3.日光東照宮〜神様なんて知らない〜

 石鳥居に戻った私は、石鳥居を直線に進み、東照宮表門を通過した。入るとすぐに「見猿聞か猿言わ猿」の神厩舎(しんきゅうしゃ)がありそこでツアーガイドの人が説明をしていたのでしれっとツアー客に混じってみた。神厩舎とは馬小屋であり、古くから馬を守るのは猿の役目なので猿が彫刻されたそうだ。
 それにしても彫刻の猿は全然可愛らしさがなく、むしろ目の辺りが不気味だ。ましてや日本猿なのに異様に手の長い猿なんかもいて、気色が悪いのであった。
 ツアーガイドは事務的に次の説明へと移った。神厩舎の向かいには三神庫(さんじんこ)があり、象の彫刻が施されている。この象の彫刻は想像によって彫られたそうだ。
 これはみんな思うことであろうが、私も言いたい。絶対に嘘である。

 ツアー客とはお別れし、先ほど私の心を打った五重塔の表側を眺めていると、警備員が本殿参観の時間があと2分であると声を張り上げていた。
 急いで本殿参観のチケットを購入しようと受付に出向いたところ、受付の巫女さんが英語で話しかけてきた。おそらく、韓国人か中国人に間違えたのであろう。私がここで日本語で返すと彼女の気を害すだけでなく、彼女が裏で家康に怒られる可能性も鑑みて「プリーズ ワン チケット」と伝えた。
 

 無事、異国人としてチケットを入手できたので階段を登り仁王像(におうぞう)のいる陽明門(ようめいもん)を通ろうとした時、またもや英語で話しかけられ、振り向くとスーツ姿のおそらく日本人であろう男性が写真を撮って欲しいとせっつかんで来た。
 めんどくさい、なぜ日本人のお前の写真を客人である中国人か韓国人の私が撮らなくてはならないのかとも思ったが、ここで不親切にすると後々、神様の目に触れても困るので、仕方なく快諾した。
 スーツ男は仁王像前に立つと自らも憤怒の表情でポージングを始めた。何だかスーツ男がかわいそうになったので急いで写真を一枚撮り、携帯を返そうとしたところ、もう一枚撮ってくれと要求してきた。その後も何が気にくわないのか何度も撮り直し要求、結局10枚くらい撮ってやった。
 このスーツ男に対しても私が日本人であることを知られることは許されないため、喉を開き気味にし、口から8、鼻から2の割合で息を吐きながら「COOL」と伝え、携帯を返してやった。我ながら抜群の発音である。スーツ男はにこやかに去っていった。
 
ようやく本殿に入り、たった今くぐった陽明門の裏側を見ると龍の頭がいっぱいくっついていた。
 本殿内は外国人でごった返しており、あまりじっくりと観察することはできなかったのだが、薬師堂の天井に描かれている鳴き龍や家康の墓である奥宮に通じる坂下門に彫刻されている眠り猫、御社に入るための門である唐門の閉じる瞬間などを神妙な面持ちで見学した。残念ながら家康の墓である奥宮は16:30までとのことなので見ることができなかった。
 入って30分ほどで本殿も閉めるとのことで外に出て、石鳥居から向かって右側の二荒山神社の方を探索しに行った。
 二荒山神社にはほとんど人影がなく、一人プラプラしていると、「この先白糸滝」との看板が出ていた。
 
 そう、それである。私は大の滝好きとして知られており、今回、日光を訪れた理由も華厳の滝を見るためなのだ。
 そもそも、私は神社、仏閣に対しての興味関心は一切ない。微塵もである。そのため今回、東照宮を参拝したところで、感銘、厳粛、感慨深さ的な類の感情を全くもって抱かなかったわけであって、第一、あんなに人がいては洞察をすることすらままならないではないか。
 外国人はみんな立ち止まって写真を撮り、私がその間を縫って歩いているだけでおしまい。恐らくとその時に境内にいた外国人全員の写真フォルダには歩き去る私の姿がブレて写っており、今頃、忍者が撮れたと大騒ぎしていることであろう。何を楽しめというのか。
 東照宮よ。滝があるなら最初から出しておけ馬鹿野郎なのである。

 かくして、白糸滝を目指すことになった私は、あべこべな段差の石階段を登り、鹿っぽい何かも発見しつつ滝への期待を胸いっぱいにして30分くらい石階段を進んだ。
 滝というものはどうしても山奥にいたいみたいで、毎回私を疲弊させる。しかし、熟練者である私は今回も随分時間がかかるということは承知しているので、疲れた・もう帰りたいとの感情を彼女とデート中設定の妄想でうまくいなした。こうしたテクニックはベテランにしか出せないわけで、私は体力勝負を挑むつもりは全くないのだ。プロフェッショナルとはそういうことだと思う。
 とまあ自分を鼓舞しつつ、登り続けているとやがて頂上に到着し、分かれ道となっていた。
 左側がさらに山を登りたい人用の男体山登山道入り口、右側が良識ある人用の白糸滝方面。
 登山道に入る方には、夜の山には決して入らないことや自殺を思い留まるように書かれた文章が書かれていたが、私はもちろん右側の白糸滝へ進む道を選択するし、登山なんか全くお呼びではなく余計なお世話なのである。
 登山道にフンと鼻を鳴らし、白糸滝へと進む右側に大きな一歩を踏み込んだ。
 白糸滝へ進む右側の道は、下り階段でなんとなく水が近づいている感じがしている。そのままずんずん下ると麓(ふもと)に到着し、またもや分かれ道、右が神橋、左が白糸滝となっている。神橋にもなかなかの興味はあるが、本来のルートである左に進み10分ほどすると滝の音がしてきた。
 急ぎ足に音に近づくと、なんとも小さな滝である。滝というべきか、斜面を流れる川というべきか。全くもって期待はずれな滝であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?