そのままでいいじゃん。


〜毎日短編チャレンジ 9日目〜


俺は今、改札に挟まっている。

駅員に後ろからぐいぐいと押され、周りの野次馬からは笑い声も聞こえる。
消えたい。最悪。一生の恥だ。
「風太(ふうた)?!何やってんの?!」
追い討ちは幼なじみの楓の一言。
俺の名前は風太。
「え?あいつブータって呼ばれた??」
「やば、ぴったり」
「今ブータって聞こえなかった?」
「名前通りじゃん」
ざわつく野次馬…!!
駅員さんが呻きながら俺を押す。
4人がかり。
俺は体の真ん中に全身の力を込める。
細くなれ!!俺!!!!
ふんっ!と力を入れた瞬間、
横腹の肉が削げるような痛みと共に改札から雪崩れるように飛び出た。
駅員に謝りながら感謝すると、
「君は今度からあっち通ってね…」
半ば申し訳無さそうに、駅員室の隣の通路を指される。
「すいませんでした…」
この時、俺の心はパリーンって感じで割れた。
「風太…大丈夫?」
様子を見て歩み寄ってきた楓。
学校の時間もあるから、もう行ったかと思っていた。
言葉も出ずに、楓の前で立ち尽くす俺は、167センチ、95キロの巨大男。
高校に入ってからみるみる大きくなり、未だ成長中な気がする。
それに比べて楓は158センチくらいでガリガリだ。(つまり標準くらい)
今までは全然、個性位に思っていたが…。
今日のこれは堪えた。
周りに迷惑をかけるとなるとキツい。
デブでここまで恥をかいたのは初めてだ…。
「風太、元気出して」
楓が心配そうな顔をする。
その顔を見て、余計惨めになってきた。
というか元気って何だよ。
「ほっといてくれ…」
俺は楓から逃げ、ホームまでの階段を勢いよく降りていく。情けなさ過ぎる。
でも、何て言えば良いんだよ。
「ブータ!やっと抜けたか!」
この声は光輝(こうき)だ。
地元の不良集団め。
「お前、まじで最高だったわ!!」
と言いながら、仲間で大爆笑してやがる。
俺は階段で息が上がってきたのと怒りとで熱くなり、汗が噴き出てきた。
何か言い返してやりたいところではあるが、やはりどうにも言葉が出そうにない。
光輝達を無視してホームを歩き進めた。
「無視かよ!次は電車に挟まるなよ〜!」
光輝がそう言うと、周りが更に爆笑した。
自意識過剰ではなく本当に全然知らない人達もクスクス笑っている。
見えてる。聞こえてる。
散々馬鹿にしやがって!!!
くそうくそうくそう!!!
「おい」
気が付くと、かなり筋肉隆々のデカい男たちに囲まれていた。
一体どこから湧いて出たんだ。
俺の周りに5人いる。
全員俺より身長もあって、ガタイが良すぎる。
そして、さっき声を掛けてきた目の前の男が1番やばい。
オレンジ色の角刈り。
肩が俺の倍くらいある。
なのに腰はかなり細い。
オーラが怖すぎる。
オレンジ角刈りは俺の顔を覗き込み、こう言い放った。
「お前、その体で良いのか?」
オレンジ角刈りが、俺を上から睨み付ける。
なんなんだよ…なんでお前に言われなきゃなんないんだよ…。
「何か言え」
俺は口と目をぎゅっと押し込む。
言いたいのに、言えない。
何から言えば良いか分からない。
こんな自分、嫌に決まってる。
良い訳ないだろう!
「お前、口が付いてないのか?」
周りの奴らが茶々入れ始めた。
そしてさらに俺との距離が詰まってきて
ゴツゴツとした肉体が体に触れる。
頭が追いつかない。なんだ?リンチか?
「ちょっと!!そんなに大勢で何してんのよ!!」
楓の声が後ろから聞こえてきた。
「なんだてめぇ…」
俺の後ろに居た奴が楓に絡む。
「…風太を離してよ。あんた達なんなの?」
楓は強気に返すが、顔が怯えている。
ダメだ、どっかいけよ…。
なんで俺なんかに…!!
「お前、女に守られてんのか」
オレンジ角刈りが俺の肩を掴む。
「質問を変える。
お前、そのままで良いのか」
その目は、獲物を狙うかのような強い眼差しだった。
何もかも、己の弱さを見透かされている気がする。
俺の手は震えていた。
殴られんのか?なんなんだ今日は?厄日か?
怖い。怖いし惨めだ。辛い。逃げたい。
……もういい。最悪な日にしてやれ。
やってやれ。
さっき挟まってた時のことを思い出せ俺!
あれより最悪なことなんてない!
言ってやれ!!!
「嫌だよ!!嫌に決まってるだろ!
でもこんなのアメリカ行ったら痩せ型だし、
何が悪いんだよ!
今日は特に最悪だよ!
駅員さんに迷惑かかったし、野次馬には笑われ者だ。
最低最悪だ!
なのにこれ以上追い打ちを掛ける気かよ!
何が目的だよ!
金ならねぇーよ!!
関係ねーだろ!近寄んな!!」
言い切って咳き込み、その場に項垂れる。

最悪最悪最悪最悪…。
泣くな、泣いたらさらに最悪だ。
食いしばった歯から漏れる悲痛の声を、必死に押し殺す。
もう、ほっといてくれよ…。
そう思った瞬間、両肩を掴まれた。
「お前は変われる」
オレンジ角刈りの低い声が響く。
「俺たちと筋トレをしよう」





「は?」
……………やっっばい奴だ。
ぜんっぜん頭に入ってこないが、角刈りが細かく何か話している。
怖い。
本格的になんかおかしい勧誘?なのか?
てかまじで誰だよコイツ…。
オレンジの角刈り…絶妙にダサいし…。
「聞いてんのか!!」
その言葉と共に、頭突きが降ってきた。
辺りが白くチカチカ光る。
やば…痛すぎ…。
頭がクラクラする。
オレンジ色が…見える…。
カメラのフォーカスが合うかのように、角刈りの顔がハッキリと見えてきた。
死ぬ直前に、こんな顔は見たくない。
必死に正気を保とうとする。
「決まったからにはすぐに来い!
ここだ。お前はとりあえず無料だ。
放課後、絶対来い!
来なかったらこれは返さん」
角刈りは俺の生徒手帳を持って見せる。
「え?!あ、え!?いつの間に?!」
「必ず来いよー!!!」
角刈り含む、周りの奴らも煙のように消えた。
オレンジ色のマッチョシルエットが大きく書いてある名刺だけを残して。
『筋トレこそ正義』と書いてある下に、住所と電話番号が書いてあった。
「………何?今の?」
楓の眉が八の字に垂れ下がっている。
「…わかんない」
俺も多分、垂れ下がっている。


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