6.いざ華厳の滝

 翌朝、非常に残念な朝食バイキングで食事をとり、日光に向かった。
 
 日光に到着し、華厳の滝の入り口である中禅寺温泉に行くバスに乗ろうとしたところ、まだ9時前だというのにバスを待つ乗客で長蛇の列を成していた。
 到着したバスに乗客が一気に入り込むとバスは球体にならんばかりの超満員である。私は大の人混み嫌いのため、バスという選択肢は排除された。別の行き方を検討するべく、近くのベンチに腰掛けたところ、何とも偶然に電動のレンタル自転車が並んでいた。
 
 ダイチャリというサービスらしく、中国ですでにインフラ化しているというレンタル自転車サービスのモバイクを模したものであろう。しかし、日本のダイチャリは中国のモバイクと違い降りたいところでの乗り捨ては出来ないようで、そこにあったものは元の位置に戻すという整理整頓の由緒正しき日本文化が垣間見えた。

 私はシェアリングエコノミーの波に置いていかれないためにも、早速スマートフォンで会員登録した。自転車には、それぞれ[A1234]などのIDが付与されており、アプリ内で利用したい自転車のIDを選択し、利用予約をすると、予約に紐付いた数字4桁のパスワードがメールで送られて来る。自転車のハンドル部分にタッチパネル式の小さな画面があり、そこにパスワードを入力すると解錠される仕組みとなっていた。

 早速、電動自転車を借りて景気良く出発した。
 
 中禅寺温泉へはバスで40分のため、自転車では1時間30分ほどで着くだろう予想していたが、車にも負けないほどの予想外の馬力を発揮し、随分颯爽と走ってくれるため、40分、いや、30分で着くかもしれない。
 華厳の滝は日光のメイン道路である国道120号線沿いにあるらしく、快速で 過ぎ去る日光の美しい街並みや風を感じながらしばらく120号線を進み、120号線は山道に入った。この山道の中腹からは、かの有名ないろは坂がと呼ばれるウネウネ道になっている。
 いろは坂は2車線しかないため、上りと下りのすれ違いが非常に危険であることから、上りの一方通行、下りの一方通行と分かれているようであった。
 なんとみんなを幸せにする妙案であるか。いろは坂前の休憩所でタバコ休憩を挟み、心を決めていろは坂に挑む。

 最初のウネは「い」の坂だが、凄まじき電動自転車の馬力で何ともあっけなく過ぎ去った。私はこの電動自転車を伝説のヘビー級チャンピオンチャンピオンの名を襲名し、タイソンと名付けることにした。
 残すは「ろ・は・に・ほ・へ・と」タイソンがいればへでもないわけであるかと思いきや、さすがのタイソンを持ってしてもやはり山道はしんどく、私の脚力を使う比率も随分と増え、タイソンの電力と私の脚力の比率が1:1くらいになっている。
 ヘトヘトになりながらやっと最後のウネ「と」の坂を迎えた。が、なぜだか華厳の滝まだまだ全然つきそうにないのである。
 「と」を上りきり、ターンすると「ち」が出現した。何だ「ち」て。距離合わせのために付け足したのか?次の坂では「り」である。どうやら全く知らないパートにはいったようで、ゴールが見えなくなってしまった。
 上っても上っても着く気配はなく、タイソンもサボり始めている気がする。
 上り続けること1時間30分、ついに私は断念することを決意し、これは消極的な判断ではなく敵情視察的な試みであったのだ。とだけタイソンに伝えた。
 だが、そんな判断は易々と許されないのが華厳の滝である。いろは坂は2車線一方通行であり、私とタイソンが下ろうものならビュンビュン我々を追い抜いていった憎きバスや車に葬り去られるであろう。我々にはもう選択肢はないのだ。
 私はいろは坂のちょっとした駐車スペースにタイソンを止め、絶景を眺めながら涙ぐんだ。本当に帰りたい。華厳の滝なんかもういいので勘弁してください。


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