マタタビの小説(3)

こんにちは。続けて続編をお送りします。
少しずつ人間関係が繋がってきますよ。(笑)
では、前置きはこれくらいにして、早速。


ハンティング


 麗良のスマホにSNSから複数のDMが届いていた。いずれも交流しているアカウントであり、いつものように確認していた。仲の良いフォロワーからのオフ会の誘い、あるいは男性のアカウントから電話番号を送られてきたり、求められたりはよくあった。オフ会も興味が無いわけでもないが、SNSで自らのプライベートを晒すことに抵抗を持っていたため返信はしなかった。あくまでも彼女はSNS上では「演じて」いたのだ。自分の本音を語ることも敢えて我慢して。いくら相手が生身の人間とは言え、本音で語ることについては、彼女は未だためらっていたのだ。しかし彼女は、「演じる」ことが自分にとってのストレスになっていることにまだ気づいていなかった。
 いつものメッセージの確認をしていると、見覚えのあるアカウントからのメッセージに気づいた。それは、真中のアカウントからのものであった。当然、アカウント名は本名と異なる設定のため、互いに面識は無い状況ではあった。

『こんにちは。突然のメッセージ失礼致します。相互フォローのあなたに連絡させていただきました。プロフィールや投稿内容を見る限り、医療関係者でいらっしゃいますね。看護師かな?
 今回は、そんなあなたに仕事の誘いをさせてください。率直に、私の勤務する病院で一緒に働いていただけないでしょうか。とある事情で、まとまった数の職員が辞めることになりましてね。大変困った状況にあるんですが、もしよければあなたの力を貸していただきたくて連絡致しました。宜しければ詳細を伝えますので、返信いただけないでしょうか。』

 麗良も知っている有名アカウントからの、いわゆるヘッド・ハンティングであった。突然の内容に、麗良は当然困惑した。

「どうして私なんかに、急に…?」

そう思うのも無理はない。直接面識も無い相手から、仕事に誘われたから。当然その時は真中に返信はしなかった。だが既読にはなっていたため、真中にもそれは伝わっていた。

 麗良はスマホを置いて、ソファに座ると、そのまましばらく眠ってしまった。目が覚めると、外は既に暗くなっていた。

 その週末、麗良は真中のSNSの記事を探した。見覚えのあるものも、そうでないものも。分かったことは、現在の新型感染症に対して、自分と同じ見解であるということだった。過剰な感染対策は行っておらず、職員も楽しく交流しているような記事も見受けられた。今、自分が置かれている職場の環境とは、まったく正反対である。この数年間、自分が頑張ってきたことは何だったんだろうと、ただ茫然としながら真中の投稿を読み進めた。次第に、真中の病院の環境が、羨ましくも思えてくるようになった。

 ただ、麗良にはちょっとした自負があった。今勤務している病院は、国内でも数少ない国際病院であり、知名度は群を抜いていたのである。ちょっとした彼女のステータスを示すものでもあった。その病院には国内外から受診者が訪れるため、当然のことながら他言語での対応が求められる。通常そのような環境は多くの職員にとって敬遠されがちなものであったが、麗良にとってはむしろ好都合だった。海外旅行が好きだった彼女は、日常の生活や、業務における英語を日々独学で学んでいた。我流ではあったが、職場の環境でより多くのネイティブスピーカーに接することが増えたため、自然と会話ができるようになってきていたのだ。
 職場の同僚もそれを良く理解していたため、英語圏の受診者は決まって麗良が応対することに、なってしまっていた。これについては麗良も当然悪い気はしていなかった。

 しかし、今の職場での業務は過酷であること、職員とのコミュニケーションがほとんど取れない状況であることからも、肉体的・精神的ストレスは相当なものであった。麗良自身がそれに気づいていた。今の職場に異動になってから、明らかに体重が減少しているからであった。もともと華奢な体型でもあるため、麗良は不安だった。
 食べるときは人一倍食べるし、間食もよくする方だった。日々の食事には健康を意識して料理はしていたが、外食も普通にすれば、飲酒もしていた。
ただ数年前と違うのは、団体での飲食が明らかに少なくなっていたことだった。職場からの自粛要請も厳しく、どことなく楽しめていなかったのであろう。
 良からぬ病気ではないかと、いろいろな診療科を受診したが、体重の減少を説明し得る異常は認められなかった。異常なしという結果が、実際には麗良を更に苦しめるものであったのも、事実であった。

「もしかしたら、職場環境を変えれば体も元に戻るのかな…」

麗良はそう考えるようになった。真中のアカウントにメッセージを送ることを考えるようになっていた。しかし自分の考えをまとめることも出来ず、その日は送信できなかった。


拓望とSNS


 拓望は開業医として変わらない日々を過ごしていた。バイトを始めてもう1年が経過しようとしていた。愛車は相変わらず不調が続き、修理に出すことも多くなってきた。むしろ、修理で自宅を離れることが多くなってしまった。潮時だなと思いつつも、次に購入する車は、十分に手が届くくらいの貯金ができていた。
 彼は、物欲の乏しい人間であるため、これを機にバイトをやめようと思っていた。目的は達成されたからだ。少しでもゆっくりしたいことを望んで今のスタイルを選んだわけだし、そうでありたいと思っていることは変わらなかった。

 バイトの最終日を迎えた。



今回はここまでとします。次回もお楽しみに。


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