[2023/03/09] 続・インドネシア政経ウォッチ再掲(第36~40回)(松井和久)

~『よりどりインドネシア』第137号(2023年3月9日発行)所収~

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。


第36回(2022年11月15日)観光客数増加も第3四半期成長を後押し

ウクライナ情勢や欧米諸国でのインフレ進行など厳しい世界経済のなか、インドネシアは安定した経済成長を続けている。中央統計庁は8日、2022 年第3四半期(7~9月)の国内総生産(GDP)成長率を第2四半期(4~6月)の5.45%を上回る5.72%と発表、2021 年第4四半期(10~12 月)から4期連続で5%台の成長を維持した。15 日からバリ島で開催される20 カ国・地域首脳会議(G 20 サミット)の参加国の中ではサウジアラビアの8.6%に次ぐ数字で、インドネシアは世界的にも数少ない高成長国となっている。

第3四半期の成長をけん引した最大の要因は、国際価格高騰の恩恵を受けた輸出であり、第2四半期とほぼ同じである。ニッケル製錬投資などによるスラウェシやマルク・パプアでの高成長も変わりない。ただ、今回はそれらに加え、新型コロナウイルス対策が大きく緩和されたことを受けて、第2四半期よりも人の移動や観光客数がさらに増加し、民間消費も5%台を維持してコロナ前の水準に戻りつつあることがある。産業別成長率では、第2四半期と同様、運輸・倉庫業(25.81%)が最も高く、それに続く宿泊・飲食業は、第2四半期の9.76%を大きく上回る17.83%を記録した。

観光客数は急速に伸びている。1~9月の観光客数は前年同期比約2倍の227 万人に達し、9月だけで53万8,000 人となった。地域別で見ても、コロナ禍で低成長の続いていたバリ・ヌサトゥンガラの成長率が第2四半期の3.97%から第3四半期は6.69%へ一気に上昇した。バリ島などへ観光客が戻って来たことの証左だが、政府が10 月に発表したセカンド・ホーム・ビザが人気を博せば、この傾向がさらに続きそうである。

製造業の成長率は第2四半期の4.01%から第3四半期は4.83%へ、総固定資本形成の成長率も同期に3.07%から4.96%へ上昇し、製造業にも復調の兆しが見える。しかし、昨今の輸入価格の上昇は原材料輸入に依存する製造業に痛手となるだろう。

第4四半期の成長率については、インフレの伸長や金利上昇などで4%台に低下するとの見方が出ている。繊維など製造業の一部には従業員解雇の動きもあり、政府は国際情勢を見据えながら、慎重な対応を進めることになる。

第37回(2022年12月6日) 大統領支持者15万人集会の波紋

11 月26 日の土曜日、ジャカルタのブンカルノ国立競技場で主催者発表15 万人の大集会が開催された。連合ヌサンタラ運動(GNB)の名で集結したジョコ・ウィドド大統領の支持者が主催した。出席したジョコ大統領は、「2024 年大統領選挙で注意深く候補者を選べ、庶民の気持ちが分かる者を選べ」と演説し、庶民のことを考えている者は顔にしわができ、髪は白いので見た目で分かる、と強調した。候補者の具体的な名前は出さなかったが、参加者の多くはそれがガンジャル中ジャワ州知事を指すと受け止めた。

そのガンジャル州知事は翌27 日、ツイッターに黒髪の写真を載せ、丸刈りにしたと呟いた。トレードマークの白髪を刈ったガンジャル州知事の真意はどこにあるのか。彼は現時点で大統領候補の人気最上位だが、所属する闘争民主党(PDIP)はメガワティ党首の娘・プアン国会議長を担ごうと動いている。このため、ガンジャル州知事が大統領選へ意欲を見せるたびに党中央から訓告を受けてきた。白髪を刈ったのは党への忠誠なのか。彼はまだ党を離れる気配を見せていない。

ジョコ大統領もPDIP党員だが、彼とその周辺は、次期大統領選挙に関してPDIPとは一線を画してきた。実際、今回の大集会にPDIPは全く関わっておらず、むしろ集会を「ジョコ大統領をおとしめるもの」「チアンジュール地震直後で不道徳」などと批判した。

ジョコ大統領は、インフラ整備や首都移転などの政策を確実に託せる後継者を望む。彼は現時点で、大統領選挙立候補に意欲を見せる政治家へエールを送るが、意中の候補はまだ示していない。本当に、「顔にしわで白髪」はPDIPに気を使うガンジャル州知事のことなのか。あるいは、単に一般的な話に過ぎないのか。

12 月にはユド海軍参謀長が国軍司令官に就任し、任期延長もうわさされたアンディカ現司令官は退役する。彼はジョコ大統領1期目に大統領護衛部隊司令官を務め、ジョコ大統領の信頼が厚い。正副大統領候補としてアンディカ司令官を担ごうとする動きも高まってきた。これは真打ち登場なのか。退役後のアンディカ氏の動きを注視したい。

第38回(2022年12月20日)政府悲願の刑法改正案が可決

12月6日、刑法改正案が国会でようやく可決された。インドネシアはオランダ植民地政府が1915 年に制定した刑法典を適用してきたが、独立国として自前の刑法をようやく持つことになった。

刑法典の改正は59 年前の1963 年に初めて提案されたが、法案としてはスハルト政権崩壊後のムラディ法相(当時)が提出したのが最初である。その後、ジョコ・ウィドド大統領が2015 年に国会に法案審議を求め、2019年に汚職撲滅委員会法改正案とともに刑法改正案の国会可決を目指したが、国民の反発を招いて頓挫した。しかし政府は諦めず、2021 年に全国12 都市で刑法改正案の説明会を重ね、2022 年7月、法案を国会へ提出して可決を目指し、再び延期された。

7月時点の法案をみると、適用範囲や刑罰の種類・軽重など一般規定を記した第1巻と具体的な35 種類の刑罰を定めた第2巻に分かれる。この時点で条文は全632 条だったが、最終案で624 条となった。そのなかには、既成の各法規に記載された刑罰条項を削除して抜き出し、法案の中へ入れた条文が含まれる。

刑法改正案可決後、欧米メディアは婚前交渉の禁止など一部をセンセーショナルに取り上げ、バリ島への観光客が減るなどと批判した。これについては、親や兄弟からの抗議があった場合のみとの条件があり、内容を冷静にみる必要がある。それより重大なのは、大統領や政府機関等および建国5原則(パンチャシラ)への侮辱、共産主義思想や偽情報の流布などを理由に、権力側が恣意(しい)的に刑罰を科せる状況となり得ることである。そうなれば、言論の自由を脅かし、民主主義や人権を侵害する。活動家の多くがスハルト時代の「新秩序」の再来と強く批判する所以(ゆえん)である。

政府はそうした批判を警戒し、大統領選挙前の早期決着を図った。11 月9日に再度法案が国会へ提出された後、刑法学者でもあるエディ法務人権副大臣が国会や活動家への根回しに動き、国会全会派の合意を取り付けて、12 月6日に可決にこぎつけた。改正刑法には3年の移行期間があり、その間に実行規則を定めたうえで、2025 年12 月6日から施行される。

第39回(2023年1月10日) 雇用創出法代替政令の発布

2022 年12 月30 日、政府は雇用創出法に関する代替政令(Perppu)『2022 年第2号』を発布した。法律代替政令は通常、法律制定まで待てない緊急時に発布する政令で、法律と同等の効力を持つ。政府は、ウクライナ情勢に伴う世界経済後退がインドネシア経済に及ぼす影響を根拠とするが、識者には緊急性を疑う意見が多い。

雇用創出法については2021 年11 月25 日、憲法裁判所が違憲としつつ、2年以内の法改正を求め、その間の同法は有効と判断した。その改正点は、法的根拠のないオムニバス法という手法の扱いと制定過程における公開性と国民参加の改善、の2点であった。

政府はまず、オムニバス法という手法を後付けで合法化した。すなわち、法令制定法「2011 年第11 号」を改正し、改正法「2022 年第13 号」に法令制定手法としてオムニバス法を明記した。ただし、雇用創出法制定時点でオムニバス法という違法な手法を使った是非は議論されなかった。次に、制定プロセスの公開性と国民参加については、政府による雇用創出法説明強化チームが全国各地で公開説明会を開催してきたことで十分としている。

こうして政府は、憲法裁判所から求められた改正要求をすべてクリアしたと認識している。憲法裁判所の違憲判断に伴う実業家や投資家の不安を早急に払拭することも、政府が代替政令を発布した理由としている。与党多数の国会で代替政令が承認されて改正雇用創出法が成立するのは確実で、後は時間の問題である。

雇用創出法と代替政令の条文はほとんど同じである。憲法裁判所が雇用創出法を違憲としたので、条文に関する違憲審査がすべて却下された一方、同法は期限付きで有効なので、条文は変更されずに有効のままだった。ただし、ごく一部の修正はある。一例を挙げると、最低賃金における計算式に経済成長率、インフレ率以外の変数を許容し、状況次第で政府が異なる計算式を定められるとの文言が追加された。

憲法裁判所が雇用創出法の改正期限とする2023 年11月25 日は、正副大統領候補が確定する日でもある。代替政令発布で雇用創出法は政争の具から外されたのである。

第40回(2023年1月24日) ニッケル製錬企業で暴動

中スラウェシ州北モロワリ県に立地するガンバスター・ニッケル・インダストリー(GNI)で1月14 日、労働者による暴動が発生し、インドネシア人労働者1人と外国人労働者1人が死亡した。外国人労働者の国籍は明示されていないが、中国人とみられる。GNIは中国のステンレス形鋼メーカー、江蘇徳龍ゲツ業(ゲツ=かねへんに自の下に木)傘下のニッケル製錬企業で、2019 年に設立され、フェロニッケルを中国へ輸出している。江蘇徳龍ゲツ業は同様のニッケル製錬企業VDNI社をモロワリ県に持つ。

警察によると、当初、GNIと労働者の間で労使交渉があった。労働者側から8項目の要求が出され、7項目は合意したものの、労働争議参加者の復職を認めよとの1項目をGNIが拒んだことを受け、一部の労働者がストライキを画策したが実現しなかった。そこに「外国人労働者がインドネシア人労働者に暴力をふるった」との動画が流れたことで、インドネシア人労働者が外国人労働者を襲撃し始めた。その結果、外国人労働者の寄宿舎が焼失し、生産設備も破壊された。警察は71 人を検挙、うち17 人を容疑者とし、暴動の再発防止のため機動隊2個中隊548 人を配置した。

GNIと労働者の間での労使交渉の裏には、安全管理に対する労働者側の強い不満があった。2022年12 月22 日、漏電による火災が原因で、GNIの社員ニルワナ・セレさんがクレーンの操縦席の中で焼死する事故が起きた。彼女は、中国系動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」に何万人もフォロワーのいる有名人で、その死は交流サイト(SNS)で大きな反響を呼び、GNIや中国企業の安全対策への不信感が高まった。また中国人のインドネシア人に対する横柄な態度への不満も限界にきていた。これらを背景に、インドネシア人労働者はフェイク動画で容易に扇動されたのである。

事件後数日を経て、GNIは操業を再開した。GNIの外国人労働者は1,300 人、インドネシア人労働者は1万1,000 人で、今後、インドネシア人労働者を3万人にまで増やす計画である。他方、労働者側には、県知事や警察が常にGNI側に立つとの不満も根強い。政府は、今回のような暴動をできる限り局所的に収め、反中国感情が広まらないよう注視し続けることだろう。

(松井和久)

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