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《音》〜ON〜

3月のアタマでR-1グランプリが終わって、その日までは本当にすべてをR-1に注ぎこんでいた僕は、ちょっとだけ燃え尽きたような感覚になっていた。だけど同時に、次の何かに向かって動き出さなければいけないという危機感みたいなものも感じていて、そんななか、僕が次に燃えにいこうと決めたのが、生演奏での単独ライブだった。

ずっと憧れていた。舞台上に楽団がいて、僕のコントに合わせて音楽を奏でる。その音色を感じながら僕はコントをするし、楽団は僕が演じるコントの登場人物の気持ちを汲み取り、感じながら音楽を奏でる。そんな舞台にずっと憧れていた。憧れていたけどそれを実現出来るのは、もう少し先になるような感覚があった。もっとマツモトクラブが大きくなってから、大きな会場で、大人数の楽団をしたがえて、それを実現させることが、僕の夢のひとつでもあった。

だけど、いま、やりたい。

強くそう思ったのは、コロナ禍のいま、だったからだ。この先いつ普通にライブが出来るかわからない。いつになったら今までみたいな普通の暮らしが出来るかわからない。僕たちはいつになったらマスクをはずして、気軽にハグをして、チュウだって出来るのか、本当のところ、まだ全然わからない。もしかしたら、あの頃のような日常は、もう戻ってこないのかもしれない。そう思った時、いまを力強く生き抜こうと決めた。思いついたことは実現させていきたい。ひとつひとつ。挑戦してみて、また次に進みたい。立ち止まっていたくない。そう思えたから、やってみようと思えた。

今回のこの《音》は、もともと、少人数ではあるが生のお客様を入れての公演になる予定だった。本番に向けた稽古のなかで、バントメンバーが奏でる音を聴くたびに僕はワクワクした。会場でお客さんがこの音を生で聴いたら、胸の奥にズシンとくる無条件の感動があるはずだ。マツモトクラブのコントの世界にこの生演奏の音色が加わったら、お客さんはきっと満足してくれるに違いない。そう思ってワクワクしていた。稽古で僕が感じている生演奏の感動を、早くお客さんにも感じて欲しい。そう思っていた。

だけどやがて、4月の末になり、緊急事態宣言が発令され、無観客配信が決定した。

『無念』という言葉を、強く感じた。誰のせいでもない、どうしようもない、あらがう術のないものの前では、下唇を噛み締め『無念』と言うしかなかった。

それでも、いま、僕たちに出来ることを、配信で見ていただくお客様にお伝えしたい、と中身のネタも配信用に変更したり、音楽の入るタイミングを変更したりしながら、やがて本番の日がやってきた。

スタッフしかいない、無観客の会場で僕は舞台に立った。

舞台上にいるバントメンバーを感じながら、一本目のネタが始まった。バントメンバーもきっと、僕の背中に何かを感じながら、そこにいてくれたと思う。

普段は舞台の上に立ちながら、動きも表情も感情も、客席にいるお客さんの生の反応によって微妙に動かされている感覚があった。だけど今回はその生のお客さんの反応がなくて、僕は勝手に、配信を見てくれているお客さんの反応を想像することで、その動きや表情や感情を、動かしていった。だからこそリハや稽古では出なかった動きや、アドリブの台詞が、本番でのみ出てきた。

『稽古で出ないものは本番でも出ない』という言葉を耳にすることがあるが、僕はこの言葉があまり好きではない。何故なら、僕は、『本番でしか出てこないものがある』と、強く思うからだ。もちろん『稽古で出ないものは、、』の言葉はきっともっと深い意味があるのだろうとは思うが、僕はこの『本番でしか出てこないもの』の背景に、いろんな愛を感じる。

この舞台を楽しみにしてくれていた人

この舞台の劇場観覧チケットを購入してくれたのに結果無観客となり残念に思ってくれている人

この舞台を成功させようと全力でサポートしてくれているスタッフの人

この舞台の成功を何処かで祈ってくれている人

この舞台に少しでも携わってくれたすべての人


いろんな人の愛と、その場に流れる空気が風を起こして、舞台の上の僕を動かしてくれていると思っている。今まではその大きな風が、会場にいるお客さんだった。だけどこの無観客の会場でも、その風は確実に吹いていて、本番で初めて生まれたいろんな出来事があった。

それを感じてくれるのは、あくまでもお客さんでしかないのだけれど、僕は僕で今回のこの単独ライブ《音》ONに、確かな愛を感じた。

配信のラスト、僕が言おうとして途中で配信が切れてしまっていた言葉がある。

「今度は、生でお会いしましょう」

配信を見てくれているお客さんを想像しながら、いま出来ることを伝えようとしながら、舞台の上でそれを感じていたら、やっぱりこれを生で感じてもらいながら、生で共有したい。いまはこのカタチでしか出来ないけど、やっぱり単純に、コロナに怯えない状況で、おもいっきりこれを感じて欲しい、舞台上で僕ひとり、こんなに素晴らしい生演奏をひとりじめにしてもったいない。そう思ったから、その言葉が出た。

配信をご覧いただいたお客様、ありがとうございました。みていただいているありがたさを、僕は僕で勝手に想像させていただきながら、カメラの向こうに届け、という想いを抱きながら、素敵な時間を生き抜くことが出来ました。生意気な言い方かもしれませんが、この配信ライブを見てくれたお客様が、もしも何処かで、フッと笑ってくれたり、何かを感じてくれたり、少しでも心が軽くなったり、懐かしさを感じてくれたり、バカだなぁと思ってくれたり、少しだけ心が癒されたり、日常生活の中のどこかで思い出し笑いをしてくれたり、どこかで少しでもフワっとなってくれていたら、とってもとっても嬉しいです。


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