米泥棒
終戦後はどこも食糧難で大変だったが特に東京の下町では田舎をもっている人はいないからお米を入手するのがとても難しかったころの話である
東京の下町深川のB町の魚政は子沢山で小さな二階家(と言っても二階は屋根裏部屋というものだったが)に子供達が目刺のように寝ている状態だった。
一階は半分がお店で残り半分がお勝手と居間、そこに親父さんとお袋さんに挟まれてアっちゃんは寝ていた。二階のふた間は片方に男共、もう一方に女共が寝ることになっていた。
アっちゃんは八人兄弟姉妹の末っ子で当時小学校四年生のおかっぱ頭の女の子で両親から目の中に入れても痛くないという可愛がられようだった。
ある晩、床のきしむ音がするのでアっちゃんがふと目を開けると目の前に男の顔があり目と目が合ってしまった。あまりの恐ろしさにアっちゃんはギュっと目をつぶって体を硬くしていたがおよそ十分も経ったと思われる頃ソっと薄目を開けておそるおそるあたりを見回すと両親はスヤスヤ寝息をたてているだけで家中しーんとしている。二階で受験勉強しているはずの常兄さんに声を潜めて「常兄ちゃん、常兄ちゃん」と呼びかけるのが精一杯。そのうちやっと気づいた常さんが木刀を片手に階段を下りてきた。ビュッビュッと木刀を振り回しながら「泥簿はどこだ」と威勢よく言うのだが泥的がとっくの昔に居なくなっていることは勿論。やがて祐さん達もぞろぞろ降りてきて大騒ぎ。中でも祐さんは往来に飛び出すと「この野郎どこへ行きやあがった」と大声で怒鳴ったが後の祭り。部屋に戻ってきた祐さん開口一番「アっこ大丈夫か、大丈夫か」と妹の身体を両手で触るようにしてアっちゃんの目をじっと覗き込んで「大丈夫か」とまた聞いた。
やがて何も無かったようだと納得すると祐さんは今度は「俺の財布はどこだ、取られたんじゃあねえのか」とひとしきり騒いでいたがやがて財布が見付かると「あ、あった」と言うなり二階にあがって寝てしまった。ほかの者達は目が冴えて眠るどころではない。そのうちに腹が減ったという子も出てきたから飯を食いながら早朝から泥的の噂話に花が咲いたものだった。あとから常さんに聞くと其の時自分は受験勉強をしていたと言い張るのだがほかの人は常さんが机にうっぷして寝ていたに違いないということになっている。
ところで取られたものはお米が二升ほどでそれも床の上に米粒が米櫃から戸口にかけてこぼれていたので分かったという話である。
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