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眠れない夜に


 私は今でも、夜空の星を見上げるのが好きだ。
 小3の夏休み、イベントで山岳キャンプに参加をした。
 山中の、1泊2日のテント拍。
 あの時に見たペルセウス座流星群を、今でも私は忘れない。
 そして、親に頼み込んで連れて行ってもらったものだ。
 金沢で、名古屋で、三鷹で、豊洲で、有名なプラネタリウムはほとんど見尽くした。
 でも違った。
 そして理解した。
 私の興味は宇宙に無い。
 夜空の星を、見上げるのが好きだ。

 ヘルメットを脱ぎ、ほうっ、と白い息を吐く。
 なにせ古いバイクで、パワーもないものだから辛い。
 こんな山道を登らされた後だ、エンジンがカチカチと鳴いてしまう。
 道中買ってきた缶コーヒーはとうに冷めている。
 鞄なんて持ち合わせていないから、ポケットに突っ込んできたのだ。
 運転中、何度落としそうになったことか。
 どうも自分の行き当たりばったりな性分に頬が緩む。
 当然、この冷えた夜に似合うはずがない。
 自分の詰めの甘さをよく解っていたなら、もっと上手く生きられるのだ。
 プルタブを起こし、空を見上げる。

 夜の空気は嫌いじゃない。
 固く、無機質的で、冷たい空気。
 小春日和などと言われる日中の空気とは真反対な、身がしまるようなこの空気は嫌いじゃない。

 あいにく、月は過ぎるほどに眩しいが、それでも星はみえるものだ。
 星の見つけ方は簡単だ。
 ひとつお気に入りの星座や星を覚えたら、あとはそれらとの位置関係を記憶すれば良い。
 拳の大きさと腕の長さは、人によって個人差はあれど、だいたい同じような比率で大きくなるため、天体観測では握りこぶし1個分が約10度などと言われる。
 水平に伸ばした腕から、握りこぶしを1つ、2つと積み上げていくと、8・9回程で頭上にくるというわけだ。
 まずはペテルギウス、そしてシリウス、すこし探してプロキオンを結ぶ。
 文字通り、星の数ほど存在しえる三角形の組み合わせの中で、一際大きな輝きを放つだけで、冬の、などという大層な前置詞が頂けるわけだ。
 どこになんの星があって、なんの星座である、などという雑学も、手のひらに収まる電子端末を翳すだけで無用となるのだから、さて勉学の意味とは何だったろうか。
 
 冷えたコーヒーも飲み終え、辺りを見渡す。
 この山道に自販機が無いことをよく解っていたから、道中で買ってきたのだ。
 当然、ゴミ箱なんてあるはずがない。
 どうも自分の行き当たりばったりな性分に頬が緩む。
 運転中に落ちるなよ、と願いを込める。
 ゴミ袋なんて持ち合わせていないから、ポケットに突っ込むしかないのだ。
 軽くスロットルを吹かしエンジンを温めていく。
 排ガス規制が厳しくなる前だ、マフラーから爆音と白煙が噴き出していく。
 なにせ古いバイクで、ブレーキの利きが甘いものだから怖い。
 ヘルメットを被り、すっ、と短く息を吸う。
 
 夜空の星を、見上げるのが好きだ。
 私は宇宙に興味は無いが。
 心が乱れ、不安で眠れない夜もある。
 そうだろう?
 卒業で、進学で、就職で、転勤で、心は常に不安で埋め尽くされている。
 それでも、ひとりで乗り越えていかなければいけないから。
 今日見た星空とともに、不安や恐怖もきっと私は忘れるだろう。
 帰路に就く、1時間のツーリング。
 3月の、冬夜の寒さが残る大三角の下。
 私は今でも、夜空の星を見上げるのが好きだ。

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