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夜のとばり

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夜のとばり

その人は、夜のとばりが下りるのを、じっと待っていました。

一週間ぶりの夜でした。
その星は自転の早さが地球よりもゆっくりしているので、昼と夜が一週間ごとにやってきます。
シャワーを浴びて、食後のコーヒーも飲み終えて、その人は窓辺に座って昼間の一週間のことを思い返していました。

平凡な一週間でした。
11本の短い文章を書き、長編の仕事にも取り掛かっていました。
体がなまると散歩に出かけ、眠たくなると昼寝をしました。
一週間という長い昼を、規則正しく過ごすために、日に三度、時間を決めて食事をする人もいますが、その人は空腹を感じたら食べることにしていました。
アボカドをつぶして、レモン汁とオリーブオイルを混ぜたペーストと、半熟の目玉焼きを乗せたトーストが、最近のお気に入りでした。
デザートには桃かキウイを食べました。
飼っている白文鳥はいつも通り、マイペースに歌ったり、シードを食べたり、肩に乗ってその人の襟足の髪をひっぱったりするのに忙しそうでした。

「そういえば、あの原稿の締め切りは10日後だっただろうか。」
その人は手付かずでいた仕事のことを、ぼんやりと考えました。
「7日後に起きていたのでは、間に合わないな。」

長い昼を過ごした後、この星の人は長い夜を7日間眠って過ごします。
もちろん、4日間しか眠らない人も、8日間眠る人もいて、睡眠日数は人それぞれです。

窓から見える高いビルの、明かりがつき始めていました。
「あの人たちは、夜になっても、あと2日は働くんだろう。」
そう思い巡らしながら、5日後に目覚まし時計をセットしました。その人は早起きは得意ですが、夜更かしが苦手だったのです。

正直なところ、今日一日は全く仕事になりませんでした。
昼や夜が長いということは、夕焼けと朝焼けも長く、丸一日かけて日が昇り、沈みます。その人は、少しずつ変わっていく空の色を、日がな一日眺めて過ごしてしまいました。
永遠に続くような夕焼けも、この星の人にとっては当たり前のことで、空を見上げる人はあまりいません。でも夕焼けの日と朝焼けの日には、その人はどうしたって空を眺めずにはいられませんでした。

あたりがすっかり暗くなると、音も光も頭の中も、薄いオーガンジーの布でくるまれたような感じがしました。
白文鳥はもう丸くなって眠っています。
その人はあくびをすると、「ああ、そうだ」と独り言を呟いて、パソコンを開きました。
一行目を書いておかないと、5日後にまた、ぼんやりと一日を過ごしてしまうことを、知っていたからです。
その人はカタタッとキーを叩きました。

「その人は、夜のとばりが下りるのを、じっと待っていました。」

その人はコップに注いだ水を飲み干すと、ベッドに潜り込みました。

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額縁サイズ:訳220mm×275mm
使用画材:水彩・アクリルガッシュ
SOLD

-個展詳細-
個展「筆が編むレース」
2021/8/25(水)~9/5(日)
at ranbu Space A → http://blog.ranbu-hp.com
12:30-19:30 火曜日定休

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