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法律書籍編集者のキャリアについて考えてみた

この記事は「裏 法務系 Advent Calendar 2020」(裏legalAC) 12日目のエントリーです。Pちゃん(@elv_p_chan) さん、確かにバトン受け取りました!

弁護士ドットコム株式会社でBUSINESS LAWYERSという企業法務に関するメディアの編集長をしています、松本慎一郎と申します。

BUSINESS  LAWYERSは2016年の3月末にリリースし、来年5周年を迎えます。月間約100万PV、登録をすると限定コンテンツなどが閲覧できる会員様が5万名という規模感のメディアです。

私は2015年11月に弁護士ドットコムに転職し、立ち上げから関わっています。その前は新卒から約12年間、法律書籍の出版社に勤めていました。

新卒で最初に配属されたのは人事労務や会社法、個人情報保護法などに関する書籍の編集部門。約4年編集者として働きました。その後、商品企画部門へ異動し、企業法務に関するWEBサービスなどを企画する仕事に8年ほど従事していました。

仕事柄、legalACのこともよく存じ上げていて、楽しく拝読しておりました。いつか参加してみたいなと思いつつ、実際に法務の仕事をしていない自分が何を書くかなぁと逡巡していたのですが、法律書籍・雑誌は法務に関わる皆様の大きな関心事の1つ。

今年も法律書籍・雑誌にまつわるエントリを拝見しております(おいおい、私のエントリ漏れてるよ!という方はご指摘いただければ幸いです)。

法律書籍の「中の人」の話に興味を持っていただける方もいるかなと思い、元法律書籍編集者の立場から、そのキャリアについて考えてみます。

編集のエキスパートかゼネラリストか

法律書籍編集者のキャリアは編集のエキスパート、他部門へ異動するゼネラリスト、そしてマネージャーや役員を目指す道に大別されます。

私の限られた観測範囲では、編集の仕事に適正を感じた方はエキスパート編集者を目指す方が多いように思います。

とはいえ、編集一筋、という方は割と少なく、営業や管理系の部門、最近ではデジタル事業の推進などの部門を経験し、また編集に戻っていくような経験を積む方が多い印象です。

専門職に思われる編集者であっても、会社勤めをしている限り「生涯イチ編集者」でいることは中々難しいものです。

法律書籍編集者の転職

次に法律書籍編集者の転職について概観します。

こちらも私の限られた観測範囲ですが、他の法律書籍出版社に編集者として転職するケースが最も多く見られます。転職する側、採用する側共に一番リスクの少ないパターンでしょう。

ビジネス系や医療系など他分野の編集者として転職するケースもよく見られます。医療と法律はどちらも専門性が非常に高いので、求められる素養が近いのかもしれません。

また、フリーの編集者として独立したり、編集プロダクションを立ち上げたりする方もいます。実際に独立された方にお話を伺うと、企業内のCSR報告書作成のサポートなど、法律書籍編集の経験が生きる場所は割とあるそうです。

法律書籍編集からウェブメディアの編集者を次のキャリアとして選んだ方はあまりお会いしたことがありません。お一人、私がよく存じ上げている先輩からは私が転職する際、様々なアドバイスをいただき、初代弁護士ドットコムニュース編集長の亀松太郎さんをご紹介いただきました。

その先輩の助言と亀松さんにお会いすることがなければ、今の私はありません。

紙の編集には魅力がある

現在BUSINESS LAWYERS編集部で活躍しているメンバーの1人は、スポーツ系、ビジネス系、法律系と様々なジャンルを渡り歩いてきた生粋の紙媒体の編集者です。採用面接の際は「ウェブでキャリアを積みたいのですが、どうしても紙への思いが捨て切れません…」と話していました。(今は副業で紙媒体の編集もされています)

紙の書籍の編集には、えもいわれぬ魅力があります。

著者とじっくり向き合い、誰に何を伝えるべきかとことん考え、他に扱うべき論点はないか、根拠として調べるべき法令、判例、文献はないか、時間、費用、紙幅の許す限りギリギリまで削り出す作業の繰り返し…。

紙を選定し、表紙の素材を選び、デザイナーの方と打ち合わせを重ね。ゲラが印刷会社から届いた時は「ホカホカ」といっているような気がするし、試し刷りで届いた表紙のデザインを机の上に並べている時は長い道のりもあと少しだな、と旅の終わりのような気持ちになります。

過密スケジュールの中、本づくり以外の様々なこともやらなければならず、日々時間に追われているのは編集者あるあるでしょう。

それでも、苦労して出来上がった書籍を手にした時、はしがきに添えられた自分の名前を見た時、書籍をお届けした著者からお礼のご連絡をいただいた時、書店に並ぶ姿を眺めた時の感覚は他に代え難いものがあります。

特に法律書は著者と読者の専門性が極めて高く、扱うテーマ、切り口によっては社会的な意義も非常に大きい分野の1つです。

各分野の専門家である著者の方々とコミュニケーションを取るために編集者もインプットをし、プロの読者からの厳しい評価を受け、著者の思いを形にしていく責任はとても重いです。その分、発刊後に高い評価を受けたり、増刷、新版の発行が決まったりした時の喜びは大きいものです。

若き日の私は失敗続き、周りに迷惑ばかりかけ、自分には書籍編集の適正がない、と考えて違う道を選ぶことに決めたのですが、それでも携わることができた数冊の書籍は今でも実家に飾ってあります。

紙の書籍を作り続けるためのヒント

このように魅力溢れる法律書籍編集の仕事ですが、出版業界全体を見てみると紙書籍の売上は厳しい状況が続きます。

『出版月報』2020年1月号によれば、2019年の紙の出版物(書籍・雑誌合計)の推定販売金額は前年比4.3%減の1兆2,360億円で15年連続のマイナスです。2019年の電子出版市場は前年比23.9%増の3,072億円と、3千億円を突破。内訳は、電子コミックが同29.5%増の2,593億円、電子書籍が同8.7%増の349億円、電子雑誌が同16.7%減の130億円となっています。

一概に法律書籍をここに当てはめるのは乱暴なことと承知のうえで、紙の書籍「を」作り続けたい編集者は、紙以外の分野「でも」生き残る術を持たないと、自分の居場所がなくなってしまいかねません。

佐々木紀彦さんが『編集思考』(2019、ニューズピックス)で指摘されているように、世界のメディアはデジタル化、モバイル化、ソーシャル化、グローバル化の波にさらされ激変しましたが、日本は大きく出遅れています。

同書で佐々木さんは

「編集」とは、「セレクト(選ぶ)」「コネクト(つなげる)」「プロモート(届ける)」「エンゲージ(深める)」の4つのステップによってヒト・モノ・コトの価値を高める行為

と定義しています。

特に注目したいのは「コネクト」の例として紹介されている「発信するメディアの組み合わせ」と「エンゲージ」です。

この点を意識して経験を積めば、法律書籍編集者のキャリアもだいぶ選択肢が広まってくるのでは、と私は考えています。

発信するメディアの組み合わせを増やし、キャリアを広げる

自分ができているかは置いておいて、発信するメディアを組み合わせることができれば、著者の思いや問題意識を届ける先、深さ、時間軸を選択する幅が広がります。

さらにエンゲージメントを深めて長期的なコミュニケーションを読者と取ることができれば、提供できる価値も高まります。

同じく佐々木紀彦さんの著書『5年後、メディアは稼げるか』(2013、東洋経済新報社)の中でわかりやすい例が示されていたので紹介します。

ビジネス誌の記者であるあなたが、堀江貴文さんに、メディアの未来について取材するとします。もしインタビューの時間を60分間もらえるとしたら、どうアウトプットすべきでしょうか。主な選択肢としては次のようなものがあります。
① 4ページのロングインタビューとして雑誌記事にする
② インタビューを要約して、2ページの雑誌記事にする
③ 60分のインタビューをすべてテープ起こしして、全文をウェブに出す
④ 60分のインタビューを動画で生放送する
⑤ 動画を5分程度に編集して流す

自分だったらこの選択肢が取れるな、と判断できそうでしょうか?

法律書籍編集者の例も考えてみます。ある著者と斬新な企画について話が盛り上がったとします。編集者である自分は著者の思いに共感し、なんとか形にしたいと考えました。

紙しか扱えない編集者は、会社から「前例のない企画にGOは出せない、類書の実績を教えて」と言われた場合、「ぐぅ」となって頓挫してしまうかもしれません。

一方、様々なメディアを組み合わせることができる編集者は「まずはウェブメディアで一部を配信し、読者の反応を確認します。次にサブスクサービスに掲載することで一定の収益を確保します。書籍版は+αの情報を加味してサブスク版を見た読者に対しても付加価値を感じていただける仕掛けを加えます」と提案して企画を形にすることができるかもしれません。

どちらがキャリアの広がりがありそうでしょうか?

現在法律書籍編集に携わっている方で、新しい事に挑戦したい気持ちはあるけれど中々踏み出せないな、と考えている場合、ぜひ上の例を自分に置き換えて考えてみてください。

紙からウェブに移る不安

今所属している組織が「本気」でデジタル化を進め、多様なメディアの組み合わせに挑戦できる環境があれば、転職はおすすめしません。まずは所属している会社で様々な発信手段に挑戦し、成果を出すことに注力した方が良いと個人的には考えています。

今の環境でやりきったと思って転職を決めないと、後々自分に言い訳する余地を作ってしまうのではと私は思うのです。

自社のデジタル化が「本気」かどうかを探るには下山進さんが『2050年のメディア』(2019、文藝春秋)で描いた日経新聞のようになろうとしているかどうか、を1つの判断材料として考えることをおすすめします。

外の環境に身を置き、書籍以外の編集経験を積んでみたいが不安、という方もいると思います。ウェブメディア未経験の私は、転職をするときにこんな不安を抱えていました。

・紙が中心、アナログで仕事をしていた
・GoogleAnalyticsをちゃんと触ったことがない
・SEOの知識がない
・アドテクもよくわからない
・自分で記事を書いたことがない
・取材記事を作ったことがない
・スピード感のある進行をしたことがない
・ライター、カメラマンの人脈がない

こんな自分でしたが、ITベンチャー企業に採用されて働いていられるのは、会社、事業が求めている事と自分の経験がフィットしたからです。

ちなみに、私は35歳で初めて転職したのですが、当時移りたいなと思っていた媒体はナタリー、オモコロ、DPZでした。

あの頃、僕はどこか遠くへ行きたかった。

法律書籍編集者の活躍が期待できるウェブ領域の仕事

自分の強みを最大限に活かし、その強みを求めている組織に入ること。法律書籍編集者に限らず、転職して活躍する確率を高める方法だと思います。

では、どこにそんな組織があるのでしょうか。ナタリー、オモコロ、DPZを求めて迷走していた昔の自分に「下記の2つを優先的に考えてみたらどうかな?」とアドバイスを送ります。

① 書籍で経験している分野のウェブ媒体

時にはライバルとみなし、時には情報源として参考にしているウェブメディアは、転職先候補の筆頭に挙げられます。

ただし、ある程度の年月をかけて運用されているメディアの場合、SEO・外部メディアとの連携・SNS活用などによるアクセス数増加、滞在時間・回遊率・完読率の向上、マネタイズ施策の立案・実行など、ウェブやビジネス寄りの知識・経験を必要としている可能性もあるので注意が必要です。

紙の書籍編集で培った企画力、滞りのない進行や著者とのコミュニケーション、正確な原稿作成、精緻なファクトチェックなど専門性の高いコンテンツと高い編集者のスキルをメディア側が求めている場合はお互いに幸せな結果につながるでしょう。

② 書籍で経験している分野のスタートアップ、ベンチャー

法律書籍編集者の取り扱うジャンルは幅広く、コーポレート関係、契約書、人事労務、金融、税務、会計など様々です。

近年、リーガルテック、フィンテック、HRテックなど●●テック領域のスタートアップ、ベンチャーが隆盛を極めており、法律書籍編集者の方も関連する雑誌記事や単行本の執筆を事業者の方にお願いしたこともあるかもしれません。

これらのテック企業がオウンドメディアを始めたいと考えている場合、大きなチャンスがあると思います。たとえウェブ領域での経験がなかったとしても、編集者として業界全体を俯瞰した土地勘や編集を通じて得た読者課題を組織に伝えていくことで、貢献できる可能性があります。

私自身、出版社で経験して得た知識、業界全体の状況など、自分からしたらそんなに価値のある話かな、と思うことも転職して重宝される場面は多々ありました。

また、スタートアップやベンチャーは成果を出すために貪欲です。

テキストベースのコンテンツに加えて、動画、セミナー、イベントなど手段を問わずに自社の魅力を多くの方に知ってもらわなければなりません。自然と発信するメディアの幅が広がるはずです。

さらに、最近主流となっているSaaSのビジネスモデルはユーザーとのエンゲージメントを深めることが成否を分けます。

この感覚をビジネスサイド、エンジニア、デザイナーと感じられることは、先々自分のキャリアに効いてくると思います。

法律書籍編集者の可能性はまだまだある

私は法律書籍編集者の皆様に対して転職を煽っているわけでも、紙の書籍を否定しているわけでもありません。

紙の書籍が持つ情報量、専門性を有する著者とプロの編集者による体系的な整理によく圧倒されています。

最近は様々な会社の法律書籍編集者の方々とお仕事をする機会も増え、丁寧な段取りと精緻な進行に、書籍編集者を諦めた時の気持ちを思い出しもしました。

また、BUSINESS LAWYERS LIBRARYという書籍サブスクサービスの事業運営にも関わることで、書籍への信頼、基本書やコンメンタールに対する期待値の高さを強烈に感じています。

吉野源三郎『職業としての編集者』(岩波書店、1989)にはこんな一節があります。

そもそも、どういう事実や思想を世の中に伝えねばならないか、どういう知識を広めねばならないか、どんな学者や思想家を社会に紹介しなければならないか、どういう人にどういう著作を書いてもらわねばならないかーーこういう問題を考えて判断してゆくのが編集者というものの本来の仕事ですけれど、同時にそれだけでなく、それが実際に本となって市場に出てゆき、読者に読まれて、その内容が読者の精神に取り入れられるための、いろいろな条件も十分に考えあわせることができなければいけないのです。

自戒も含めて、果たして「読者に読まれて、その内容が読者の精神に取り入れられるための、いろいろな条件」を十分に考えきれているのだろうか?と思うのです。

良書を起点として、もっと著者の思いを多くの読者に深く、長く伝えることはできないか、そして新たな良書を生み出すための原資として、健全にお金が回っていくエコシステムが作れないか日々考えています。

転職をする、しないに関わらず、法律書籍編集者が自らの可能性を広げて活躍されることは、将来的に紙を守ることにもきっとつながります。

法律書籍の編集者を諦めた私が、BUSINESS LAWYERSの連載をもとに、この先何十年も読み継がれる定番書籍の編集をすることとなった。

そんな世界線があってもよいのでは。と思うのですが、いかがでしょうか?

おわりに

編集者にはあるまじき、取り留めのない文章となってしまいました。最後までお読みいただきありがとうございました。

少しでも面白いな、興味あるな、いやいや文句を言いたいなと思った法律書籍編集者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にメッセージください!

来年は自己研鑽に励み、法律書籍編集者の皆様と沢山面白い取り組みをしてまいります!

書き始めたら広がって収拾つかなくなるかと思いました。バトンを繋げてよかった(汗)

明日は「IT企業法務の狼(@kick914)」さん、よろしくお願いいたします!

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