女

若い頃の恋愛は成就しなくて正解

若い頃の恋愛は人生と関係ない

誰しも恋をすれば、それが成就することを願うものです。特に若い頃は、ただやみくもに相手や恋愛自体に自分を投げ出しすぎてしまい、大抵はたくさん思い通りにならないことや傷つくことを経験したのち、一つの恋愛が思い出に代わっていくものです。

でも時に、相手が非常に年上だったり、むやみに責任感が強かったり、または依存体質だったりして、その恋愛が一生ものになってしまう場合があります。

恋愛が成就したかどうかを見極める一つの証拠は結婚だと思うのですが、私たちの考える恋愛ってものと、どう生きたいかとかそいういう意味での「人生」の間には非常に大きな乖離があります。恋愛は人生の一部のようですが、若いうちは特にそれらの間に大きな隔たりがあります。

誰かに惚れて、その気持ちを喜び合うことはとても幸せです。でもその幸せは、そう長くは続かない。そして続かないとわかっているからこそ、束縛しあったり、自分を偽ったり、時に暴力をふるったりして自分たちの関係を特別なものに作り替えようとしてしまうのです。恋愛における自然な結果を受け入れることなど、若者にとっては至難の業です。

大人になるということには相当の意味がある

自分を探り、どう生きたいかを知るのは、学生じゃ無理だと私は思います。なぜなら、自分で食い扶持を稼ぎ、時間の管理をしながら人生という限りある時間をやりくりしてみない事には、ちょっと乱暴な言い方ですがですが、人生はまだ始まっていないも同然だと思うからです。

そして、そんな自分をまだ知らないうちにする恋愛において、相手と自分の生き方を尊重しながら、無理なく一緒にいることは非常に難しい。なぜなら、恋愛はそもそも、相手に自分を見てほしい、もっと構ってほしいという気持ちが募るところからはじまり、でもそれを押し付けたら相手が自分の人生を生きられないという考えをもって自分を自制する、という高度なテクニックを必要とする人間関係だからです。そしてその先にあるのが結婚です。結婚は人生です。若い頃の恋愛とは異なります。

これはつまり相手の気持ちを優先するということです。「振り向かない相手に惹かれるんだよね。」とか「冷たくされると余計燃える」とか言っているうちは、絶対に結婚しない方が良いのです。そういう時期があってももちろん良いとは思うのですが、だからこそ、若いうちの恋愛は成就しない方が良いと思うのです。年をとっても、そんなことを考えて恋愛をしている人もたくさんいるのも事実なのですが。

結婚し子供を育てると言う当たり前っぽい風の作業は実は非常に高度な仕事だ

結婚をしたら子供を持つのが当たり前。それは動物としての人間にとっては正しい。種を残すためにホルモンが活発に働き、動物として持っている本能につかさどられながら、その本能を「愛」という難しい概念で装飾しつつ子作りに向かって突き進みます。

でも人間の赤ん坊は、シマウマのように産みっぱなしにしていても育ちません。それをしたらその子は死んで、親は犯罪者になってしまう。私たちは子供を持つことで、犯罪者になるリスクが数レベルアップします。「子供ができたんだから、母親だ。子供をかわいがるのが当たり前だろう。」とか言われても、そう思える環境や心の成熟がないと到底無理です。

セックスをすること自体は「大人なことがしたいから」「彼が求めるから」「もっと愛されていると感じたいから」と比較的簡単に選び取ることができる選択です。でも女にとってそれは、一生の決断に知らぬ間につながってしまう。そしてその重大性を子供、あるいは若い女性は感じ取ることがなかなかできません。いや、感じ取れていても、それ以外の選択肢はないと思い込んでしまっていたり、寂しさを紛らわすことを優先させてしまったり、自分が生きながら人を生かすなんて想像も出来ないほど未熟だったりするのです。

若さは時に辛い。でも恋愛はそこから救い出してはくれない

「未来」というものが無限に広がっている若い頃。でもその未来ってとても重く感じられることがあります。何か頑張っている人には素晴らしい未来が待っていそうだし、そんな中で止まってしまうことによって、その未来を自分の間違った選択や時間の使い方で台無しにしているような気持にもなります。

そこからのてっとり早い脱出方法として、恋愛をして結婚をするのも一つの立派なアイデアのように思えます。でも、結婚がそこから先50年以上も自分の安定や社会的な地位を保証してくれるなんてナイーブなことを考えてはいけません。それは非常に危険なギャンブルです。その勝率はバカラやルーレットよりはるかに低いと私は思います。そして結婚は2人で行うギャンブルであるがゆえに非常に複雑です。

「いやいや、結婚したらやっぱり安定を確保できる。」って思う人もいるでしょう。確かに一時的には可能かもしれません。でもそんな風に思っている女性を男性は見下します。だって逆の立場だったらどうですか?「結婚するのが夢。結婚すれば相手が養ってくれるから50年先も安泰」なんて思う男性と結婚し、生涯尊敬をもって接することができるでしょうか?

結婚という難しい関係性を維持できるのは、お互いに対する尊敬心が失われないことで初めて成り立ちます。(お金や地位など享受するメリットがある場合は別。でも幸せかどうかは別の話)なんとレベルの高い関係性でしょうか。子供には到底無理です。

17歳でできちゃった結婚したカップルに温かい手を差し伸べよう

小学生に彼氏がいる今の時代。缶蹴りに燃えていた筆者の時代とはとことん異なります。12歳から恋愛をはじめたら17歳になるころには自分を恋愛上級者だと思うかもしれません。でも、まだ17歳では多くの場合社会を知りません。社会の中にいる自分も知りません。

「社会の厳しさが分かってない!」といってしかりつける親はうっとおしいかもしれませんが、社会の中に生きる自分は、学生の自分、家族に守られている自分と別人です。全く異なる人物なのです。

でも、若い恋人達の中にも、運よく大人になるまで恋愛の成就から逃げ切れる人もいれば、途中で子供ができてしまう人もいることでしょう。避妊をいくらしていても、していることはしているのですからそこは運です。

だからこそ、自分のあったかもしれない姿だと思って、そんな若いママに是非温かい手を差し伸べましょう。5年前、浮気ばかりして身勝手に自分のもとを去っていったあの男の子供を身ごもった自分自身だと思うのです。

女友達をそれほど重要だと思っていない筆者も、女が女に厳しい社会は本当に醜いと思います。

セカンドチャンスを作れる社会に

「Flawless」というという言葉があります。「傷一つない、完璧」という意味で使われるこの言葉。筆者が独身だった時代は、「Flawless」な女が男性から非常に求められていました。今でもそうでしょうか?

でも人間は、傷つかずになど生きることはできません。そして受けた傷を隠さなければならない社会は息苦しい。

若い頃にママになり、その後別の人生を望む人がいたら、その人はセカンドチャンスを与えられて良いはずです。そしてそのためには、そうでない人たちが幸せでいる必要があります。幸せな女が不幸な女を貞子のように井戸の底に突き落とすなんてことするはずがありません。それをするのは本当は自分も不幸だと感じている人だけです。

幸せそうに見えるけど、自分だけの特権を人に分け与えたくない、自分だけ幸せでいたいと願う女性も存在します。それはその人が紛れもなく不幸な証拠です。もしかするとその人は、結婚という安定しているはずの船に乗り、港にいる人々に手を振りながら、浸水している船底をどうすることもできずにいる、あの日別の選択をした自分の姿かもしれません。

幸せな女性が増えるために、女が自分らしい人生を生き、女に優しくなれる社会を作っていきたいものですね。


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