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Torn 同窓会ー5

「そういう訳ではないよ。君が僕の事を苦手にしている事に比べたら、僕は、君の事好きだよ。君の夢を見るぐらい好きさ」
 俺はムラカミの独特の間のとり方や、話し方が嫌いだった。俺が嫌っているのがわかっていて、俺に話しかけていると思うと、俺はムラカミが可哀そうになってきた。
「気持ち悪い事を言うな。アキヨは死んだ。俺達には思い出しか残っていない。けれども、俺達には共有している思い出がない。俺は俺の。お前はお前の思い出を振り返るだけだ」
「君には夢があったかい?」
 俺が口にした事を無視して、ムラカミは大真面目な瞳でそういった。俺はそれに対して茶化すつもりはなかった。俺も同じだからだ。俺もリョウジに同じような事を聞いていたのだった。
「なかった。何も考えていなかった。その事を今、悔やんでいる。夢を叶えた後、遠い外国で違う夢を追いかけていたアキヨの事を知ってから、俺は自分の事を考えるようになった」
「やっぱり君にしかわかってもらえないと思ったんだ。僕は小説家になりたかった。なりたかっただけで、なろうとしなかった。高校生の頃から、言い続けていたのに、結局今まで、なにも書き終えていない。書けないんじゃなくて、書かなかったんだ。それなのに本屋で働いているだけで、まだ諦めていないと思いたいんだ」
 俺は周りから注目を集めていないかどうか、気になった。いい歳をして、夢という言葉を口に出して言うのは何となく恥ずかしくなってきたのだ。しかし、俺の心配は的外れだった。周りは昔話に花を咲かせている連中ばかり。自分達の事に集中していて、大きな笑い声だけが聞こえていた。
「お前、そう言えばそんな事を言っていたよな」
「憶えていたの?僕はみんなに言っていながら、何もしていなかった。知っている?最近高校生が書いた小説が売れているんだ」
 リンカが借りてきた、映画化された小説だった。そのタイトルをムラカミは口にした。
「知っている。嫁がその本を読んでいる。それがどうかしたのか?」
「いや。もし、僕が高校生の頃に、あんな風に小説を書いて、出版していたとしたら、今とは違う人生だったかもしれないなと思ったりするんだ」
「馬鹿馬鹿しいな。そんな事を言っても仕方ないだろ」
 そう言ったものの、俺だって同じだ。もし、高校生に戻ったらと思う事がある。
「そうだね。今日は来てくれてありがとう。次は50歳になってからかもしれないけれど、また来てよ」
 あっさりとムラカミは去っていった。俺はただ、その後姿を見るだけにした。どうせ何を言ったところで、俺はムラカミにすぐに会う事になりそうな気がした。俺があいつを誘って食事や酒を飲みにいく事などないだろうが、偶然出くわすなど、そんな形で出会う気がしたのだった。
 その後の同窓会は賑やか過ぎて、何が何だかわからないくらいだった。まるで、昼休みの高校の、感情的すぎる喧騒のような気がした。
「コウキ。この後も行くだろ?」同窓会が終わった後、リョウジ達にそう言われ、昔のメンバーだけの2次会に俺はついてゆく事にした。
「お前、ムラカミと仲良かったっけ?」
「そうでもないが、アキヨの事を話していた」
 久しぶりに酒を飲んだ気がした。酒の量のことではない。楽しかったという事だ。昔つるんでいた奴等はみんな年を取ったが、年を取った分だけ、色々な事情を抱えていた。結婚して子供がいる奴がほとんどだが、離婚した奴もいた。
「そうか。あいつアキヨちゃんの幼馴染だったしな」
「今でもアキヨの事好きだって言っていた」
 俺とリュウジはみんなが帰った後、リュウジの行きつけの店で話をしていた。2次会は楽しかったのは事実だが、俺は大人数の集まりが苦手だから、こうして2人で静かに飲む方が好きだ。リュウジはウィスキーを飲んでいた。「お前も飲んでみろよ」と同じものを注文してくれた。俺が飲んだ事のない、長期熟成された国産ものだった。値段を聞いて俺は、一口ごとに、いくらなのかを計算しながら飲んでいた。リュウジが「ここは俺が払うし、好きなだけ飲めよ」と言ってくれたが、俺は何も言えなかった。リュウジはリュウジで今まで頑張ってきたのだと思った。
「高校の時から、あいつはちょっと変わった奴だったからな。どこまで本気で言っているかよくわからない奴だ」
 リュウジはしっかりと酒を味わって飲んでいた。俺は、そんな飲み方をしない。酒は単にアルコールを摂取するだけのもので、味わう感覚はなかった。現にこの国産ウィスキーだって他のモノと比べて何が違うのかよくわからない。
「ムラカミも言っていたけれど、高校生の頃の俺達はみんな同じような場所にいたわけだろ?それで20年経ったら、差が出ている。これって何なのだ?」
「それは、やったか、やらなかったかの差だろ。何かをした奴は何かを得る。何もしてこなかった奴は失うか、何もない。それが結果として、プラスの奴、マイナスの奴、ゼロの奴がいるだけじゃねぇか」
 俺はリュウジが経営者なのだと初めて思った。バカ話につき合ってくれているが、こいつは俺の知らない所で、色んな場面を切り抜けてきたのだと思った。
「なぁ、リュウジ。お前、高校の時に戻りたいと思うか?」
「そんな事は思わねぇよ。お前、そんな事考えてんの?」
「あぁ。あの頃に、もっと将来の事を考えても良かったと思った」
「一緒だよ。戻っても同じことを繰り返す。ムラカミに影響されたのか?」
 そう言うとリュウジは笑って、高価な酒を飲みほした。俺は遠慮気味にチビチビ飲んでいる。こういうのも差なのだろう。
「いつまでそれ飲んでんの?もう一杯ぐらいつき合えよ」
 そう言うとリュウジは25年物のそれを頼んだ。俺はそんな長い間熟成したものでなくてもよかったのだが、それを断ったらリュウジの顔を潰すような気がした。
「ほら。俺達が高校に入学するぐらい前から作られた酒だ。これを飲んで昔に戻った気になれよ」
 俺はいい友達を持っていた。そんな事を今更ながら気がついた。恵まれていたのに、俺は手元にないモノばかりを求めていたのかもしれなかった。


つづく

一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!