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私の湖を広げましょう

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「私の湖を広げましょう」

「先生は、お魚だと何が好きですか?」
四年二組の教室で、女の子は先生の座る机にかけよって聞きました。
「え、お魚?うーん、イワシかな。」
「イワシ…わたしはマグロが好きです。」
「へぇ。高級な魚が好きなのねぇ。」
先生はにやりと笑いました。

学校の帰り道、女の子はその時のことを思い出して、胸がざわざわしていました。
昨日の夜に家族で回転寿司を食べに行って、たくさんマグロを食べました。
それで、そのことを先生に話したくてあんなことを聞いたのです。
女の子は焼き魚が好きじゃないので、イワシはよくわかりません。焼いた魚はどれも同じに感じます。
マグロはイワシより高級なことも知りません。だって回転寿司では全部100円でしたから。

先生は笑っていたでしょうか。なんだか少し冷たい感じがしたな、と女の子は思いました。「高級」という言葉が、なぜかひっかかりました。
マグロっておいしいよね、と言ってほしかった気がします。

女の子は、別に先生とお魚の話をしたいのではなくて、ただ先生と仲良くなりたかったのです。
やんちゃな子たちや、おしゃべりな子たちみたいに、先生とふざけたり笑ったりしたかったのかもしれません。
おとなしくてまじめな女の子は、そのせいで先生と仲良くなるきっかけがありませんでした。

「マグロ」はまちがいだったのかもしれないな。
そんなことを考えながら歩いていました。
少し前には上級生の子たちがノロノロとおしゃべりをしています。
なんとなく追いぬかしたくなくて、女の子は足元を見て一歩一歩数えながら歩きました。

いーち
にーい
さーん
しーい

干からびたミミズ。

ごー
ろーく
しーち

つぶれた柿。

はーち
きゅーう

ビービー弾の玉。

じゅーーう

大きな鳥の影。
女の子は立ち止まって、空を見上げました。空は真っ青で、飛行機雲が消えかかっています。大きな鳥は見えません。

「あーあ」
思いがけず大きな声がでて、女の子はおどろきました。どうしてこんな風にため息をついたのか、自分でもわかりません。
「あーーーあ!」
今度はわざと大きな声でため息をついてみました。前の方の上級生たちがチラッとこちらを振り向きました。

「家についたら、森に行こうかな」
女の子には、こんな日におとずれる森がありました。森といっても、家の裏にある神社の林のことを、女の子は「森」と呼んでいたのでした。
そこは静かで、昼間でも少し暗くて、でも木漏れ日がたっぷり入るので、怖い感じはしません。

「森に行って、"みずうみごっこ"しよう」
女の子はそう決めてしまうと、早足で歩き出しました。

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額縁サイズ:訳220mm×275mm
使用画材:水彩・アクリルガッシュ
SOLD

−個展詳細−
個展「筆が編むレース」
2021/8/25(水)〜9/5(日)
at ranbu Space A → http://blog.ranbu-hp.com
12:30-19:30 火曜日定休

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