手帳をめくって三千里

♪サーーンタクロースis coming to town!
♪サーーンタクロースis coming to town!!
♪サーンタークロースis...

一年で一番、にぎやかな渋谷のロフトで、松尾さんは真剣に手帳を選んでいる。

「次の年の手帳を買う」

毎年12月、彼女は並々ならぬ気合いを入れて、そのミッションに挑む。
いい手帳を手に入れなければ、次の年が良い年になる気がしないのだ。

来年はもっと、
良い年になりますように。
楽しい予定を、たくさん書けますように。

切実な願掛け。

去年は、手帳を買いにいくのが年明けになってしまった。のんびりした性格が災いした。
そのせいで毎年使っている手帳が売り切れていて、たった数百円の手帳を買うためにわざわざ銀座の店舗まで足を運んだ。

もう、同じ過ちを繰り返してはならない。
今年が終わるまで残り一ヶ月「も」ある12月初旬、松尾さんは意気揚々と渋谷に出掛けた。(渋谷はあまり行かないから、行くのに少し、気合いがいる。)

手帳は、シンプルな方がいい。

でも、手帳に対する彼女のこだわりは、なかなかシンプルとは言えない。

一、1ヶ月の予定がパッと見て分かる、マンスリーがいい。ウィークリーだと、一週間しか分からないから、なんだか心もとない。

二、サイズは、A5サイズがいい。それより小さいと、一日の枠が小さくて窮屈だし、ページの綴じ目が湾曲していて書きづらい。大きすぎると、手帳としてちょっとかっこ悪い。

三、表紙のデザインはシンプルに、でも素敵な色がいい。女子っぽ過ぎず、でも持っていてハッピーになれるような。

四、中の紙は、柔らかい紙がいい。ボールペンがなめらかに滑るような。そして、目がチカチカしない、やわらかいクリーム色だと嬉しい。

…来年は、仕事もこれくらい拘るべきでは。松尾さんは小さく気づく。

去年まで3年連続で使っていた手帳は、ほぼパーフェクトなやつだったが、今年は販売中止になっていた。
ダメージはでかい。
だがしかしすぐに持ち直す松尾さん。

これは、わたしの柔軟性を試されている!

…30冊ほどの手帳をペラペラとめくり終わり、1つの手帳にたどり着いた松尾さん。

あ、あった…。

表紙は上品なベージュ色で、中はたくさん予定を書けそうなマンスリーのデザイン。
そして、おさまりの良いサイズ感。
これなら、良い年にできそうだ。

迷わずレジに持っていき、770円を払い、店員さんが黄色のビニール袋に入れてくれるのを至福の笑顔で見つめる。
大事に袋を受け取り、穏やかな気持ちで帰路に着いた。

ミッション、完了。

その手帳に決めたとき、一つだけ気に入らないところがあった。
それは、表紙のまん中に印字された言葉。

"toi toi toi"

手帳は、シンプルなほうがいい。
正直、こういうメッセージ性いらないんだよなと思っていた。

でも、この文章を書くにあたって一応調べたら、その言葉の意味は、

「うまくいきますように」

あ、なかなか、いい言葉。

もっと調べると、もともとはドイツのおまじないで、「他人の成功や幸せを妬む気持ちを追い払う」おまじないなんだそうだ。

…この手帳は、私の元に来るべくして来たんだ。
松尾さんは思った。

今は会わないあいつの活躍をSNSで見て、鬱々×悶々×暗澹たる気持ちに支配されがちだった私に、この手帳は「そうじゃないでしょ」と言いに来たのかもしれない。

"そんな気持ち、来年は軽々と飛び越えてみせるよ。"

今使っているものとの2ショットを撮りながら、
ワクワクする予定をたくさんを書くことを、誓った。

toi toi toi