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溝口健二「西鶴一代女('52新東宝/児井プロ)」

日本映画巨匠中の巨匠・溝口健二監督の勝負作「西鶴一代女」であります。江戸の文豪・井原西鶴の「好色一代女」を原作に、溝口健二が構想を練り依田義賢が脚色しました。

戦後の溝口は長くスランプに陥っていましたが、それは主演の田中絹代も同じでした。敗戦を機に、それまで作っていた自分の作品・演技に疑問を抱いていたのです。

その2年前に黒澤明がヴェネツィア映画祭で金獅子賞を受賞したことがきっかけになり、後輩監督である黒澤に負けるわけにはいかないと溝口は発奮、田中絹代も一世一代の演技をこの作品にぶつけました。結果として「西鶴一代女」は溝口・田中双方にとっての最高傑作となり、2人ともスランプ脱出に成功します。

高貴な身分に生まれた美しい娘お春(田中絹代)が、数奇な運命に弄ばれ、様々な人生遍歴を重ねながら、最後は物乞いから夜鷹(街娼)に転落していく様を冷徹に描きます。

田中は既に1948年に溝口健二、小津安二郎の映画でそれぞれ売春婦を演じていますが、両巨匠の、戦後の民主主義時代の創作に迷った形跡を見ることができる作品です。

今回溝口は、戦後混乱期の事象を離れて、江戸時代の封建社会の中で転落していく女性の姿を通して普遍的な人間の業を描こうとしたのです。溝口健二の演技指導は熾烈を極め、もはや「虐め」に近いものでしたが、既に大スターだった田中は不平一つ言わずに耐え、それが虐げられるお春の演技に直結した凄まじい熱演となりました。

牛車で御所に通う高貴なお春が、以前からお春に想いを寄せていた公卿の若党(三船敏郎)に宿に連れ込まれたところを役人に見つかってしまいます。三船は斬首の刑に、お春は一家ともども洛外追放処分を受けます。

ここからの怒涛の転落劇は見ものです。洛外で息を潜めながら生きていたお春でしたが、世継ぎの無い主君の側室を探していた松平の家臣に見初められ、輿入れすることになります。そして主君との間に一子をもうけるのでしたが、正妻の妬みにあい、用済みとばかりに実家に戻されます。

実家はいよいよ困窮しており、お春は島原の遊廓に入って太夫に登り詰めますが、身請けを申し出てきたお大尽は実は贋金造りで役人に御用となり……と、ほぼ15分ごとにアップダウンを繰り返し、最後は夜鷹に落ちぶれるお春の人生は、これぞ元祖ジェットコースタームービーと言っても過言ではありません。

クライマックスは物乞いから夜鷹となったお春を買った男が、彼女を抱こうとせず、若衆が集まる場所に彼女を連れて行って、「よく見ろ。人間が堕ちる姿を」と彼女を教訓のための見世物にするのです。見るなら見ろ、と「化け猫」の演技をする田中絹代。戦前のアイドル女優からトップスターとなった彼女にこういう演技をさせる残酷さ。それに応える田中も凄いです。

溝口健二のワンシーンワンカットはこの映画でも健在で、長回しによるカメラで人間の「業」を残酷に見つめるさまは、フランスのヌーヴェルヴァーグに影響を与えました。

映画はヴェネツィア映画祭で国際賞を受賞し、ここから溝口健二の晩年の快進撃が始まるのです。

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↑プライム・ビデオ「西鶴一代女」

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