静かに希望を。
「静かに希望を。」
仕事人は、静かな満月の夜に、湖へ漕ぎ出します。
そもそも、月はとても静かな星です。
月は、満月の夜には、あんなに眩しく輝きますが、月自身は光を放ちません。
月を見上げる人々は、色々な物語を読み解きますが、それも月に映った人の心です。
月は慎ましく、優しく、寡黙です。ちょうど仕事人みたいに。
湖の上で、仕事人はまず空中に一本の線を引きます。
線の根本からまた一本、そしてもう一本と、放射状に線を重ねていきます。
やがて線の集まりは光りを放ちはじめ、ふわふわと空に浮かび上がります。その姿はアザミの綿毛や、アオバハゴロモの幼虫のようにも見えます。
空気よりも軽く、わずかな風にも流されて、はかなげに夜空を漂います。
仕事人は次々と光を作り出します。
満月の明かりのせいで星の見えなかった夜空は、いつの間にか光のふわふわで溢れています。
次第に、ふわふわは大きなひとかたまりになり、まるでクリスマスの電飾で飾りつけられた、綿雲が浮かんでいるようです。
仕事人は頃合いを見計らって、ふーっと、空に向かって息を吹きかけます。それを合図に、ふわふわは、いっせいにあちこちに飛び散っていきます。
上昇気流をつかんで勢いよく舞い上がるもの、
相変わらずのんびりと漂っているもの、
鳥の尾羽にくっついていくもの、
湖の水面すれすれを滑っていくもの・・・・
さて、ある町の窓辺に頬杖をついた女の人がいました。
ぼんやりと満月を眺めながら、彼女は思いました。「今夜の月は、哀しい。」と。彼女の人生には、ままならないことがありました。
そのとき、小さなふわふわが窓辺にやってきたことに、彼女は気が付いたでしょうか。
ふわふわは窓の隙間をすり抜けると、彼女の胸元に着地して、あっという間に雪のように溶け、染み込んでいきました。
すると、彼女の暗い心の中に、ささやかな光が射しました。
「さあ、とにかく温かいお茶をいれましょう。」
女の人は立ち上がりました。
仕事を終えた仕事人は、独り言をつぶやきました。
「静かに希望を。」
額縁サイズ:訳220mm×275mm
使用画材:水彩・アクリルガッシュ
¥27,000+tax
ー個展詳細ー
個展「筆が編むレース」
2021/8/25(水)ー9/5(日)
at ranbu Space A → http://blog.ranbu-hp.com
12:30-19:30 火曜日定休
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