「なんで好きなんだろう」の正体は

「あいつよりいい男なんかいっぱいいるよ」
20時を回った頃。吉祥寺駅から徒歩3分の2階にある喫茶店の角の席にふたりで斜向かいに座って珈琲を飲んでいる。館林くんにこの台詞を言われたのはいったい何度目だろう。
「そうだよねえ」
わたしは彼の背後のガラスに施された金の模様を目でなぞりながら答える。
「あいつ、普通にかっこいいけど、いい男ではないよ」
館林くんの言いたいことはわかる。とても、わかる。"あいつ"は高身長でスタイルがよく、面白いことを言い、よく笑うし、流行りの塩顔で、家族を大切にしていて、でも女のコに関しては所謂女たらしだ。いつもたくさんの彼女候補がいるのだ。そして悪い意味で寂しがりやだった。確かにあいつはいいやつだったかもしれないけど、いい男、では、なかった。
「なんで好きだったんだろうなあ」
私が上方、天井と壁の境目に目線を移しながらつぶやくと、
「でもチカちゃん、そういう男がすきやん」
と館林くんが少し笑いながら言った。
そうかしら、わたしは"そういう"男がすきなのかしら。
「そうなのかなあ」
声に出ていた。

またね、と館林くんと別れたあと、わたしは『好きだった、しかしなぜ好きだったのかわからない思い出の中の男の子たち』を真っ暗な闇をくり抜いたような車窓に浮かび上がらせていた。

なんだか笑い出しそうなほど、だめな男ばかりだったような気がしておかしい。
思い浮かぶのは欠点さえも愛おしかった記憶たち。

だめなところも愛していたなあ。

いや、だめなところを愛していたのかもしれない。
ふとそう思った。
思えば、彼らの欠点は父や兄や初恋のあの人や一番長く付き合ったあの人や、ずっとずっと片思いしてたあの子と重なり更新されているような気もする。

近くにいた大切な存在の欠点。
無条件に愛している存在の欠点。
許せるわね。しかも許せるだけじゃない。
困っていたことを、悔しい思いをしたことを、悲しかったことを、わたしは彼らのそれを知っていた。
知っていたからこそ、わたしは助けたかった。救ってあげたかった。
大切なあの人を。ただその時は助けられなかった、救えなかった。
だから、今目の前で同じようにだめなこの人を、助けてあげたくなるのかもしれない。一緒に救われたいのかもしれない。

わたしが感じた愛は、いつの誰に向けられたものなのか、わからなくなる。

本物か、わからなくなる。

ただ、私の愛は繋がっている。
あの日のあたしと繋がっている。
後悔もいつか愛しさに変わるのかもしれない。

「なんで好きなんだろう」の正体は、救えなかった愛の面影。

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