動きにいちいち整合性を求めていたら大変だ。そんなわけで「過失が多いからと止めた」ということになるのかも知れない。

シンプルな「松竹梅の剣」が残っているのもそこらへんにありそう……。

根本はシンプルであり、枝葉はどこまでも複雑になるのが合気道の面白いとこでもあるし、ややこしいとこでもあるよね。

マツリの合気道はワシが育てたって言いたくない?