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#1 ショートストーリー

港区にオフィスを構え、ウィーンと気持ちよくセグウェイを乗りこなす男がいた。

「社長、おはようございます。本日のスケジュールです」

秘書は手際よくレジュメをその男に渡す。

曲がり角にもかかわらず、スピードを落とさないでいると、社員とぶつかりそうになり、
「ちょっと危ないじゃないですか!」

「すまんすまん、LINEマンガ読んでた」と言い訳。ちなみに社長のお気に入りは「白竜legend」である。1日1話ずつ読めるLINEマンガは社長の日課だ。

「全く…」と言いながら、笑みを浮かべる社員の姿からは、その会社の雰囲気の良さが伝わってくる。

午前10時。会社の会議の時間。
「それでは、社長より、新たな事業計画のプレゼンをしていただきます。あっあの社長…?」

セグウェイの駆動音が室内中を響かせているせいか、社長にはアナウンスが聞こえなかったそうだ。

「社長!セグウェイを止めてください!」

司会の声は虚しく、埃が辺りを舞う。会社のルールで会議室の部屋は掃除しないことが基本原則だ。


かつて社長はいった。
「掃除は議論の敵だ。日頃の汚れの蓄積が変化を表し、我々はその変化に敏感でなければならない。議論は変化に敏感である必要があるのだ」と。続けて、「ホコリ1つからイノベーションというものは始まる。汗や匂いだって、蓄積すれば変化するんだ」。
さらに続けて、「この部屋に入ったら、まず臭いことを君たちは認識するだろう。それがポイントなんだ。君たちは年齢も異なれば、肩書きも異なる。生き方や人生観、バックグラウンドも異なる。そんなバラバラな君たちがまずやらなければならないのが、共通認識だ。「臭い」を共通認識のスタート地点として、議論を進める。そうすることで、どんなメンバーでも会話のきっかけが生まれ、打ち解けることができる。この部屋の臭さはそれを果たす一助になると思うのだよ」と社長は我が物顔で言い、社員もそれに唯唯諾諾としたのだ。



多数の綿埃がセグウェイの車輪に絡まり、音は少し静かになった。

「おっと、また故障かなぁ。この故障したという事実は変化を生み、明日の未来を変えるねぇ」

セグウェイを故障させた後のこの言葉は、社長の口癖であった。


「ウム。(ウィーン)今回のプロジェクトはね。(ウィーン)今流行しているオンラインツールの「Zoom」に我社のCMを流させようというものなんだ。(ウィーン)」

「ZoomにCMを? ゲッフゲッフ。ゴホン。」埃に耐えられずマスクをする幹部が問う。

「うん。ZoomやTeamsといったアプリが飛躍的に普及しているのは知っての通りだよね。でもみんな使って分かると思うけど、少しばかり、待機時間があったりするよね。友達がミーティングルームに入る前や、メンバーの1人がネットの回線を悪くさせる時や、そういう時に我が社のCMを入れようって話だ。誰だって、文句を言わないだろう。それにみんな画面に注目するわけだから、我社の認知度も上がると思う。現にLINEマンガはCMを一回見たら、読んでいる漫画の続きをもう一話分読むことができる。もし、zoomにCMを入れることが出来たら、時間の合間に挟むだけではなくて、LINEマンガのように時間をリセットできるとか、付加価値を生むべきだろうね。まだ他社もやってなさそうだし。よくない?(ウィーン)」

「面白そうですが、Zoomさんには許可とかもう取れてるんです?」

「それは君たちの仕事じゃないか。期待してるよ。」

「んな勝手な。あっそうだ。CMのキャッチフレーズは何にします?」

「うーん、そうだな。じゃあ『信頼と実績。地域とともに』で」

「んな地方の中小企業みたいなの誰がやりますかね!?もう少しスケールを大きく!
って、社長どこへ?!!」

「ごめん、埃がキツくて」

セグウェイの駆動音はどんどん遠ざかっていった。


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