短編シナリオ・I see U

◯病院内。
◯ICUの個室。
◯管をたくさん付けた重病患者の田中マサル(65)がベッドに横になっている。
◯そこへ看護師の仲島ミチコ(25)が様子を見にくる。

ミチコ「失礼します〜…」

◯マサルはぐっすり眠っている様子。

ミチコ「寝てます、ね。……採尿バッグ取り替えちゃいますね〜」

◯ミチコ、採尿バッグを取り替えようとお尻を突き出す体勢になる。
◯寝ているはずのマサルの手が伸びてお尻を触る。

ミチコ「ぎゃああ!」

◯マサル、ニタッと笑っている。

マサル「びっくりした?」
ミチコ「田中さん起きてたんですか?!」
マサル「ドッキリ大成功〜」
ミチコ「いい加減にしてください!あんまりセクハラすると看護師長に言いつけますよ!」
マサル「勘弁してくれよ〜。あの師長さんだけはおっかないんだよ〜」
ミチコ「何度も言ってるでしょ!2度と私に触らないでください」
マサル「なんだよ、つまんねえな〜。年寄りの楽しみを奪わんでくれよ〜」
ミチコ「そんなの知りません。はい。採尿バッグ取り替えたので行きますね」
マサル「もう行っちゃうの?もう少しいてくれない?」
ミチコ「ダメです。ちゃんとゆっくり休んでください」
マサル「仲島さん、俺は寂しいよ。こんな殺風景な部屋にずっと一人でさ」
ミチコ「…気持ちはわかります。でもお薬も効いてるし、もう少しだけここで頑張りましょ?」
マサル「…あーあ。俺はこんなに元気なのになー」

◯ミチコ、ベッドの脇に置いてあるペンと画用紙に目を止める。
◯そこには綺麗な女性の絵が描いてある。

ミチコ「上手な絵ですね。自分で描いたんですか?」
マサル「まあね。あんまり若い看護師さん達が相手してくれないから自分で綺麗な人を描いたんだよ。絵はいいよ〜。ずっと側にいてくれるからね」
ミチコ「へえー。いい趣味じゃないですか。この女の人のモデル誰ですか?」
マサル「そんなのいないよ。俺ぐらいになると妄想力だけで書けるんだ」
ミチコ「ふーん。私、この絵気に入っちゃいました」
マサル「あそう。ならあげるよ、それ」
ミチコ「え、いいんですか?」
マサル「いいのいいの。絵なんていくらでも描けるんだからもらってよ」
ミチコ「じゃあ、頂きます。他の看護師達に自慢しちゃお」
マサル「人気が出たら困っちゃうなぁ。1枚描く毎に1回お尻触らせてもらおうか」
ミチコ「こら。だめですよ」

◯所変わって看護師ルーム
◯ミチコの元へ看護師長・奥山ヨシエ(45)がやって来る。

師長「仲島さん。次来る患者さんの資料だから確認しといてね」
ミチコ「あ、はい。わかりました」
師長「あと幸田さんの部屋と向山さんの部屋の掃除お願い出来るかしら」
ミチコ「あの、私これから日向さんと遠藤さんの注射打ちに行かないと行けないんですけど」
師長「じゃあその後にやってくれる?急げば出来ないことないよね?」
ミチコ「…はい」
師長「頼むわね。皆忙しいんだから」

◯師長、去る。

ミチコ「あーあ。師長ったらムカつく。私だって暇じゃないっての」

◯マサルの部屋のナースコールが鳴っているのに気付く。

ミチコ「田中さんの部屋だ。どうしたのかしら」

◯ミチコがマサルの部屋に行くと、マサルが苦しそうに泡を吹いている。

ミチコ「!!田中さん!田中さん、しっかりしてください!203号室の田中さんが緊急です。至急応援頼みます!」

◯マサル、苦しそうに言葉を発している。

ミチコ「え?何ですか?!」
マサル「…ヨシエちゃん。…ヨシエちゃん」

◯そこへ、師長がやってくる。

ミチコ「師長」
師長「田中さん、しっかりしてください。もうすぐ先生が来ますからね」
ミチコ「私、準備してきます」

◯マサル、師長の手を握る。
◯時は変わって、医者と師長とミチコとマサルさんの家族が立っている。

医師「21時20分。御臨終です」

◯所変わって、看護師ルーム。
◯ミチコが座って仕事をしている。そこへ師長がやってくる。

師長「仲島さん、田中さんの次に来る人の準備は」
ミチコ「もう終わりました」
師長「そう。ありがとう」

◯師長、ミチコの机に置いてある絵に目を止める。

師長「…仲島さん。この絵はどうしたの?」
ミチコ「あ、それは田中さんがこの前描いたもので、私が気に入ったからもらったんです」
師長「…そう」
ミチコ「…え、それが何か?」
師長「…ねえ、仲島さん。変なお願いだけど、この絵私にくれない?」
ミチコ「え?…あ、はい。いいですけど」

◯時が過ぎて深夜。病院の屋上で缶コーヒーを片手に景色を眺めている師長。
◯目には涙が滲んでいる。

◯回想シーン。
◯若き日の師長・奥山ヨシエが椅子に座り、田中マサルがそれをデッサンしている。
◯真剣な表情の田中と、そんな田中を見つめるヨシエ。
◯その後、昼下がりの晴れた日。公園の池沿いを歩く二人。
◯ベンチに腰掛けている2人。ヨシエ、マサルの横顔を覗く。マサルと目が合う。
◯ヨシエの肩に手を置くマサル。
◯マサルの肩にもたれかかるヨシエ。
◯空港。スーツカバンを持って搭乗口に向かうマサル。友人達と別れを交わしている。周りを見渡すもヨシエの姿はない。少し残念そうにエスカレーターを降りていく。
◯ヨシエ、走ってやってくる。エスカレーターで降っていくマサルに呼びかける。
◯マサル、姿が見えなくなる寸前で振り返る。
◯回想終わり。

◯後日。廊下をすれ違うミチコと師長。

師長「あ、そうだ。仲島さん、あなた幸田さんの部屋のシーツ替えまだやってないよね?後でやっといて頂戴ね」
ミチコ「あ、はい。わかりました」
師長「?…なに?」
ミチコ「…いや、あの、そいえば師長の名前もヨシエですよね」
師長「それがどうしたの?」
ミチコ「あ、いえ。何でもないです」
師長「変な人ね。あなたも私も暇じゃないでしょ。しっかり頼むわよ」
ミチコ「あ、はい」

◯師長、去る。
◯ミチコ、師長の背中を眺めている。

ミチコ「……気のせいかな。あーあ、仕事仕事」

◯所変わって師長がデスクの前に座っている。
◯絵を眺めている。
◯絵の中の奥山ヨシエは幸せそうにニッコリ微笑んでいる。
◯ヨシエは深呼吸をした後、キリッと顔を引き締める。
◯デスクの引き出しに絵を仕舞う。
◯そして、いつものように仕事に戻って行った。

《完》

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