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もっとがんばりましょう

50にして天命を知る
人生折り返しを過ぎて
自分は何を目指すのか 
薄暮の向こうには何があるのか
考えるとき
なぜか幼少のころを思い出す 

何をしても
飲み込みが悪く
“要領が悪い“自分

小学校に入学したぼくは
学年一“未成熟“だったと思う

何しろ自分の名前が書けない
制服のボタンをかけることさえ
ままならない

毎週月曜日には
全校朝会という小学生、教諭が
一同に会して、
校長先生の“ありがたいお話“を
聴いたり、展覧会や運動競技会の表彰に
拍手をしたりする
朝からウンザリするセレモニーがあった

校長先生の話は長過ぎて
頭に入ってこないし
運動が得意な生徒の
競技会での受賞や、
絵や作文が得意な子は
表彰の常連で
そのどれもに縁のない自分には
退屈で、ちょっぴり惨めな気持ちを
噛み締める憂うつな時間だった

寒い朝、校長の話があまりに長かったからか
列の一番前で尿意をもよおし
堪えきれず、漏らしてしまった
担任の先生が慌てて教室に連れて行ってくれ
常備してあったのか、パンツに着替えさせて
くれた

教室に向かうぼくの背中に
クラスメイトたちの笑い声が追いかけてきて
続いてはじまる授業には
消え入りたい思いでつらかった

この問題が出来る人!

黒板に並べられたマグネット仕込みの
りんごとみかんを先生が動かしながら
呼びかける

りんごとみかんがあります
りんごは5つ、みかんは3つ
合わせていくつでしょう

何を言っているのかわからない

りんごとみかんを合わせる
ってどういうこと❓
いくつって何❓

授業は続く

タロウくんはみかんをひとつ食べました
みかんとりんごはいくつになったでしょうか?

はい、前に出て来て
りんごとみかんがどうなったか
教えてください

何がなんだかわからなくなっている
ところへ
あろうことか、先生がぼくを呼んだ

はい、りんごはいくつで
みかんはいくつになりましたか?

何をどうしたらいいのか
黒板に貼られた、りんごとみかんの
マグネットを眺めて
頭が真っ白になっていた
固まっているうちに
次に呼ばれたクラスメイトの女の子が
淀みなく答えるのを眺めていた

“終わりの会“には
その日の取り組みに対する
先生のコメントが書かれた
プリントが配られる

がんばったこと
よくできたこと

さちこさんは本読みがとてもはっきり
読めていました
この調子でがんばってください

こうじくんは
きゅうしょくをたくさんおかわり
できました
体育もがんばっていましたね

クラスメイトたちのプリントには
はなまるが描かれ
サクラをかたどったピンク色のハンコは
“よくできました💮“とあった

配られたプリントに目を落とす

あなたは人よりもじかんが
ひつようだとせんせいはおもいます
せんせいといっしょにがんばりましょう

ハンコは水色で
亀がかたどられ、もっとがんばりましょう
とあった

今朝の失敗の数々が思い起こされ
こども心に、今後への不安や
みにくいアヒルの子になったような
どん底に惨めな気分を味わっていた

小学校という場所では
評価されるのは
“素“の能力に依存していたように
思うし、第二次ベビーブーム世代では
今のように、個人を大切にするという
発想は社会にも教育現場にもなかった
ように思う

小学一年生という
学校生活のはじまりに
早々とつまずき、6歳にして
挫折を味わったのは
大袈裟ではなかった

人並みをずっとずっと羨み
不器用な自分がずっと嫌いで
自分と折り合いをつけるしかないと
腹を括ったのはまだ最近だ

今ならわかる
今ごろになって思い知る
担任の教諭がプリントに書いた
メッセージと
“もっとがんばりましょう“
の意味

先生は当時40代
ベテランになり引き受けた生徒に
自分は試されている

先生にとって
ぼくは難物だったろう
小学一年にして
3、4歳時程度の発達段階の子を
預かった

放課後の教室で
先生はしばしば
勉強についていけないぼくを
心配してか
居残りの授業をマンツーマンで
してくれた

夕闇迫る教室で
下校を促す“わかれのうた“が流れる中
先生は問わず語りでつぶやいた

先生はあなたと二人三脚でがんばる
きみも先生といっしょにがんばってほしい

もっとがんばりましょう

それは先生の覚悟と愛だった
厳しく、涙もろく
ひたすら熱い熱い情熱の人

今もぼくの胸のうちを照らして
くれている

薄暮の向こうで先生は
目尻をくしゃくしゃにして
涙目で笑っている気がする

先生、ぼくもずいぶん
涙もろくなりました
出来の悪い子ほどかわいいと
言いますが
ぼくほど手を焼く子は
いなかったんじゃないですか

別れの歌を聴くと
先生が九九の特訓をつけてくれた
情景がありありと浮かぶ

厳しく優しく
先生には人生のはじまりに
贈りものをもらっていた

ありがとう先生
また逢う日まで
もっとがんばりますよ

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