マタタビの小説(2)


前回の続編です。

こんにちは。今日は時間があるので、続きを書きます。
最終的には繋げる形にするのですが、とりあえず公開できるところまでを。
展開を妄想しながらお楽しみください。



榊原 志保(さかきばら しほ)

 拓望は彼女の名前を見て、すべてを思い出した。まだ研修医だった時に受け持ちとなった患者に、この名前があったのだ。ただしそれは彼女の父親だった。面談の際に中学生の娘がいたことも覚えていたが、まさに目の前に立っているのが彼女だった。

「たしか、榊原さんの…娘さんですか?」

『はい、よく覚えていらっしゃいますね。さすが先生です。あの時は、父が大変お世話になりました。母も私も取り乱してしまい、その節は大変失礼いたしました。父の死を迎えてから、しばらく生活は大変でした。でもなんとか頑張って、今の私なんです。看護師という職業を選んだのも、父のことが影響しているのかもしれません。でも今は大変な仕事だけど、楽しんでできています。』

 無理もない、彼女の父親は面会に来ていた2人の目の前で多量に血を吐き、そのまま死を迎えたからだ。普段なら救えたはずの命であったが、AB型Rh(-)の血液型が災いとなってしまった。前日に食道静脈瘤硬化療法を実施し成功した矢先の出来事であった。拓望は研修医であり治療には立ち会っていなかったが、担当医としての重圧は計り知れないものであった。救命できなかったという無力感は、時として家族からの冷たい視線を感じることに敏感になってしまうからだ。たとえ彼に非はなかったとしても、である。
 しかし、実際は違っていたのだ。目の前の彼女が、呼び止めて笑顔で自分に話しかけている。なにか運命的な出会いであるかのように拓望は感じてしまった。

「あの時はお父さんを助けてあげられなくて、申し訳なかった…」

『いえ、父も好きなだけお酒を飲めた人生でしたから。母が止めればよかっただけなのに。ほら、母は人目を気にせず号泣してたでしょ?そういう事なんです。母は父のことが大好きだったから。私も悲しかったけど、見送りの時に先生にかけてもらった言葉が、今もずっと心の中に残っているんです。なんか救われた気がしました。』

 志保のこの言葉を聞いて、拓望はハッした。覚えていたのだ。その時の言葉を。

……この度は大変お悔やみ申し上げます。お力になれず大変申し訳ありませんでした。これからしばらく、葬儀など忙しい日々になります。家族を亡くされた悲しみも続きます。ですが、皆さんが体を崩されては、お父さんもきっと悲しまれます。つらいとは思いますが、気持ちだけはしっかりとお持ちになってくださいね……

 いわゆる常套文句でもある見送りの際の言葉。指導医の見送りに立ち会いながら、拓望は自分なりの文句を考えていた。それを伝えた最初の家族でもあったからだ。志保は悲しい中でも、ちゃんと拓望の言葉を聞いていたのだった。

「そうだったんですね。でも今は立派になられて、こうやって声を掛けてくれるなんて。」

それを聞いた志保は、静かに微笑んでいた。精一杯の感謝の気持ちを、彼女なりに伝えることができた安堵の気持ちもその笑みには含まれていたのであろう。

 その日は、その会話をして別れることになった。
これまで、開業医として地域医療に貢献してきた。自分にも合っているスタイルだと感じていた。生活に困らなければ、収入は気にならないのが彼の性格そのものであったのかもしれない。

 だが、志保との出会いを経て、拓望の中で何かが変わりつつあった。彼女の父親が残念な結果を迎えたとしても、こうやって感謝されることもあることを知った。今の仕事でも感謝されることはあるが、このような感覚は決して生まれてくることはなかった。
 そのまま愛車で家に着くと、缶ビールを飲みながらその日はそのまま眠ってしまった。


真中 豊(まなか ゆたか)

 真中は東京の病院に勤務する中堅医師である。人望も厚く、周囲から人が途絶えることはなかった。同性にも異性にも。
 彼も新型感染症についての国や医師会の対応については疑義を持つ1人であったが、大都会の東京においては、少数派とならざるを得なかった。このため、真中はSNSを通じて自身の見解の発信を行っていた。当初は嫌がらせを受けることもあったが、次第にフォロワーを増やし、いつしかその界隈では有名になりつつある存在であった。文面や話し方にユーモアのセンスを持っていることも、彼の強みのひとつでもあった。

 しかし、ある時彼に転機が訪れた。感染症診療に対する病院の取り組みがうまくいかず、経営が大きく傾く問題が生じた。理事長は半ば病院を投げ捨てるように出ていってしまった。いわゆる責任逃れである。このため、多量のスタッフが離職することとなった。彼は診療部門のトップになることとなった。自らが建て直さないといけない。しかしこのご時世に人員を集めることは容易ではない。いざとなれば、自分がこの病院を辞めてしまえばいいことであるにも関わらず。

 そう、彼には野心があった。新型感染症に対する、新しい理念を掲げた病院を作り上げたかったのだ。長年自分が訴えてきたことが、ついに実現するチャンスを得たのも事実であった。彼の中に、大きな希望の炎が灯された瞬間であった。しかし現実の問題がすぐに立ちはだかる。明らかな人員不足である。何をするにしても、マンパワーは必要不可欠であることをよくわかっているからだ。

 しかし彼には秘策があった。SNSでの情報発信と人材確保である。これまでの活動を認めてくれ、賛同してくれる人も増えていたし、きっと力になってくれる人もいるだろうと。

 まずは情報の発信から始めたが、すぐには返信は来なかった。そこで、プロフィールをひとつひとつ確認してみると、意外にも同じ医療職のフォロワーが多いことに気がついた。そこで真中は、絞り込んだフォロワーに順番に直接メッセージを送ることにした。少しでも可能性があればと期待しつつ。


 そのメッセージが、麗良に届いたのは、しばらくしてのことだった。



今日はここまでとします。人物も増えていきます。
これから、点と点が繋がっていきますよ。(笑)

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