見出し画像

インドネシア政治短信(11):地方首長選挙候補者擁立をめぐる動き~ジャカルタを中心に~(松井和久)

~『よりどりインドネシア』第173号(2024年9月8日発行)所収~

政治の年である2024年は、大統領選挙・議会議員選挙を2月に終え、現在は11月の地方首長選挙へ向けて動いている。ご承知のように、インドネシアの地方首長選挙は大統領選挙と同様、首長候補と副首長候補のペアで立候補し、有権者住民による直接選挙で正副首長ペアが選出される。

今回の特色は、任期が各地でバラバラなまま選挙時期も異なっていたものを一斉に統一して行うことにある。選挙関連コストの削減と運営事務効率化などを目的とするもので、2023年までに任期を終了した首長の代わりに、中央政府が指名した首長代行が選挙後に次の首長が就任するまで務める。

この首長代行が先の大統領選挙や議会議員選挙において、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の意向を受けた候補の当選へ向けて動いていたと指摘され、問題視されたことは記憶に新しい。そして、これからの統一地方首長選挙においても、同様に動くと予想されている。次期プラボウォ政権においても、ジョコウィ大統領の影響力を持続させるための仕込みといえそうである。

とはいえ、投票行動が比較的わかりやすい大統領選挙とは異なり、地方首長選挙はその地方によって政治家や有力者と政党との関係が異なり、その地方ごとの政治構造が存在し、ジョコウィ氏の意向云々がどこでも通用するわけではない。言われているほどには、地方首長選挙に対するジョコウィ大統領の影響力は大きくなく、限定的ともみられている。

それでもはっきりとジョコウィ大統領の意向が反映されたケースはいくつかある。それは、彼の親族が立候補したケースや、彼の重要な支持基盤であるジャワ島内で見られる。

前者では、彼の娘婿でメダン市長であるボビー・ナスティオン氏が北スマトラ州知事候補に立候補したケースである。ボビー氏はそれまで所属していた闘争民主党(PDIP)を離党してグリンドラ党へ乗り換えた。当初、ゴルカル党は、州副知事で党州支部長のムサ氏を州知事候補に推したが、大統領周辺の説得を受け、ボビー氏を擁立することを決定、大統領選挙でプラボウォ=ギブラン組を推した「先進インドネシア連合」(Koalisi Indonesia Maju: KIM)の政党にナスデム党、民族覚醒党(PKB)、福祉正義党(PKS)を加えた「KIMプラス」がボビー氏の支持を表明した。すなわち、主要政党ではPDIP以外がすべてボビー氏を推すのに対して、PDIPは単独で再選を狙う現州知事を擁立した。

左からボビー氏(前メダン市長)、ギブラン氏(次期副大統領)、カエサン氏(連帯党党首)
(出所)https://kumparan.com/kumparannews/kata-bobby-soal-keluarga-jokowi-sehati-pilih-capres-2024-21Ok8nb1SpI

大統領選挙でアニス=ムハイミン組を推したナスデム党、民族覚醒党(PKB)、福祉正義党(PKS)は、選挙での敗北後、勝ち馬に乗ろうと機会主義的な動きを見せ、KIMへ接近した。これにより、闘争民主党(PDIP)だけが野党的立場に追いやられた。KIMプラスとPDIPの対決という構図は、ジョコウィ大統領が望む構図であった。彼は、この構図が各地の地方首長選挙へ広がることを期待したはずである。

KIMプラスと闘争民主党(PDIP)の対決となった州知事選挙は、前述の北スマトラ州のほか、ランプン州、ジャカルタ特別州、中ジャワ州、やや変則だが東ジャワ州、パプア州などで見られる。とくに、ジャカルタ特別州、中ジャワ州、東ジャワ州では周到な準備が行われた。以下では、その最大の事例としてジャカルタ特別州での顛末を振り返る。


ジャカルタ特別州知事候補擁立をめぐって

ジャカルタ特別州知事候補の下馬評では、大統領選挙に立候補したアニス前知事の人気が圧倒的に高く、アニス氏に勝てる対抗馬が見つからない状況だった。すでに何度も指摘したように、ジョコウィ大統領周辺はアニス氏の出馬阻止を常に試みてきた。今回もアニス氏が立候補できない状況を作ることに腐心した。まだ8月20日の憲法裁判所決定の前だったので、議席を減らした闘争民主党(PDIP)は議席の20%に満たず、単独で候補者を擁立できなかった。そこで大統領周辺は、PDIPが他政党と組もうと動く前にKIMプラスが機能するよう、ナスデム党、民族覚醒党(PKB)、福祉正義党(PKS)の取り込みに躍起となった。KIMプラスが機能することで、PDIPは候補者を擁立できなくなる。もちろん、アニス氏も立候補できなくなる。

ではKIMプラスとして誰をジャカルタ特別州知事候補に据えるか。白羽の矢が立ったのが、建築家としても知られるリドワン・カミル前西ジャワ州知事である。もともと彼の属するゴルカル党は、西ジャワ州知事候補に擁立する予定だった。事前調査で彼は西ジャワ州で圧倒的な人気を見せていたのである。しかし、グリンドラ党は元プルワカルタ県知事のデディ・ムルヤディ氏の擁立にこだわり、調整が難航した。結局、リドワン氏がジャカルタ特別州へ移ることになり、KIMプラスがリドワン氏を擁立する形になった。アニス氏が立候補できないならば、ほぼ確実にリドワン氏がジャカルタ特別州知事に当選することになる。

KIMプラスが推すジャカルタ特別州知事候補ペアのリドワン=ススウォノ組の出馬宣言式
(出所)https://www.cnnindonesia.com/nasional/20240821084320-617-1135581/mk-ubah-bandul-politik-pdip-plus-bakal-jadi-momok-kim-plus-di-jakarta

大統領周辺は「空箱戦略」を考えていたようだ。インドネシアの選挙では、候補ペアが1組しか立候補しなかった場合に、空箱(Kotak Kosong)と戦う形をとる。日本のように無投票当選にはならないのである。実際に投票を行い、投票総数の過半数の得票で当選となる。

ちなみに、2018年5月のマカッサル市長選挙では、候補ペアが空箱に負けて再選挙となったが、珍しいケースのようだ。大統領周辺は、リドワン氏を含む候補ペア1組とし、空箱と戦わせて勝利するという戦略を考えていた節がある。

そんななか、突然、政党の推薦を受けない独立候補ペアが出現する。独立候補の立候補は、ジャカルタの場合、人口の7.5%にあたる61万8,750人以上の支持を得る必要がある。

それだけの支持を得たとするダルマ=クン組という無名の独立候補ペアが立候補に名乗りをあげたが、その過程で、住民多数から名前が勝手に使われたとのクレームが殺到した。住民登録名簿の漏えいや剽窃の可能性が取り沙汰されたが、州選挙委員会は「証拠がない」として独立候補ペアの立候補を認めた。

インドネシアの選挙では、有力候補が確実に勝つために、泡沫候補を仕立てて立候補させることがよくある。選挙自体を正当化するとともに、対抗馬の票を散らす役割もある。あたかも対抗馬のように見えて、実は本命を勝たせるための手段である。まさか、空箱戦略がうまく行かなかった場合でも、選挙の正当性を確保するために、独立候補ペアを出させたのか。その真偽は謎だが、石橋をたたいてでも確実にリドワン氏を勝たせるためには、あり得ない話ではない。

今回の統一地方首長選挙では、41の選挙区で候補ペアが1組に留まり、空箱と戦う状況となった。それらの候補ペアのほとんどすべては、KIMプラス側に立つ。ほかに本当に候補ペアが居なかったのか、あるいは、ジャカルタのように、立候補しそうな有力候補ペアの出馬を阻止した結果だったのか、ケースごとに細かく見ていく必要がある。

ここから先は

2,651字 / 1画像
この記事のみ ¥ 150

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?