眠り薬
約一時間後に飲んだ二錠目の睡眠薬がそろそろ効いてきて、頭の働きがやや鈍重に感じるようになった。ほんの少しだけ、歩くのが難しいし、あまり複雑に物事を考えられなくなっている。飼い猫のヤーは、さっきから部屋の照明と自らの小さな身体からできた影が気になるようで、それを捕まえようと必死になっている。
ダブルのベッドにはすでに妻が横たわっていて、睡眠を続けている。僕は彼女の隣に、身を縮めるように自らの身体を再び収納した。寝室には妻の希望で間接照明が暖色の光を放っているが、僕は、眠る時は真っ暗の方が寝付きやすいので、妻はもう眠っていることだし、それを消したいと今思ったのだが、すでにベットの上に横たわり、冬用の分厚い毛布の中に胸から下を入れているため、わざわざベッドから降りてその行為をするのが果てしなく億劫で、それを諦めた。
眠剤の効果は、緩やかに、しかし止む事なく作用の度合いを高め続ける。複雑なことが考えられなくなるだけでなく、単純なことすら、考えるために平常時よりもっと長い時間を必要とする。
やはり、二錠服用することで得られる威力は高い。これはプラシーボ効果なのかもしれないが、三十分も経たずに、眠くなってきた。いや、厳密に言えば眠いのはおよそ三時間半前から変わらないのだが、僕は眠いのに眠れないのである。それは、妻が点けた間接照明のせいではないし、降り続ける雨の音のせいでもない。主治医に相談した結果、それは脳が過緊張に陥っているせいだと説明された。過緊張の原因の一つに、疲労が挙げられることだけは覚えているが、他の情報は忘れた。
雨音が美しい……。
飼い猫のヤーは、獲物を追いかけることに飽きたのか、ベッドの下に移動して横たわったようだ。ヤーのいびきが、そこから聞こえる。
精神が、弱火のホットプレートに乗せたバターのように、とろとろに溶けて広がってゆくイメージ。まだ肉も野菜も入れていない状態。
言葉なのか、言葉じゃないのかも判別できない思考や思念。そういうものが、短いGIF動画のように反復されてきた。今夜、それは、実写の映像やアニメーションというより、ややサイケデリックな幾何学模様のフィーリングだ。
そして、その動画の解像度は徐々に低下してゆく。
クオリティも下がってゆく。
なくなってゆく。
自我を失う。
忘れる。
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