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*脚本の本棚*まなづるとダアリヤ(脚本前半公開)

まなづるとダアリヤ

開演

女が現れ、荷物を広げると化粧を始める
観客が不安になるくらいの時間が経つ
やがて、徐に声を上げる

女 彼女のことを知ってる?

女 うん、そう。赤いダアリヤのこと。

女 そ。やっぱりね。

女 みんな知ってるの。彼女のこと。彼女を知らない人はいない。

女 私だって、そう。

女 今だから、言ってしまうけど。……ねえ、笑わないで聞いてくれる?

女 私、私ね、彼女に憧れていたの。彼女みたいに、なりたかったのよ。

女 ……ちょっと、酷くない。笑わないって言ったのに。

女 え、何?私では彼女に遠く及ばないって?

女 ……そんなこと、知ってるよ。

女 わかってる、誰よりも、自分が一番わかってる。だから、そんな意地悪なこと言わないでよ。

女 ごめんなさい。変なこと言ったね。そうよ、だってそもそも私たちは、見られるのが仕事。あなたたちは、見るのが仕事。元から対等な関係にはなりえないもんね。

女 わかってる。知ってる。それはしょうがない。

女 彼女のことに話を戻そうか。

女 彼女は……いつだって輝いていた。有体に言えば、とても美しかった。目の覚めるような赤い色を持っていた。

女 私の黄色い花弁とは、比べるべくもない、まるで太陽の欠片のような赤を。

女 世界っていうのはね、とても不公平で残酷なものだと、私思うのね。だって、だって、何だってこんなに差があるのよ。私は前世で何か罪でも犯したのかしら。それとも顔女は前世で徳を積みまくったの?どっちにしろ、今生私がいかんともし難い部分に於いて、既に圧倒的な差があって、何なのこの不公平感。はんぱない。ふざけてる。

女 何よりもふざけてるのは、私が結局のところ、そんな彼女にあこがれてやまなかったということ。そして、彼女の傍に立ち続けなくてはならない定めだったということ。

女 皮肉でしょ。自分でもそう思うもん。だって、こんなにも彼女に恋い焦がれ同時にこんなにも彼女を憎んでいる私がよ、今、こうしているなんて。彼女になるために。

女 どういうことかって?わかるよ、じきに。

女 ああもう時間だ、行かなくちゃ。

女 知ってるでしょ。幕が開くのは私を待ってはくれないの。

女 じゃあ、また後で。

女、化粧をやめ立ち上がる/赤い上着を羽織る
音楽/明かりが変わる
まるで今目覚めたかのようにあくびをする

女 おはよう。

女 とてもいい朝。今朝のお日様はきっと、コバルト硝子の粉を、いつもより余計に撒いているのね、いいにおいがするわ。これは何かしら、りんごかしら、ねえ。

僅かな間/笑い出して

女 まさか、よしてよ。そんなおべっか。

女 お日様がいつもより明るいのではなくて、私がとても輝いているから明るく見える・だなんて、そんな。

小さく笑っている

女 まあでも、あなたたちのその言い分も、わからなくはないわ。

女 だって私ったら、日に日に赤く輝いて、ほら、見てみてよ、あの丘の。ふもとの梨の木のところまで、金粉みたいな虹の光を振りまいてるんだもの。

女 でもまだまだ足りないわ。この辺一帯を私の光で照らすには。そして、あたしが花の女王になるまでは、まだまだ足りないの。

女 だからもうちょっと待って居て頂戴ね。すぐにあたし、花の女王になって見せるし、そうしたら、そしたらよ、あなた達、あたしと同じ丘に咲いていたこと、とても誇りに思ってもいいの。だって、そんな嬉しいことないでしょう。

女 ……それにしたって、退屈だわ。ここはいつだって、全くかわりばえしないんだもの。

僅かな間

女 ねえ見て、鳥が飛んでいく。ほら、こっちを見た、私に気付いたんじゃないかしら。

女 あら、まなづるさん、ごきげんよう。あたし、どう、かなり光っているんじゃない?

女 そうでしょう、そうでしょう、かなり赤いのではない?

女 やっぱりね、ありがとうまなづるさん。

女 鳥にだって、わかるんだわ。つまんない鳥よ。私のことをああやって見るしかできない鳥にだってよ、わかるんだわ。あら?

女 あの鳥ったら、どこへ行くかと思ったら、ねえ、このくだものの畑の丘の向こうの、沼のくらやみに、ほら、見える、白いダアリヤの所へ行った。

女 つまんない鳥にはつまんない花が、お似合いね。

女 ああ、でもやっぱり、つまらないものだわ。あたしったら、早く女王様にならなくっちゃ。

女 ねえ、黄色いダアリヤさん達。あなた達も、そう思うでしょう。

女 だから、私がよ、お日様にならなきゃ。花の女王にならなきゃ。そうじゃなきゃつまらない、ねえ、そう思うでしょって。

女 ……ええ、そうね。その通りだわ。

 どこか憎々し気に上着を脱ぎ、再び化粧を始める
 どんどん派手な顔になっていく
 やがて、少し落ち着いたように

女 青天の霹靂。

女 知ってる?青天の霹靂。

女 まあ、青天ってのはわかるでしょう。読んで字の如く、青く晴れ渡った空のこと。

女 じゃあ、霹靂・ってのはわかる?

女 うーん、ちょっと難しかったかな。霹靂ってのは、雷やいかづち、が起こること。青い空にいきなり激しい雷が起こることから、予期せぬ出来事、変動、何かのことをそう呼ぶの。青天の霹靂。

女 だからね、それはまさしく私にとっての晴天の霹靂・だった。いつでも明るく輝いて、もう十分だろうと言うほど光を浴びていた彼女の。太陽になれないならつまらないとさえ言った彼女の、光に、影がさしたの。

女 あれだけのことを言われておきながら私、その陰に初めて気付いた時、とても……そうね、正直に言ってしまえば、ショック・だったの。何でかわかる?

女 馬鹿みたいって思うでしょ。あれだけコケにされても、馬鹿にされてもなお、彼女はずっと、私の世界・だったの。

女 でもね、仕方ないのよそれは。運命なの。形あるものはいつか壊れるし、命あるものはいつか死ぬ。どうしようもなく抗い難い、自然の摂理・というやつ。

女 なんて残酷な響き。そして同時に、なんて甘美な響き。その甘やかさの前では、彼女もまたひれ伏す一に過ぎない。

女 わかる?それって、あなたたちも、私も、ただの幻想を追い掛けていたってことなんだよ。

女 何が太陽よ、何が女王よ。くだらない。

女 残念だったわね。全部、メッキだったなんてね。

女 いつか死ぬもの、いつか枯れるもの、いつか。

女 そう、いつか。ね。

上着を羽織ると再び舞台/突然笑いだし

(脚本前半公開)

さつき・まついゆかによる
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