9.勝負の行方は

 龍頭の滝を下り、車道に出ると中禅寺温泉行きのバスが走っていたので、タイソンにも負けない快足を飛ばして追いかけた。すると私の存在に気づいた運転手さんはバス停で待っていてくれたのである。何とも心優しき御仁であるか。
 バスに乗り込むと乗客は私1人であった。この御仁は私を乗せないと自分の仕事の意味について考え、悩み、苦しむところであったようだ。危なかったな御仁よ。

 中禅寺温泉バスターミナルについた頃には随分日が傾いていた。急いで帰路につく。
 さすがの私でも暗闇のいろは坂を下って帰るのは怖すぎるし、昨夜は家康公が私を救ってくださったが、中禅寺温泉まで来ると管轄外であることが予想される。

 いろは坂を物凄いスピードで下った、というよりも転げ落ちて行った。真っ暗にはなったが、あっという間に麓についた。ただ、転げ落ちている途中で私の奥田民生が歌うのをやめてしまった。17時30分iPhone力つきる。NO MUSIC,NO LIFEである。
 またもや暗闇が私を飲み込み、携帯の電源も切れた。母よ、話が違うぞ。

 ここから東武日光駅までは随分と距離はあるが、国道120号線をひたすら進むだけなので迷うことはないであろう。
 だが、残り20%となったタイソンの電力でたどり着くことができるのか、疑問である。なるべく電力を使わないように一瞬だけグワッと漕いであとは車輪の余力に任して進んでみたり、電源を一瞬消してまたつけたりと、私はタイソンを欺き、混乱させる戦法に出た。
 
 そうこうしているうちに、30分ほどで東武日光駅に帰還したのである。電力は10%の余力を残している。壮絶な勝負の末、私は勝利したのだ。

 序盤はうまく間合いをとり、テクニックで翻弄した私だか、中盤、タイソンの負けん気と闘争心で攻め込まれ、4ラウンド.5ラウンドではダウンまで奪われた。しかし、ここで諦めるわけにはいかない、厳密に言うと諦めることができない状態ではあったが、何とか切り抜け、終盤は完全に場を支配し優勢に試合を進めた。最終ラウンドではダウンまで奪い返したのである。
判定の結果は、(115-113,115-113,115-114)以上3-0、フルマークの判定をもちまして、勝者はWBC世界エレクトリックバイセコー級新チャンピオン私だったのである。
 タイソンよ、何も恥じることはない。君はハードパンチャーで度肝を抜かれたよ。勝負を分けたのは私の知的戦略であった。
 私はこれから幾多もの防衛を重ね、伝説のスーパーチャンピオンに駆け上るであろう。その時君は「あいつをあそこまで追い詰めたのは俺だけさ」と自慢するといい。

 敵ながら天晴れであった。

 そして私はまたしても新幹線の切符が買えず、4時間30分かけて自宅に帰りついたのである。

〜完〜

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