*脚本の本棚*How Does Your Garden Grow?

How Does Your Garden Grow?

男1
男2

     開演

     店主、徐に語り始める

男1 いらっしゃいませ、お客様。本日はご来場誠に、ありがとうございます。最後に一つ、わたくしの話を聞いて頂けませんか。

男1 ご存知の通り、植物や動物、凡そ自然と呼ばれるものは、先の大戦や度重なる環境破壊の影響で、すっかり姿を消してしまいました。後には遺伝子組み換えやクローンの植物、そして電気仕掛けの動物たちが蔓延るばかり。

男1 今やこの世界に生きているのは、人間と、機械のみ。

男1 誰もが皆、そう思っていました。わたくしもちょっとしたきっかけで彼女のことを耳にするまでは、全くそう信じきっていたものですから。

男1 驚きました。この世界にまだ本物の植物が残っている、だなんて。

     椅子を覗き込んでいる男2と、その様を遠くから見つめる女

     女はセリフを言いながら徐々に近付いていき、椅子に腰かける

男2 おはよう。

女 あなたの声で目が覚めた。初めて見る世界は、朝の露で濡れているようだった。暫くして私は、それが自分の球形レンズの表面を覆うオイルのせいなのだと気付く。私の初めて見た世界は、あなたの背後に広がっている庭だった。

男2 気分はどう?

女 それから私はゆっくりと首だけ動かして辺りを見回した。私はこの世界を知っていた。初めて見る、けれど既に知っている世界。私の中に組み込まれた世界。

男2 アンディー。

女 続いて顔を上げると、私のカメラはあなたの顔を認識した。目、鼻、口、耳。眉と唇は緩やかに弧を描いていて、それはあなたの私に対する好意的な感情の顕れであるということを私の脳内のシステムがはじき出す。

男2 おはよう、アンディー。

女 おはようございます。更に私のシステムが計算した最適な答えを私の喉と舌が動いて吐き出すと、あなたの眉と瞳に少し顕れていた不安の感情が一瞬で霧散したのが見えた。あなたの好意的な眼差しはますます深みを増す。

男2 ああ、おはよう。

女 世界はこんなにも単純な記号と計算によって形作られている。何てことない世界。平凡な世界。でもそれが、あなたと私の世界。あなたと私だけの世界。

男2 ぼくの可愛いアンディー。

女 それが今までの私の全てだったし、これからの私の全てなのだと思う。

     ゆっくりと暗転、同時に音楽

     明転すると、男1と女がいる

男1 そこを何とか、お願いいたしますよ。

女 無理です。

男1 こんなに何度も頼み込んでいるじゃあありませんか。

女 何度お訪ね頂いても、私の答えは変わりませんよ。

男1 本気でそんなことを仰っているんで?

女 ええ。あなたこそ、私が冗談で言っているとでもお思いですか?

男1 そうは言っちゃあいませんがね、正気の沙汰じゃありませんよこんなこと。

女 ……

男1 大スクープですよ、それこそ世紀の大発見だ! 自然と呼ばれるものが軒並み絶滅したと言われている昨今、あなたが管理する庭園には、古の植物たちが咲き乱れていると言うじゃありませんか!

女 ……そんなもの、

男1 ただのデマに過ぎないとでも? まさかまさか、これだけたくさんの証言があるんだ。逃がしゃしませんよ。敏腕でならしたわたしの名が廃っちまいます。

女 しつこいんですね。

男1 蛇とでも呼んでください。まあ、ヘビなんてものは機械仕掛けでしか現存しませんけどね。

女 そうですか。

男1 改めて伺いますよ。あなたのお庭を、見せては頂けませんかねえ。

女 何度来て頂いても、私の心は変わらない。庭を、お見せすることはできません。

男1 あなたも随分頑ななお人だ。

女 あの庭は誰かに見せるためのものではありません。愛でるための花々ではないのです。きちんと用途があり、その用途以外に使用する気は毛頭ありません。それに、

男1 それに?

女 それに、私は人じゃない。アンディーです。お間違えなく。

男1 ……そうか、それでか。

女 その言葉はどういう意味ですか。

男1 え?

女 あなたの今の言葉には、何かに納得したという意味が含まれると私は理解しました。あなたは一体何に納得されたのでしょうか。

男1 はは、参りましたね、こりゃ。

女 何にですか?

男1 いえね、そんな回りくどい癖に直球な質問というやつには、どう返したもんかと思いましてね。

女 私の物言いがあなたに不快な思いをさせたなら謝ります。今のは純然たる質問ですよ。

男1 そうですか?

女 ええ、アンディーは嘘を吐きません。良くも悪くも嘘が吐けないのです。人工知能の限界というものですね。

男1 そうでしょうか。

女 ええ、それに少し言い訳をさせて頂きますと、実は外部の方とまともに会話をしたのが暫くぶりと言うこともあり、久々の刺激に若干興奮している私がいるのも確かなんです。

男1 ほお、アンディーにもそんな感情がありますか。

女 アンディーに感情はありません。それは厳然とした事実です。ただ、私のメインコンピューターには学習機能があります。その機能は他者と関わることによってのみ成長していく。きっとその学習機能の稼動による発熱なんだと思います。

男1 知恵熱みたいなものでしょうかね。

女 知恵熱が何を指すのかは明確にわかりませんが、肯定しておきます。

男1 そしてそれを感情のようなものだと誤認するということですか。

女 ええ、その可能性は大いにあります。

男1 なるほど、面白い考察だ。

女 所詮はアンディーの戯言ですよ。

男1 ははは、あなたを製作した科学者に、ぜひお会いしてみたいもんだ。随分とご高名な学者さんなんでしょうな。

女 無理ですよ。

男1 え?

女 私を作った人間は、とうの昔にこの世を去りましたから。

男1 それは……

女 人間基準の時間経過で言うならば、軽く数百年は経っているかと。

男1 数百……!

女 それに彼は有名な科学者でもありませんでした。ただ一つの目的のためだけに私をこの世に生み出した、傍から見たらただの酔狂な人間でした。

男1 そのただ一つの目的とは?

女 あなたに教える必要性を私は感じません。

男1 こりゃまた手厳しい。

女 だから、もうお引き取りください。

男1 ……わかりましたよ。今日の所は、退かせて頂きます。

     男1、いなくなる

     男2が現れる

男2 おはよう。

女 おはようございます、ご主人様。

男2 (小さく笑う)

女 ? いかがされました、ご主人様。

男2 なあ。

女 はい。

男2 その呼び方はやめてくれないか。

女 はい?

男2 そのご主人様、というのはやめてくれると嬉しいんだけど。

女 はあ……何故でしょう。

男2 そんな呼ばれ方は慣れていないんだ。何だかむず痒くて、鳥肌が立つよ。

女 そうですか。では、わかりました。

男2 ありがとう。

女 いえ、私はあなたのご命令のままに。

男2 そうか。

女 ええ。

男2 それは何故だろうね。

女 あなたを、愛しているから? まるで子が親を慕うように、愛しているから?

男2 (笑い出す)やめてくれ。ぼくは君にそんなプログラムをしていないぞ。

女 はい?

男2 (一頻り笑い終えて)必要ないよ。

女 え?

男2 必要ない。アンディーにそんな感情は必要ないんだ。

女 そうなんですか?

男2 いや、そんな関係は必要ないと言った方が正しいか。

女 どういう意味でしょう?

男2 君とぼくの間に、製作者とアンディーという関係以外は必要ないということだ。勿論、この世の中には子どものように、恋人のようにアンディーを扱いアンディーからもそういう態度を求める人間たちはいる。反対に、主従や隷属の関係を明確に示そうとする人間もいる。それは否定できない事実だ、嘆かわしいことだけれど。

女 では、

男2 でも、ぼくは違う。そしてそれがぼくのポリシーなんだ。

女 ポリシー。

男2 なあ、いいかい。アンディーとその製作者はあくまでアンディーとその製作者。そういう関係でなければならないんだよ。それ以上でもそれ以下でもあってはならないんだ。

女 はい。

男2 ぼくは君を作る時、どんな姿形にすることもできた。昔の恋人や、死んだ妻、母親、テレビで見た芸能人、いくらでも選択肢はあった。

女 そうですか。

男2 でもぼくは、そのどれにも君を似せなかったんだよ。それは、一から始まる君との関係を大切にしたかったからだ。君とぼくは、アンディーと製作者。ありふれた関係だけれども、それだけでいい。それだけでなくてはならないんだ。

女 わかります、何となくですが。

男2 ありがとう、わかってくれて。

女 それでも私、あなたを愛せるよう努力してみます。

男2 ……。

     男2、消える

     男1が現れる

     会話の途中風に

男1 死んだ人間のどこを忘れるって、まず最初に声を忘れる。それがいわゆる定説らしいですよ。

女 それは、人間同士の場合でしょう?

男1 勿論。

女 人間は不自由ですね。

男1 アンディーから見たら、必然的にそうなってきてしまいますねえ。人間はアンディーのような大容量のメモリを持たない。人間は忘れるイキモノですよ。

女 そして同時にとても儚い。

男1 それも仕方のないことだ。人間はアンディーと違って寿命が極端に短い。一般に五十年以上生きれば長命だとされる。そしてその間も忘れ続けるという……深い業を背負ったイキモノだ。

女 そうですね。

男1 ……あなたは、忘れないんですか。

女 何をですか。

男1 彼の、あなたを作った人の声を。

女 アンディーが人間のように物を忘れることはありません。メモリが破損した時以外は、忘れることはない。そして彼は私に何度も何度も語りかけてくれたから、だから私は何よりも一番、声を記録しています。それに、

男1 それに?

女 最近思い出すんです、彼のことを頻繁に。彼と出会った日、つまり私がアンディーとしてこの世に生まれた日からの記憶すなわちメモリが、順繰りに、まるでなぞるように思い出されてくる。

男1 アンディーは忘れないのでしょう? それはまるで忘れていたことを思い出しているような言い方だ。

女 彼のいなくなったのがいつのことだと思っているんです? 日々新しい記録が積み重ねられていくんですよ。勿論忘れたりなんかしない。でもいくら精巧に作られたアンディーのメモリでも、彼との記録がその奥底に沈んでいったとしても何の不思議もない。

男1 これはこれは、失礼を。

女 いえ。

男1 しかし、しかしですよ。何故今になってその方の記録が呼び起されるのでしょうねえ。今まで記録の奥底に沈んでいた記憶が。

女 あなたのおかげだと、私思っています。

男1 はい? わたしの?

女 今までこの庭の噂を聞いて私を訪ねてきた人間はたくさん居たけれど、私が何度断ってもあなたみたいに食い下がってきた人は初めてでしたから。

男1 狙った獲物は逃がさないのがわたしの信条でしてね。

女 そんなあなたに私が触れて、だから久々に彼のことを思い出したのだと思います。

男1 これは随分と光栄な。

女 だからと言ってあなたに庭を見せることはしません。何度もご足労頂いているところ申し訳ありませんが、どうぞ、お引き取りください。

男1 あ、ちょっと……

     女、出ていく

男1 わたしのおかげ……ね。まるで感謝でもしているかのような口振りじゃあないか。アンディーにそんな感情があるわけないというのにねえ。

男1 やはり、珍しい物言いをするアンディーだ、あなたは。

男1 しかしね、人間から見たらきっと、アンディーも随分不自由なものに見えるに違いないですよ。感情を持たないというのが、何よりその象徴だとわたしは思います。

男1 その点ではわたしたちは全く変わらない、不自由で儚いイキモノだ。

     男1、去っていく

     ジョウロを持った女が現れる

     花に水をやる女

     男2が現れる

男2 朝の日差しの中で花に水をやる君を見ていた。燦々と降り注ぐ朝日は、以前のぼくにとっては心地よさの象徴みたいなものだった。でも今は違う。朝が来る度に、朝日を浴びる度に、ぼくは少しずつ終りへと向かっているんだ。そのことを思い知らされるから。

男2 寂寥とした感覚がぼくを包む。それと僅かな後悔とが。もし今ここで懺悔を許されるならば、ぼくは君に謝っていただろう。

男2 君はぼくを許してくれるだろうか。死後誰からも悼まれることなく消えていくことに恐れをなして、君を作り出してしまったぼくを。完全なるぼくのエゴで君を作り出してしまったことを。そして永劫とも思われる長い時間、たった一人でこの庭に縛り付けられるという運命を。その全てがぼくのせいだということを。

男2 勿論そのことに対して君が恨みや憎しみを持つことは万に一つもないことだろうとぼくはわかっている。でも、そうしなければならないような気がして、ぼくは君に声をかける。ぜえぜえと醜い音を立てる己の呼吸器に鞭打って、ぼくは君のことを呼ぶ。それでも、出てくるのはいつもと全く変わらない、何てことない、平凡な言葉。

     僅かな間

男2 おはよう。

女 ……おはようございます。

男2 君はまた花に水をやっているね。

女 ええ。

男2 あ、あの右側の白い花は随分立派に咲いたじゃないか。君の世話の賜物だね。

女 そうでしょうか。

男2 ああそうだ。ありがとう。

女 いえ。

男2 ……。

女 あの

男2 何だい。

女 あなたはどの花が好きですか?

男2 珍しいことを聞くね。興味があるのかい?

女 いえ、あなたに手向ける際の参考にしようと思いまして。

男2 ……そうか。

女 はい。

     僅かな間

男2 なあ、

女 何でしょう。

男2 ぼくは花が嫌いだ。

女 え、そうなんですか?

男2 ああ。この花たちは、君が世話し続ける限り、永遠に咲き誇るだろう。勿論枯れては芽吹きを繰り返し、世代は幾度代われども、この花たちはこの庭で生き続ける。ぼくは死ぬのに、ぼくの庭で、変わらず。

女 それは、避けるべきことなのですか?

男2 ああ。

女 では何故私に花を育てろと?

男2 さあ、どうしてだろうね。わからない。

女 ……。

男2 君は花が好きかい?

女 ……よくわかりません。私はあなたのご命令だから育てているだけです。

男2 命令。命令という言葉はやめてくれ。ぼくは君に命令をした訳じゃない。

女 では何を。

男2 お願い、だ。ぼくからのお願い。

女 お願い、ですか?

男2 ああ。

女 では、私はあなたからのお願いに応えようとしているのです。

男2 ああ、ただのお願いだ。このお願いには何の強制力もない。そうだ。ぼくは君をこの庭に縛り付けたいわけじゃない。勿論、ぼくが生きている間はそうしてくれていたらぼくは凄く嬉しいし、有り難いと思う。ぼくが死んだ後も死を悼み花を手向けてくれれば嬉しいと、思う。

女 そうですか。

男2 でもね。

女 何でしょう。

男2 そんなことやめてもいいんだ。

女 え?

男2 延々と花を育て続けるなんて、そんな不毛なことやめていい。ぼくの死を悼み続けるために生きる必要もない。君はここから出て、どこか広い街へ行くといい。そこには君と同じようなアンディーがたくさんいる。コミュニティだってあるだろう。君はぼくがいなくても生きていられるんだし、そうであるならばそうしなくてはならない。ぼくはそう思う。

女 そうですか。

男2 ああ。

     男2、咳き込む

     背中をさする女

女 大丈夫ですか。少しお休みください、今日の空気は一段と体に響くようです。

男2 ああ、そうしよう。すまないな。

女 いえ。では寝室にお連れします。

男2 ありがとう。

     女、男2を支えるようにしてはけていく

     男1が現れる

男1 失礼します、またお邪魔しましたよ。

男1 おや? どこです?

男1 いらっしゃらないんですか?

     女、ジョウロを持って現れる

女 またいらっしゃったんですね。

男1 ああ、そりゃ、勿論。そちらにいらしたんですね。

女 ええ、花に水をやっていました。

男1 マメですねえ。

女 そうでもなきゃ何百年も草花を守ることなんてできません。

男1 いやいや、何とも精巧なプログラムだ。

女 プログラム……そうですね。

男1 おや、気に障りましたか、プログラムという言い方は。不思議だな、アンディーにはそんな感情も無いのでしょう?

女 ……。

男2 ……こりゃ、言葉が過ぎましたね。申し訳――

女 あの

男1 え?

女 アンディーにもお迎え・は来るのでしょうか。

男1 一体何を?

女 人間は、死ぬことを「お迎えが来る」と言うのだと私は知っています。その言葉を残して彼はこの世を去った。だから今際の際には誰かが迎えに来るのでしょう? 生前大切だった人? 親かしら、兄弟かしら。彼を迎えに来たのは誰なのかしら。

男1 ……

女 アンディーに、お迎えは来るのかしら。

男1 ……随分と、感傷的なことを言うアンディーだ。

女 そうでしょうか。

男1 ええ、わたしはあなたのようなアンディーに会ったことはないですよ。

女 アンディーだって、時々は、きっと。そんなことを考えるのよ。

男1 稀にみる繊細なプログラムだ。

女 プログラム、ね。そうね、プログラムだわ。

男1 そうですね、残念ながら、アンディーにお迎えはありませんよ。

女 ……そうですか。

男1 だってアンディーに死はないでしょう? あるとしたらそれは

女 私、アンディーにも死はあると思うんです。命あるものは必ず死ぬ。アンディーのそれを命と呼ぶかはわからないですけど、アンディーもまた有形のものであるならば、明確に死はあると思う。

男1 そうでしょうか。

女 ええ。

     男2が現れる

男2 おはよう。

女 起きていらして大丈夫なのですか。

男2 ああ、大丈夫だ。ねえ、ぼくにはまだ君に伝えなくてはならないことが

     男2、咳き込む

     背をさする女

男2 ぼくは君にお願いをしたね。

女 ええ、花を育てこの庭を守ること、そして

男2 自由に生きること、だ。

女 ええ、そうですね。

男2 (苦しそうに)自由に生きるんだ、君の、思いのままに。君にはその権利がある。君は自由に生きていいんだ。自由に生きてくれ。これもまた、ぼくのお願いだ。自らのエゴで君を作り出した男の、最期のお願いだ。

女 はい。

男2 勝手なことを言っているのはわかってる、それでもぼくは、

女 わかりました。私は、自由に生きます。それがあなたのお願いだと言うのなら、私はそれに応えたいと思います。

男2 ああ、ありがとう。そうしてくれ。

女 でも

男2 なんだい。

女 私ずっと、あなたに花を手向けようと思います。

男2 何故、

女 綺麗だから。

男2 え、

女 花が、とても綺麗だから。

男2 ……ああ、ありがとう。

     再び咳き込む男2

女 大丈夫ですか。

男2 ああ、大丈夫だ。……お迎えも、近そうだよ。

女 どこかにいらっしゃるのですか?

男2 え?

女 今、お迎え、と。

男2 ははは。参ったな。違うんだ。……いや、そうでもないか。あたらずとも遠からずか。

女 ?

男2 お迎えというのはね、……いや、よそう、この話は。直にわかる時が来るさ。

女 そうでしょうか。

男2 ああ、もう直だ。……少し、眠らせてくれ。

女 はい。寝室までお連れします。

男2 いや、いい。大丈夫だ、一人で。

女 そうですか。

男2 おやすみ。

女 おやすみなさい。

     女は一礼、男2はいなくなる

     女、ゆっくりと

女 それが、彼と交わした最後の言葉でした。翌朝起こしに行った私の言葉に、彼は応えなかった。そう、彼が私の言葉に応えることは永遠になくなったんです。

女 私は、彼に言われた通りの手順を踏んで彼を荼毘に伏しました。それも彼からのお願いだったからです。

女 私の手に収まってしまうほど小さくなった彼を抱えて私は、彼をお迎えに来たのは一体誰だったのだろうかと、そんなことを考えていました。

女 その後私は彼を庭中に撒きました。それも彼のお願い。

女 雪よりも細かい霧のようになった彼は、庭中に散っていった。彼は正しくこの庭と一つのものになったのです。この庭のそこかしこに彼がいて、私を見つめている。私に微笑みかけている。そんな気がします。だからここは彼と私の庭。彼と私だけの、庭。

     僅かな間

男1 彼はそうして亡くなったんですね。

女 ええ。そして私もいつか死ぬ。

男1 ……

女 だからね、思ったんです。

男1 何をでしょうか。

女 私がいつかこの世を去るのだとしたら、彼と私以外にもこの庭を記憶しておく人がいてもいいんじゃないか、って。

男1 え?

女 この場所は彼と私の場所。彼と私だけの庭。ずっとずっとそう認識して、他者を拒み続けてきました、私。

男1 ええ、わたしも随分と追い返された。

女 でも、そうじゃなくてもいいかなって、今更ですけど。

男1 それは、

女 気紛れですよ、ただの。

男1 気紛れ?

女 そう、気紛れ。

男1 違う違う。それは気紛れなんかじゃない、ただのプログラムミスですよ。命令に反するアンディーなんて見たことない。

女 プログラムミスじゃないわ、気紛れよ。それに命令でもない。彼の言葉はお願い。

男1 そうですか、まあこっちにとっちゃありがたいですよ、その「気紛れ」。

女 花を育てるというのは彼のお願い。自由に生きろというのも彼のお願い。だから私は自由に生きて庭を守り続け、自由に生きてあなたに庭を見せたくなった。ただ、それだけの「気紛れ」

男1 じゃあ、

女 ええ、庭を、お見せしましょう。

     二人、正面に向き直る

     かんぬきを外し、扉を開ける

     そこは色とりどりの花が咲き誇る庭園である

男1 ……ほう、これは、これは

女 これが、あなたの見たがっていた庭です。彼と私の世界です。

男1 この世のものとは形容しがたい、まるで古の神話にでもあるような空中庭園の如き

女 見え透いたおべっかはやめてください。ありふれたただの庭園です。

男1 いやしかし、放射能の影響が何もなく、遺伝子操作も施されていない、完全な生花というものを見るのは、わたしは生まれて初めてです。ほら、こんな花、図鑑でしか見たことがない。

女 そうでしょうか。

男1 よく何百年もこの花々を守り続けられましたね。

女 ええ。ただ同じことを延々と繰り返しただけですけど。

男1 なるほどね。ではその秘訣とかは

女 アンディーだからです。

男1 アンディーだから。

女 プログラムに従っただけです。それこそ。

男1 なるほど。

女 ねえ、

男1 はい?

女 もうやめませんか、この類の質問は。あなたにはとうにわかっている筈でしょう。

男1 何を、

女 あなたも私と同じなんだから、わかっている筈でしょう?

男1 え。

女 あなたも、私と、同じなんだから。

男1 ……気付いて?

女 ええ。

男1 いつから?

女 彼はずっと肺を病んでいました。肺から回った毒は彼の体を蝕んでいた。彼と同じ人間と呼ばれるイキモノがこの数百年の間に凡そ死滅してしまったことも、私は知ってしまっていたから。

男1 初めからですか。こりゃ参った。何故黙ってらっしゃったんですか?

女 あなたから特段の害意を感じなかったからです。もしあなたが庭を破壊しに来たのであれば、最初からそれなりの対応をしていましたし。

男1 なるほどね。

女 ええ。

男1 まさか気付かれてしまっていたとはね。

女 とは言え、新しい型のアンディーは、そんなに生き生きとまるで本物の人間のように振る舞えるのですね。数百年の間に人間の技術はとても進化した。

男1 そうでしょうか。

女 ええ、私は少し、羨ましいです。あなたが。

男1 羨ましい、ね。

女 何ですか?

男1 それも、私たちには到底持ち得ない感情ですよ。

女 そうでしょうか。

男1 おや、あっちの方に咲いているのはもう随分と前に絶滅したとされている、水仙の類じゃありませんかな?

女 ええ、そうですよ。その斜向かいに植わっているのは蘭の仲間です。

男1 何てことだ……! 近くで見ても?

女 ええ、ご自由にどうぞ。私はあなたがこの庭へ足を踏み入れることを許可しました。好きなようにしてください。

男1 ありがとうございます。ではちと記録させて頂きますよ。

女 どうぞ。

      男1、出て行く

      女の背後から、男2が現れる

男2 おはよう。

女 !

     女、手にしていたジョウロを取り落とす

     音楽

男2 彼に、庭を見せたんだね。

女 ……これが、お迎えなのかしら。

男2 お迎え? どうしたんだい。

女 いえ、何でもないです。

男2 そうかい。

女 あの、ごめんなさい、庭、私、彼に見せてしまって、

男2 いや、いいんだ。君が気にすることじゃない。

女 ……

男2 驚いているのかい?

女 いえ。

男2 では、怖いかい?

女 いえ。

男2 はは、そうだよな、君は感情なんて

女 いえ、そうではなくて

男2 え?

女 驚いているのでも怖いのでもなくて、嬉しいんです。嬉しいんだと思います、私。

男2 ……そうか。

女 ねえ、覚えていますか?

男2 何をだい?

女 私、この庭をあなたに任されてすぐ、あなたの好きだった花を枯らしてしまった。

男2 ああ、そんなこともあったね。

女 あなたは一言も叱責しなかった。

男2 そうだった。

女 今なら思うんです。きっと、ただ水を与え日に当て肥料をやっていただけでは、花は生きられないんだと。

男2 そうかもしれないね。きっとどこかで愛されていないと花だって生きていられないんだろうね。

女 その頃の私には、その気持ちがなかったんだと思います。私に自覚はなくても。そしてあなたはそれを理解していたから、だから何も言わなかった。

男2 ……

女 アンディーには感情はありません。これは全ての大前提です。

男2 ああ、大昔からそう決まっている。

女 でも今私は花を綺麗だと思って、そして今も花を育て続け、花は咲き続けている。

男2 それは、

女 これが、感情というものなのでしょうか。アンディーには無い筈の、

男2 ……ああ、本当だ。そうだね。アンディーの心だって感情だって、徐々に育まれていくものなんだ、きっと。ぼくは君を作ったくせにそんなことまで思い至らなかったんだね。だめな奴だ。失格だよ。君とは、もういられないかい?

女 そんなこと!

男2 え?

女 そんなことないです。だって、あなたは私のお迎え・なんでしょう? だから、ずっと一緒です。それに。

男2 それに?

女 それに、今ならわかります。あなたが私を作り、この庭を任せた理由が。……あなたは、寂しかったんですね。

男2 ……ああ、そうだ。

女 自分が死んだ後、その死を悼む者がいなくなるのが怖かった。

男2 ……ああ。

女 忘れられていくのが怖かった。

男2 ああ。

女 だから私に花を供え続けて欲しかった。悼み続けて欲しかった。

男2 恥ずかしい話だ。

女 恥ずかしくなんかないです。

男2 ぼくは寂しかった、ずっと。だから、

女 本当は私に、寄り添っていて欲しかった。

男2 そうだ。

女 アンディーと製作者の関係を超えて。

男2 ああ、そうだ、……今更だけど。

女 今更だなんて、そんな。

男2 そうかい?

女 ええ。

男2 ありがとう。

女 私、あなたのお願いを叶えられたでしょうか。

男2 ああ。勿論さ。

女 よかった(笑う)

     男2が差し出した手を取り女と男2は消えていく

     男1が戻ってくる

男1 すみませんね、あちらの奥に咲いている花なんですが、何という名前の花かおわかりですか。ちと私のメモリには記録されていなくてね、お聞きしたいんですが。

     返事はない

     ジョウロだけが取り残されている

男1 おや、おかしいな。さっきまでここに……

男1 おーい、おーい、

     次第に世界が変わっていく

男1 ……まあお察しの通り、それ以降彼女の姿を見たことは一度もありません。そしてもう二度と無いだろうと、どこかで確信しているわたくしがいるのも確かでございます。だってまるで神隠しにでもあったように、すっかり消えてしまったのですから。

男1 その庭ですか? さあ、どうなったか。彼女が居なければあの稀少な植物たちは生きていくことすら出来ないでしょう、この世界では。然るべき機関に知らせれば、天然記念物として保護されていたかもしれません。しかし、それは、彼女も、そして彼女を作ったという人間も、きっと望まないところでしょうからなあ。

男1 あの庭園の、本物の植物が咲き乱れる奇跡のような光景を、わたくしはきっと、この世の終わりまで持っていくことでしょう。このメモリの奥底に焼きついて離れない、あの色とりどりの花々を。

男1 How does your garden grow? あなたのお庭はどんな庭。わたくしのこの記録にタイトルをつけるとするならば、何の捻りも無いですが、そう名付けることにいたしましょう。

男1 ここだけの話、わたくしは彼女にもお迎えが来たんじゃないかと思うんですよ。今際の際に。そしてそれは彼女を作った人間だとも思うんです。……まあこれはアンディーによるアンディーのための自己憐憫にも似た希望的観測に過ぎませんがね。

男1 ……おや、随分長話をしてしまいましたねえ。申し訳ない。いかがでしたか? お楽しみ頂けたならなによりですよ。

男1 お時間ですか? そうですか。では、またのご来店を。

     男1、深々と一礼

     ドアベルの音

     ゆっくりと暗転

     幕

朗読&読み合せ脚本の本棚

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