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サクラとカエデ :超えられない壁

私が産まれてまだ2年も経たない日だった。私が私になっていない頃の事。
お父さんとお母さんは亡くなった。
事故だったみたい。『みたい』っていうのは、私は確かめたことがないからそう言っている。大人になってからも、事故の事は私は調べていない。聞いた話を盲目的に信じている。
私にとっては、お父さんとお母さんがいないのは当たり前だった。初めから、いない事は寂しいとは言わない。持っている人を羨ましいとか、それを欲しいと思う事はあった。
それだけの事。

しかし、お姉ちゃんは違った。お父さんの事もお母さんの事も覚えていた。寂しかったと思う。だからかもしれないけれど、私の事を大事にしてくれていた。お姉ちゃんの愛情を受け入れる私の器は、それに比例して大きくなった。私の器はいつだって、満タンだった。お姉ちゃんから愛情を貰う事が当たり前で、私は満たされていた。
幸せだった。両親がいなくても、お姉ちゃんは勿論のこと、おじいちゃんとおばあちゃんも優しかった。
幸せだった。幸せに包まれて生きていた。それなのに、私なんで死んだのだろう。多分、私は死んでいる。それは確実だと思う。
本当にわからないんだ。死ぬ直前の記憶がない。死んだ瞬間の事って憶えていないのは普通の事なのだろうね。
私は長い間水の中にいると思う。何も見えないんだ。泣いても、涙を感じない。聞こえる音が水の中にいるみたいなんだ。ポコポコと泡が割れるような音がいつも聞こえる。不思議な事に、息はできている。苦しくないんだ。それは有難い事だ。
もしかして、私、自殺したのかな?それは無いと思うけどあり得る。
旅行に行ってお姉ちゃんに励ましてもらったけど、私はケンイチの事で悩んでいたと思う。けれども、具体的にどういう事で悩んでいたのか憶えていない。
私が恵まれているのは、お姉ちゃんの事をしっかりと憶えている事。
お姉ちゃんとの思い出だけで私は死んでも寂しくない。
お姉ちゃん元気かな?
トシヤさんの事で落ち込んでいたのに、私までこんな事になってしまって、大丈夫かな。

桜が満開になる頃が、お姉ちゃんの誕生日。
だから、サクラ。
私はカエデ。蛙の手の形の葉っぱが赤くなる頃に産まれた。
でも、私は春の方が好き。
私の名前も好きだけど、お姉ちゃんの名前の方が好き。
水が温かくなってきた。
そろそろ、春だろうね。
もう一回桜が見たい。
会いたいね。

つづく


一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!