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結婚生活における避けがたい役柄

結婚して家庭に入ると役柄が増えて、子供を持つとさらに自分を取り巻く人間関係は増す。私(筆者)でいうところの、いままで「母の息子」や「本家の長男」くらいだったものが、自分の世帯を持つことで「妻の配偶者」になり、「子の親」になる。同居する実母がいることで「嫁姑の間の私」が顕著になって、役柄によっての役割をある程度見計らってきちんと生活しておかないと、家庭内のバランス計に黄色信号が灯りかねません。

たとえば、私の妻の役柄について書き出してみます。

・私にとっての「妻」
・息子にとっての「母親」
・私の母にとっての「◯◯家/息子の嫁」
・ママ友などにとっての「息子ちゃんのママ」
・義理の父母にとっての「娘」
・義理の弟妹にとっての「姉」
・職場における「○○さん」

我が家においてもっとも日々快適に過ごしてもらわなくてならない相手は、疑いもなく妻です。母と同居してくれていること、息子を産んでくれたことにまずとても感謝しているし、損得感情とか平等/不平等とか打算的なこと抜きに、家庭内で私ができることはできるときにやらなくてはなりません。料理や皿洗いだったり子供の面倒だったりその他いろいろ名前をもたない家事にだって注意を払い、センサーの感度を高めにして自分が率先してこまめに動く。

「嫁」である彼女を守ってあげなければならないし、家庭で同居する母との関係を「母+私:妻=2:1」の割合に決っしてしてはならないし、「母親」である彼女を支えていかなくてはなりません。そういうことの覚悟と決断の一端に、結婚というものはあると思います。

世間的には相手の親と同居する数は私が子供の頃に経験した値より格段に少なくなっていると思います。肌感覚ではありますが、当時が2軒に1軒の割合だとすれば、いまは20軒に1軒くらいではないでしょうか(そうなのかな?)。私は田舎住まいなのでそんな感じですが、都市部ではもっと少ない値であることは想像に難くありません。

そうした同居の有無にかかわらず、結婚生活をはじめたことで生じる環境の変化や変更、役柄が増えたことにたいしての目に見えない負担を軽視してしまうと、その後の代償がきつくなります。

お互いに言えることですが、べつにいまの結婚生活が嫌だったら別れてしまったっていい。少なくとも私のほうはそれほど依存心は強くないし、仕事(職場)にしても結婚にしても無理にしがみつく必要はありません。

とはいえ、自分が一度やろうと決めたことをいとも簡単にあっさりと「やーめた」としていたらそれはそれで何がおかしくなりそうなので一生懸命まっとうしようと努めているだけのことのように思います。

たとえば、私のなかでもっとも強く意識している、いや、せざるを得ない役柄は「息子の父親」の部分です。もう少し正確に言うと、「息子の保護監督者」である自分です。

現在、3歳になる我が家の一人息子は、民法上の責任を求められる18歳までなのか大学を卒業するまでなのかはわかりませんが、私たち夫婦が責任を持って育て上げなくてはなりません。そうした文言から発せられるほどの重責とは感じていませんが、とにかく家庭と同様に子供は守らなくてはなりませんし、身体的にも精神的にも健康的に育ててあげなくてはなりません。

子育ては楽しいか?
んー。正直、答えに窮します。はい、楽しいです、と素直に言えない。
子育ては尊いか?
はい、そう思います、とこちらは迷わず言える。子供は可愛い。そして面白い。

ではなんで「楽しい」と素直に言えないかというと、子育ては大人側の思いどおりにならないから。それを覚悟して(そして諦めて)受け入れなくてはならない場面が多々あるから。

経験のある方には説明ご無用ですが、3歳になりたての月齢と言えば、とにかく自分一人でやりたい時期です。言葉は理解しているようで自分に都合の悪いことには耳を貸さない、場の空気を読めなそうでもないのに読まない、要領良くとか効率良くとか知ったこっちゃない、自分の目のまえの物をじっと眺めているか触るか舐めるか投げるか、とにかく自分で確かめて血肉にしようとするその清浄無垢さに、こちらは驚くか呆れるかイライラするかため息をつくか、そして最後には諦める。

でもまだ良いんです、ここまでは。
私がもっともしんどいなと感じる瞬間は、10分か15分かほんの些細な時間で済むはずの自分のやりたいことをいまそのときにできないこと。仮に妻が息子を見ていてくれたにしても、家庭のなかだと息子から私が何をしているのか見えるので(または聞こえるので)パパ何してるの?ボクもやる、それ貸して、となる。道具を使う趣味というか作業が多いのでまったく先へ進めない。日中の明るい時間帯にしかできないので、まったくもう、と最近はよく深呼吸して自分の気持ちをなだめるしかない。

もちろん誰にも当たれない。
少しくらい甘やかすのはいいかもしれない。
でも自分の機嫌は自分で取らなくちゃいけない。

そうやっていつしか「私にとっての妻」であった奥さんにたいする意識は「子育てパートナー」に取って代わっているし、それが良いのか悪いのかまだわからないけれど、少なくとも私が彼女に求めている一番の役柄ではないかと、ここ最近とくに思う。

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