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霧雨に伸びていく灯

仕事で引き受けた原稿がちっとも進まないので、気晴らしに深夜徘徊に出かけた。コンビニで煙草とカフェラテを買って、念のため傘を持って多摩川までとりあえず歩いて向かう。深夜0時。

歩き始めると、どちらかというと気分は落ち込んでくる。内省的になって、周りが見えなくなる。意識が内側を向いていくにつれて、歩いていくことそれ自体が自動化してくるので、そのまま足が赴くままに進んでみるのだ。

歩きながら、魂が触れ合うことについて考えてみていた。最近初対面の人と会って話すことが多かったけど、少しでもそんな彼ら彼女の魂に触れられていたのだろうか、ということ。多分、少しも手が届いていなかったんじゃないか、と思った。だからこれから彼ら彼女らの仕事を知って、作品に触れて、ようやくもう一度再会できるんだろうな、とぼんやり考えた。出会えたことは、その魂に触れるための梯子のようなものだったんだと思うと無駄じゃないだろうけど。

多摩川に架かった橋の前の信号で立ち止まると、ようやく意識が身体の外側で起こっていることに向いてくる。細かい粒子の霧雨が舞うように降っている。意味がないなと思って傘を畳む。信号が青になって歩き始める。向こうからやってきた、大型トラックのライトに照らされて雨粒が姿を現すが、トラックが走り去って、また暗闇に紛れて見えなくなっていく。それでも肌をしっとりと濡らす霧雨がここにある。生温い水の中にいるみたいだ。

すっかり秋の始まりを感じさせる涼しい夜だけど、さすがに身体を動かしているとじっとりと汗ばんできた。私の持っている秋の記憶を想起させるには、まだ寒さが足りていないみたいだ。


多摩川を渡って、川辺まで歩いてゆき、川べりに座って煙草に火を点けた。雨のせいか、たまに見かけるキャンパー達の姿はどこにも見当たらない。煙草を吸いながら、川の流れをぼんやりと眺めた。水面は穏やかで、静かに夜そのものを反射させている。たまにどこかで、ピチャッという音が弾ける。魚だろうか。真っ暗な水の中も夜。生き物は起きているんだろうか、寝ているんだろうか。


川沿いを少し歩きたくなって立ち上がる。2分ほど歩いたところにある高架下では、男女のカップルが抱き合っているのが見えた。そこからさらにちょっと歩くと道沿いに男性が寝っ転がっていて、さすがに驚く。川沿いにあるラブホテルの明かりが眩しい。店の名前は「Yesterday」。あらゆる「昨日」に置いてきてしまったいろいろなことに、ふと思いを馳せる。


そのまま川沿いを歩き続けると、スポーツセンター的な建物の横の大きなモニターがバグっているのかなんなのか、青い光を放っているのを見つけた。友達の作品によく似ているな、と思った。それにしても、川と林に囲まれた自然物の中に人工的な光が浮かんでいて異様な光景だった。後からその正体について調べてみよう。

そこからしばらく歩いていたが、疲れてきたのもあって来た道を引き返すことにした。散歩の帰り道は、帰った後のことを考え始めるので思考はクリアになっていくことが多い。潜水した後に、水面に浮上するために泳いでいくのに似ている。


帰り際に橋の上から街を眺めてみると、霧雨の粒に反射してあらゆる光がふんわりと伸びていた。霧の中の散歩もちょっといいかもな、と思いながら家路についた。