ずっと成人式でいい

 市民会館で市長の長話と新成人の挨拶が終わり、やっと開放されたのが十一時すぎ。朝から慣れないスーツなんか着て俺はへとへとになっていた。一人気合いの入ったやつが白スーツで登場してたまげたが、ホストをやっていると聞いて納得。あいつ中学の頃から目立ちたがり屋だったからな。そんなことより女の子だ、全体的に地味な男どもに比べて女の子たちの振り袖姿はさすがというか、色鮮やかで華やかだった。化粧で誰が誰だかよくわからなくなっているが、よくよく見ると当時の面影がある子がちらほらいた。
 あなたは成人式マジックを信じますか。俺は信じる。あのもさかった子もめがねがくもって目が見えなかった子も誰かわからない子もみんな可愛く見えてしまう素晴らしいマジック。ということは冴えなかった俺もいまでは大学生、普段は着ないスーツを着ていることで三割増しくらいにはなっているのでは?
「小手川くん。一緒に写真撮らない?」
 きたあ! と思ったら十人ぐらいいてげんなりした。ツーショットがよかったがまだ今日ははじまったばかりだ。
 声をかけてきたのはまなみだった。おお、と目を見張った。まなみは中学の頃うどん部という部員が二人しかいないマイナーにもほどがある部活に入っていて、もう一人の部員が俺だった。うどんが好きで入っただけだったがうどんを打つところからはじめると知って面倒で半年で辞めた。クラスが違ったまなみがその後部活を続けていたのかどうかはわからない。
 あのうどんにしか興味がなかったまなみがこんなに麗しい女子に。これが成人式マジック、いやきっと元がよかったのだ。ぜひお持ち帰りしたい。その後俺は二次会でも三次会でも粘り強くまなみに貼りつき、三次会が終わった後まなみに告白した。まなみは嬉しそうに笑って頷いてくれた。最高に幸せな気分だった。成人式ってこんなにいいものなのか。これなら何回でも繰り返したい。幸せすぎて夢みたいだ。その夜はホテルに泊まって朝まで

 あれ?

 市民会館で市長の長話と新成人の挨拶が終わり、やっと開放されたのが十一時すぎ。朝から慣れないスーツなんか着て俺はへとへとになっていた。
 いやいや。昨日も着たぞスーツ。あの白スーツもいたぞ。しかも俺は三次会の後まなみに告白してホテルにまで行ったのだ。ちゃんと記憶もある、あのリアルさは妄想などではなかった。じゃあなんだ、成人式やり直しか? ははは、そんな馬鹿な。たしかに昨日、何回でも繰り返したいとは思ったけれども。
「あ、まなみ!」
「小手川くん。一緒に写真撮らない?」
 俺は愕然とした。覚えてないだと? 昨日の熱い夜はなんだったんだ。
 その後呆然としながら二次会に移動し、三次会に移動し、またまなみに告白しようとしたところで、ふと思った。これでは昨日とまったく同じではないかと。どうせまなみは昨日のことを覚えていないのだ。ということは俺たちはまだ付き合っていないことになる。ならほかの子に声をかけてみてもいいんじゃないのか。酒が入ってハイになった頭で俺は天才ではないかと思った。俺はこの中でじつはいちばん可愛いと思っていたゆきちゃんを誘った。瞬殺で断られた。そりゃそうか、うん、彼氏くらいいるよな。四番目に可愛いと思っていたるみちゃんが行く行くー、と言って腕にしがみついてきた。軽いな。まあいいか。そしてるみちゃんと朝まで

 あれあれ?

 また市民会館だった。どうやら寝て朝になるとここに戻ってしまうらしかった。これはもしや、無限ループというやつ?
「まなみ!」
「小手川くん。一緒に写真撮らない?」
「るみちゃん!」
「小手川くん久しぶりー」
 二人とも覚えていなかった。あんなに熱い夜を……いやそれはもうどうでもよかった。
 中学の頃、クラスの女子全員とやったと自慢して回っているやつがいた。たぶん嘘だろうと思っていても唇を噛みちぎりたくなるほど羨ましかった。それがいま実現になりそうだった。いや、さすがに全員はムリだ。でも朝から一人に狙いを定めて夜まで持っていけば案外いけるのではないかと思った。これぞ完璧な成人式マジック、いや、ミラクル。俺はいま世界で最高の新成人だ。成人式最高。もうずっと成人式でいい!!!





 俺はソファでうたた寝しながら、成人式のときのことを思い出していた。
 結局、ループは六回で終わった。六人女の子をお持ち帰りしたらさすがにもういけそうな子はいなくなったからだ。そして満足したらもう、成人式には戻れなくなっていた。
 あれが俺の人生最大のモテ期だった。もう二度とあんなことはできないんだろうな……そう思うといまは幸せなのに少しだけ寂しくもなる。
「小手川くん。今日はうどんよ」
「ああ、うまそうだな」
 三十歳になり、俺はまなみと結婚した。今日結婚式を終えたばかりの新婚初夜というやつである。ホテルで豪華なディナーなんかではなく普通にいつも通り家でうどんを食べている。昼間がフレンチで重かったから軽めでいいとは言ったが、なんとなく予想はしていたけどやっぱりうどんだった。いいけど。
「今日から晴れて夫婦なんだし、そろそろ名前で呼んでくれよ」
「そうね。ちょっとずつね」
 まなみは照れたように微笑んだ。
「そういえば、前から聞きたかったんだけど」
「ん? なに?」
「成人式の日、私とるみちゃんとさゆりちゃんとりなちゃんとえりかちゃんともえちゃんをお持ち帰りしたのにどうして選んだのが私だったの?」
「え」
 どうしてまなみがそのことを知っているんだ。
 冷や汗がだらだらと流れてうどんの中に落ちる。
「…………記憶にございません」
 俺は苦し紛れにそう言った。

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