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ほぼ無害爆発

【2858文字】

久々の爆発音

で飛び起きた。
パンッ!と大きな音が鳴ってハッと目を覚ます。
寝入り端をくじかれる。
しかしすぐにコレは懐かしい爆発音だと気付く。
そういえば最近なかったなぁと思う。
気付いてしまえばもう安心して眠れる。
その日はその後何度かパンッ!パンッ!とその音を聞き、
その都度ふっと覚醒側に意識を持って行かれるが、
知らない間に眠りへと落ちていった。

「頭内爆発音症候群」

というらしい。
一種の幻聴らしいが原因は分かってないという。
でも疲れた日の夜とかに現出しやすいように思う。
寝落ち寸前にピクッ!て全身や足が跳ね上がる事象があるが、
あれとほぼ同義だと僕は思っている。
でもあれと比べれば周りからもバレず、
ただ目が覚めるだけなのでマシだと思っている。
子供のころから寝入り端にしょっちゅう頭の中で鳴っていた。
40歳過ぎくらいまで割と頻繁にパンパン鳴っていた。
その辺りくらいから少しずつ頻度を減らし、
今はもう全くその爆発音を聞く事がなくなっていた。
しかし先日久々に爆発したのだ。
何故久々に鳴ったのかは分からないが懐かしく感じた。

症候群

と言われるような病的症状を、
懐かしいと思うのは変だと思われるかもしれない。
しかし僕の場合恐らく10歳くらいからの約30数年間、
つまり自意識が芽生え青春時代を送り社会にもまれ自立し、
ひとり立ちして仕事も忙しくなり自信も付いた頃まで、
つまり人間の命が上昇気流に乗っている時期、
伴走するように夜な夜な現れた爆発音は、
精神も体力も下降気味と思わざるを得ない現在からすると、
なんだか郷愁と軽い羨望を持って「懐かしい」というのが、
一番適切な表現だと思う。

人に聞くと

どうやら珍しい現象の様である。
皆が皆頭で爆発を起こしている訳ではないらしい。
なかなかこの爆発音の話題を共有できる人は居ない。
時々分かる人が居るが、彼らはいい顔をしない。
あの爆発音が迷惑なのだという。
確かに夢と現実の丁度狭間を狙うようにして、
嫌がらせの様にその爆発音は鳴る。
僕もそうだが鳴ればどうしても覚醒してしまう。
現実を離れフカフカした睡眠の静寂に身を落とす、
その瞬間ほど気持ちのいいものは無い。
完全に眠ってしまっている時より気持ちがいい。
電車やバスに揺られ熟睡できない状況下では、
その覚醒と睡眠の間を行ったり来たりするが、
これが最高に気持ちいいのは周知だと思う。
この時突如大音量の爆発音でフカフカの静寂を疎外されるのだ。
確かに不快な事かも知れないが、
なぜみんなは慣れなかったのだろうと僕は思う。
睡眠時に限って何度も大爆発が頭内で鳴れば、
またかと思うのが普通じゃないかと思うのだが、
他の経験者は起こされた腹立たしさが先行するのだろうか。
例のピクッと全身や足が跳ね上がる現象も、
僕は案外楽しんでる節がある。
勝手に体が動くなんてなんか面白いではないか。
しかしピクッてなる現象はあまり僕には起こらない。
あまり起こらないのに楽しいと思うのだから、
30数年間ほぼ毎夜爆発音を聞いていれば慣れて当然だ。

実際は

爆発なんて起こっていない。
それは知っている。
僕が僕の頭の中で勝手に爆発を起こしている音だ。
その音は鼓膜も介さない。
音は普通鼓膜の振動をその奥のセンサー神経に伝え、
神経は脳の聴覚野に伝え「こんな音」という意識に変化させ、
僕らはその一連の事を「音がする」とか「聞こえる」と言っている。
しかしこの爆発音はその耳や神経の所作を全部ぶっ飛ばし、
脳が直接パンッ!と鳴ってるよと意識に伝えるのだ。
人は十分それで音だと認識してしまう。
現実には何の音もしていないし、
自身も意図せず意識もなく勝手に爆発する。
そう思うととっても不思議じゃないかと僕は思うのだ。
不思議は面白い。

この爆発音は

人によって違うのだと聞いたことがある。
僕の場合の頭内爆発音は割と乾いていて、
それでいてドスも効いているような爆発音だ。
パンッ!と鳴ってしばらくリバーブの様に残響音が残る。
当時職業柄もあっただろうけど、
この残響音をイメージで加工して遊んでいた。
どういうことかというと、
こんな残響音だと良いなとか、
残響音にこんなエフェクトをかけるとどうなる?とか、
そんな事を予めイメージしながら寝るのだ。
パンッ!という実音(?)は予想の出来ないタイミングで鳴るので、
これはこちらで操作は不可能だ。
いつやって来るか分からない爆発音は不意に鳴る。
遠い近いはあってもいつもだいたい同じ音で鳴る。

残響音の

リバーブの足を長くしたイメージを持ってみる。
するとまるでヨーロッパの大聖堂の中で爆発したように、
残響音が延々と長く荘厳に響き渡った。
味をしめる。
爆発のタイミングは分からないが、
一晩に何度も爆発する事は知っていたので、
次は高い山の山頂で爆発させるイメージをして構える。
そしてパンッ!と鳴る。
一瞬残響もなく終わったように思った次の瞬間、
遠くからディレイの残響音がパンッ、パパン、パン・・、
と帰って来た。
なるほど、やまびこ的だ。
ゲートリバーブやフェイジングリバーブなど、
電子的な残響音も試したが思った通りになった。

そんなこんなで

僕はこの頭内爆発音症候群が嫌じゃない。
嫌じゃないがあった方がいいとも思わない。
無くてもいい。
なんせ一応病気の症状だという事になっている。
病気で遊ぶなと言われそうだが、
誰にも迷惑はかけないのだから良しとしよう。
しかし原因も対処方法さえも分からない症状だ。
かと言って決して難病指定がされる事はないだろう。
これが直接の原因で死んだりはしないのだ。
また恐らくこれを専門に研究している医学者も居ないだろう。
であれば不治はしばらく決定的でもあるが、
大抵は数年で消えるらしい。
僕の場合は少し長かったのだろう。

そして先日

あんまり久々に爆発したので、
ああ懐かしいなあと寝入り端に感じたまでだ。
あの頃毎日聞いていた音だ。
当時のいろんなことが思い返された。
お陰でその日は変な夢を見た気がする。
映像的には覚えては無いが、
決していい夢ではなかったように思う。
どうしようもなく歴然とした圧倒的で物理的な力で、
自分の意思も力も排除される様な、
そんな絶望的な夢だったように思う。
この手の夢を見るのも久しぶりだった。
若いころはいつもこういう夢を見ていた様な気がする。
なにひとつ思い通りにならないような、
自分の無力さを何度もなぞられ自覚させられる様な、
そんな夢だ。
爆発と悪夢がセットで現れるというのは、
やはり何らかの精神的な因子があるのだろう。
専門家じゃないし専門家でも分からない事なので、
僕が詮索しても意味はない事かも知れないが、
頭の中で爆発を起こしたこともない専門家より、
少しは僕の方が真髄を射ている気もするが、
それはきっと言い過ぎだろう。

まあ

解明していただなくても僕は一向に構わない。
何度も言うが、
決してこの爆発音が嫌いなわけじゃないのだから。
もしひとつ問題があるとするなら、
寝入り端に本当の爆発が寝室で起こったとしても、
僕は気付かずそのまま寝続けてしまい、
燃え広がる火災で焼死するかも知れない、
ということぐらいだろうか。