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自分よりも遥かに若い才能に出会ったときの感動と不安が入り混じった感情を殺す

最近はインターネットのおかげで遥かに若い才能に出会う機会や、それらが夜に出るチャンスが増えました。すごいですね。

そのおかげで眠れなくなり今これを朝の4時に書いているわけです。

今日もこれから仕事なのに。

noteに吹き溜まっている1社会人の日常

社会人が始まってからまともに自分の時間というのは減りました。

大学時代はあんなにあった時間が非常に懐かしく思えます。

あの時間が今手元にあればどれだけ良かっただろうって思います。

今は日々生きるだけで精一杯。自分で自分を未来を切り拓く、なりたい自分を夢想する、そしてそれに近づくために行動する。そういう時間が随分と少なくなっているわけです。

これは結構しんどいなって。

自分の世界を持ちたい、世界を描きたい、作りたい。そんな風に小学生の頃から思っていましたね。

まぁ、いくらこんなことを考えても結局過去に戻れるわけでもなく今を変えようなんて思いながら布団に入って、そして夜が明ければ営業先に。そして家に帰る。

そんな日々を繰り返してしまうわけです。

また、日常においてはこんな行動もしていますよ。

自分に新しい力をつけるため本を買ったり、新たな機材を買ったり、そして一番多いのがノウハウ本や動画・記事を見ることをしています。

「これをこうすればこうなれるよ」っていう内容。あれが大好き。

なんだか自分 のこれから歩んでいく道が大きく拓けたのような、そんな気持ちにしてくれます。

しかし現実はそんなことなくて、本であれば1週間後には内容を忘れているし、ノウハウ系の動画であれば次の瞬間には別の動画を見ていてスマホをベッドに投げつけるころには忘れています。

こんな感じのことも繰り返してしまいます。

「ああ、また今日もやってしまった」と思う気持ちは罪悪感に近いものがありますが、その実意外にもその感情は長くは続かないです。

罪悪感よりももっとマイルドなものだったのかな?って思います。

そしてその後に本当の罪悪感が襲ってきます。「この生活で満足はしていないが、納得はしているんだな」ってのをまじまじと実感させられるんです。

若い才能に感動・嫉妬・不安・忘却・納得

そういう日々の中にも多くの感動は訪れますよね。

美しい景色・花、面白い話、楽しい飲み会、まぁ現実世界でいっぱい出会いますが、ネット内でもそう。

15歳の天才シンガー、14歳の天才ドラマー、21歳でユニコーン企業を作った実業家、世の中には感動を与えてくれるマジもんのパネェ奴らがいて、

そういう方たちを見てると最初は感動するんですけど、そのうち嫉妬や不安みたいな気持ちにも駆られます。

「お兄さんはこれからどうする?」って聞かれてるような気に勝手になっちゃいます。情けない奴ですね。

でももっと情けないのがこの感情もすぐに忘れて納得に変わっちゃうことです。

結局はその出来事は自分の人生に”多大な”影響をもたらすには至らなかった。そう思ってしまうんですね。

でまた、「罪悪感・自己嫌悪」→薄れる→「薄れたことへの罪悪感・自己嫌悪」。これがエコーみたいに繰り返す。

だから若い才能を見たときの「感動と不安が入り混じった感情」は殺していく

もう何も思わなかったことにするんです。

現実逃避ですね。私はなにも見なかった。

そういうことにするんです。

でもそれは良くないかもしれない、、、という「自己嫌悪」のエコーも殺すんです。

そうしたらなんだか少し軽くなった感じがするんですよ。

この感情を殺す行為は将来への負債かもしれませんが、負債は死んだらチャラですからね。永久リボ払いで生きていくのもアリかもしれないです。

これからの人生が幸福であることを祈って寝ます。

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