【ホラー小説?】もしかしたらワイって、ちょっとおかしくなってるかもしれんけど、どう思う? その2
102:気付いたら名無しだった
まさか最初のスレが埋まって、続きが作られてるとは思わなかった。
割と興味を持ってくれてる人が多いみたいだな。
あ、悪い。スレ主だ。
ニセモノも何人か湧いてきてたみたいだから簡単には信用してもらえないかもしれんけど、とりあえず続きを書いていくから、内容で判断してくれ。
103:気付いたら名無しだった
見慣れていたはずの景色が、まったく記憶とは違ったものに感じられる。
かつて3年間ほど派遣社員として働いていたことがある羽田空港第2ターミナルには、いつもたくさんの利用客がいた。休日なんかは特にそうだ。
なのにワイが久しぶりに訪れたその日は、ゴールデンウィーク期間中なのに閑散としていた。
108:気付いたら名無しだった
イッチ、空港に行ったのか?
113:気付いたら名無しだった
>>108 そうだ。
ホテルで朝食を取っていた時、A子が
『せっかくだから、普段は人だらけなのに、誰もいなくなってる場所とかを見てみたいな』
と言い出して、コロナ禍の空港に行くことになった。
114:気付いたら名無しだった
何故か血塗れのポロシャツがスーツケースの上に置かれてあったことや、5月2日の記憶の抜け落ちていることとか、正直、ワイの頭の中は不安という感情で埋め尽くされていた。
でも、だらかといってホテルから動かずにいても、たぶん何も変わらない。
むしろ悪い考えばかりが浮かんできそうだったので、ワイはA子に付き合うことにした。
それに羽田空港なら、海老名にあるホテルからも、N島が殺された八王子からも遠い。
血塗れのポロシャツを処分するのには、ちょうどいいかもしれないと思ったのも理由の一つだな。
118:気付いたら名無しだった
つまりイッチが殺害した証拠は、羽田空港に捨てたってことか?
122:気付いたら名無しだった
>>118 そうなるな。
たぶん公表されてないだけで、警察はすでに見付けていると思うけど。
京急蒲田駅で空港線に乗り換えた時から人が少ないとは思っていたけれど、国際線ターミナルに降りた時に、ワイはもの凄く驚いた。
利用客よりも空港スタッフの方が多くて、まるで閑散期の小さな地方空港みたいだったからだ。
国際線ターミナルからモノレールで第1ターミナルまで移動してからは、ほんの少しだけ利用客が増えたけれど、やっぱり数えられる程度しかいない。
第2ターミナルへは、京急の横にある連絡通路を歩いて向かったけど、動く歩道は、ワイとA子で貸し切りみたいな状態だった。
126:気付いたら名無しだった
ちなみにワイがさり気なく持ってきた血塗れだったポロシャツは、第1ターミナル側のモノレール乗り場にあったゴミ箱に棄ててる。
そこを選んだ理由は、働いていた時の経験上、比較的警備が薄そうだったからだ。
131:気付いたら名無しだった
警備が薄そうとは?
133:気付いたら名無しだった
>>131 警備員の目が届きにくいというか、巡視されてるタイミング的なものというか……。
あんま詳しく言うと、ちょっと問題かもしれんから、感覚的なものだってことで納得してくれ。
134:気付いたら名無しだった
閑散とした空港内を一通り見て回ったあと、ワイとA子は第2ターミナルの出発ロビーの近くにあったベンチで、一休みすることにした。
体を休めている間も、A子はずっとスマホで、撮影した空港の画像を次々とSNSに投稿してたな。
「わたしって、まあまあのインフルエンサーなんだよね」
A子が言った通り、使用しているアカウントには数万人のフォロワーがいた。
137:気付いたら名無しだった
A子がスマホを使用している間、ワイは手持ち無沙汰だったので、さり気なく“クライ”のアカウントに切り替えて、発言内容を確認してみた。
追加の呟きはなかった。
ワイが“クライ”なのだとしたら、今日は記憶が途切れている時間はないし、当然なのかもしれない。
次に、ホテルの時点では気にしていなかった、フォロワーを含めた色々な数値に注目してみた。
まず、最後の発言内容の呟きのインプレッションは“6”だった。
呟きを見たのがフォロワーなのか他の誰かがたまたま目にしただけなのか、詳しいことまではわからない。ただ、“クライ”の呟きを読んでいる人がいるということだけは間違いない。
次にフォロー状況だけど、“クライ”は誰もフォローしてなかった。一方でフォロワーは9人いる。
ワイは嫌な予感がした。
もしもこの中で、【復讐の部屋】という“クライ”が作製したと思われるブログへのリンクを踏んでいる人がいたら、かなりヤバい。
恐る恐る、リンクが貼られてあったコメントを確認してみた。
インプレッションは、“18”。フォロワー数よりも多い。
ただ、同じ人が時間を経過してから見てもインプレッションは増えるはずなので、別に閲覧数自体はそこまで気にする必要はない。
問題はリンク先へ飛んでいる数だ。
アクティビティによると、その数は“10”。
もしかしたら“クライ”を含めたワイ本人だけの延べ人数なのかも知れないけど、誰かに見られていたとしたら危険だ。
139:気付いたら名無しだった
このままリンク先を残しておくわけにはいかない。
ワイは急いでブログを消そうとした。
だけどパスワードがスマホに登録されていないから、管理者権限を発動させるどころか、ログインすらできなかった。
記事を削除も修正もできない。
でも何か対策はしなきゃならない。
だからワイは、SNSの方の“クライ”というアカウントを削除しようとした。
――ちょうどその時だった。
139:気付いたら名無しだった
「ワイくん、どうかしたの?」
不意に声をかけられて、思わずビクッと反応した。
A子がキョトンとした様子でワイを見つめている。
「何か焦ってるような顔してるけど?」
「いや……別に……」
この時点でのワイは、自分が殺人を犯しているかもしれないことを、無関係なA子に悟られるわけにはいかないと必死だった。
誤魔化すために、頑張って愛想笑いを浮かべた。
すると何故か、A子がドン引きするような顔をした。
「ワイくん、何か危ないクスリとかやってないよね?」
142:気付いたら名無しだった
イッチwww
147:気付いたら名無しだった
空港のあと、ワイらは東京駅と新宿駅、それから銀座の歩行者天国にも向かった。
天気がよかったのは勿論、人が活動をしなくなったことで空気が綺麗になってるってニュースではやってたけど、確かに普段よりも見晴らしとかはよかったような気がする。
ランチも、いつもだったら人が並んでいるようなお店で悠々と食べることができたし、それなりに楽しめた1日だったかもしれない。
だけどワイは、昨日の記憶がないという事実や、もしかしたらその間にN島を殺害していたかもしれないという可能性が頭からずっと離れず、憂鬱な気分を抱いたままだった。
A子から変に思われないように気丈には振る舞っていたけど、もしも1人だったら、怖くて不安で、どうしようもできなかっただろう。
148:気付いたら名無しだった
ホテルに戻ったあと、何故かA子は自分の部屋ではなく、ワイの部屋に入ってきた。
本当は迷惑だったけど、あえて咎めなかったのは、A子と話をしてた方が、モヤモヤした気持ちを誤魔化せると思ったからだ。
それにもしもまたワイが記憶を失うようなことになったとしても、A子が側にいてくれることで、ワイが妙な行動に出るのを抑制してくれたり、記憶を失っている間の行動を把握できるかもしれないという期待も、僅かだけどあった。
そんなわけで二日前と同様、途中からはお酒も飲んだりしながら色々な話をした。
『今日のあそこの景色は、コロナ禍が終わったら二度と見ることができないだろうね』とか、
『映画とかで目にするディストピアな世界ってのは、描かれてない初期の頃はこんな感じったんだろうね』とか、
ハッキリと覚えてるわけじゃないけど、どうでもいい、取り留めのない会話ばかりだったと思う。
ワイはこのまま、何でもない平和な時間が続いて欲しかった。
しかし嫌なことは唐突に訪れるものだという現実を、このあとすぐに思い知らされた。
ちょっと用ができたから、続きは数分後で。
149:気付いたら名無しだった
イッチ、引きが上手くなったなw
152:気付いたら名無しだった
仕方がないから待っててやる
170:気付いたら名無しだった
……光が揺れていた。
それが遮光性のカーテンの下から漏れている日射しだということに気が付くのと同時に、ワイは自分がいつの間にか眠っていたのだと自覚した。
ベッドの上で、きちんと布団の中に入っている。我ながら寝相もいい。
頭もスッキリしている。
昨日はA子と一緒に色々見て回ったから、足腰に疲れが残っているかもしれないと思ってたけど、少し動かしてみた感じでは対して重くもない。
壁掛け時計によると、時刻は午前6時35分だった。
いつもより、少し目覚めるのが早い。
そこでふと、嫌な考えが脳裏を過ぎっていった。
――まさかだけど、また記憶が飛んでたりしないよな?
そんなことはないと思う。
けれど一応、日付を確認しておこうとスマホを探す。
すぐにテーブルの上に見付けたので、手を伸ばした。
その時点でワイは違和感を覚えた。何故なら手帳型のスマホカバーに、すり切れたような痕があったからだ。
記憶にはない汚れだった。
スマホカバーを捲る。
するとスマホのモニターにヒビが入っていた。
大きな線が斜めに二つ。他にも細かい傷がいくつか。
フィルターを貼っていて、しかも手帳型のカバーをしているのに、こんな傷ができてしまうだなんて、かなりの衝撃でもなければあり得ない。
172:気付いたら名無しだった
妙な不安を覚えながら、ロック画面を解除する。
表示された日付は、5月5日だった。
ワイは戦慄を覚えた。
……今度は5月4日の記憶がない。
必死に頭を回転させたけど、昨日、何をしていたのか、まったく覚えてない。
SNSを開く。
そして“クライ”のアカウントが、何回も呟いていたことを知った。
174:気付いたら名無しだった
ちょっとしたホラーやな
175:気付いたら名無しだった
書いてあった内容をざっと説明すると、ほとんどが愚痴だった。
就職氷河期で新卒採用されなかったこと。
そのあとの派遣会社で味わった屈辱。
一度だけ正規で採用された会社はブラックで、サービス残業が月に百時間近くあるのが当たり前だったこと。
1年ほどでそこを逃げるように辞めたら、最後の給料が振り込まれず、総務に確認をしていみると『お客様のクレームでかかった費用に充てました』と説明され、泣き寝入りしかできなかったこと。
さらには次の仕事を見付けるまで、やむを得ず生活費として借金を増やした経緯について。
176:気付いたら名無しだった
この時点で、ワイはある事実に気が付いていた。
書き込まれてあった情報の大半は、ワイ以外には絶対に知り得ないものだったということだ。
ワイは日記を書いていない。
つまりワイが記憶を失っている間に表に出てきているであろう“クライ”は、ワイの記憶をそのまま引き継いでいなければ、こういった書き込みはできないはずだった。
なのにその一方で、ワイは“クライ”が何をしているのか、まったく知らない。
179:気付いたら名無しだった
つまり、クライはイッチの記憶を持ってるのに、イッチの方は記憶の共有ができてないってことか?
188:気付いたら名無しだった
>>179 その通りだ。
仮にワイが二つ以上の人格を持つ“解離性人格障がい”を発症しているとして、こういった、片方だけが相手の記憶を持っているという現象は、あり得るものなのだろうか?
マンガとかにはあったような気がするけど、少なくとも現実ではそんな実例を知らない。
すぐにネットでも検索をしてみたけど、まったく同じ症状の人は見付からなかった。
さらに“クライ”の他の発言も確認していく。
するとずっと下の方に、ネットスラングを多用しながら、無事にN島を殺せたことを書き込んでたことに気が付いた。
そればかりか他のターゲットのことも書き連ねてあった。
たとえばM波やN下、T野口、I藤、A場、Y田、他にもワイがこれまでに出会った最低な連中を、『近い内に絶対に殺す』みたいな発言を、いくつもしていた。
192:気付いたら名無しだった
こんなアカウントを残しておいたら危険だ。
ワイはすぐに削除しようとした。
幸いにもブログとは違って、パスワードがスマホに保存してあったから、問題なく削除はできた。
その時強烈な尿意を覚えたので、とりあえずトイレに向かった。
鏡に映っている自分の姿を見たけれど、傷の痕はない。
腕の関節に小さな傷がみたいなのがあったけれど、たぶん虫にでも刺されたのだと思う。
その時ふと、殺害したあとのN島の画像が貼られてあったブログのことを思い出した。
用を足し終えたワイは、急いでベッドに戻ってスマホを操作し、ブラウザを開いた。
ブックマークはしていなかったので、閲覧履歴からブログを表示した。
下側に書き連ねてあった氏名の中に、【N島】と同様、色が変わってアンダバーが追加されていたものがある。
【N下】と【T野口】、【I藤】の三つだ。
193:気付いたら名無しだった
まさか……?
194:気付いたら名無しだった
ちょっと怖いんだけど……
199:気付いたら名無しだった
恐る恐る【N下】の文字をタップして、画像の貼られているページに移動する。
ワイは愕然とした。
N島の時と同じで、明らかに死んでいるとわかる画像が、何枚も何枚も貼られていた。
次に【T野口】や【I藤】もタップしてみた。
するとどちらにも、遺体と殺害現場の画像が貼られてあった。
202:気付いたら名無しだった
色々ヤバい匂いがするな
213:気付いたら名無しだった
ワイはニュースサイトを見て回った。
N下とT野口の殺害のことはすでに記事になっていた。
この時点ではまだ被害者の名前は伏せられていたけど、殺害現場となった場所とかから、ほぼこの2人で間違いないとワイは確信した。
ただ、I藤だと思われる記事だけは見当たらない。
当時はどうしてなのかわからなかったけど、現在ならもう理由が推測できてる。
I藤は知り合いが少な過ぎて、しかも無断欠勤とかが多いヤツだったから、この時点ではまだ誰も、彼が死んでいただなんて思ってもいなかったんだ。
ちなみにもう答えを知ってる人もいるだろうけど、I藤の遺体は、数日後に自宅で発見されている。
215:気付いたら名無しだった
殺害後しばらくは、まだ、これらの殺害が同一犯であるとは特定されていなかったみたいだな。
でも実際に警察がどう判断していたのかは、ワイにもわからない。
とにかくワイは焦っていた。
“クライ”が作成したと思われるブログを発見されたら、ブログの作成者が犯人だと特定されるのは間違いなかったからだ。
もしも本当に“クライ”がワイだとすれば、登録している情報から、警察はすぐにでもワイの行方を捜そうと動き出すはずだった。
218:気付いたら名無しだった
イッチ、色々詰んでるな
220:気付いたら名無しだった
>>218 この時は、ホント、絶望しかなかった。
ワイは本気で二重人格になってるんじゃないかと自分を疑った。
ただ、いつの間に二重人格になっていたのか?
これまでの人生で、一度たりとも、もう一人の自分がいるなどという兆候を感じたことはなかった。
記憶が飛んだのは先日が初めてだったし……。
そもそも“解離性人格障がい”というのは、幼少期に受けた虐待とか、強過ぎるストレスによって、記憶を司る海馬という部位が縮小するのが原因だと聞いたことがある。
ワイは幼少期に虐待を受けていたのだろうか?
思い当たる節は、……あった。
222:気付いたら名無しだった
あるんかいww
223:気付いたら名無しだった
ワイは幼い頃から周りに威圧感を与えるような顔だったからな。
小学生の頃にはすでに、何か問題が起こると、悪いのはワイだというのが当たり前みたいな空気が形成されていた。
そういう時、せめて親くらいは庇ってくれるものだと思うけど、一度も擁護してもらった記憶がない。
たぶん他の兄姉達と比べて見た目が可愛くなかったからだと思う。
実際に、親戚を含めた大人達からの扱いは雑だった。
226:気付いたら名無しだった
子供に美醜差別するなって言っておきながら、大人こそ見た目で差別するよな
227:気付いたら名無しだった
だけど雑に扱われるくらいなら、別に何ともなかった。
うん。
やっぱり心を壊されるレベルで酷いことをされた経験はない。
この時も同じような結論になってたと思う。
だからもう一人の自分がいるということがどうしても信じられなかった。
228:気付いたら名無しだった
本物のトラウマはガチで思い出せんらしいぞ
230:気付いたら名無しだった
>>228 ワイが覚えてないだけという可能性か?
まあ、いくら頑張っても思い出せんから。ゼロではないのかな?
ともかく、この時点では自分が二重人格かも知れないということを、きちんと受け止められずにいた。
そんな時、突然、スマホの着信音が鳴り響いた。
いったい誰だとモニターに目を向ける。“A子”と表示されていた。
記憶にはなかったけれど、いつの間にかワイはA子と携帯の番号を交換していたらしい。
通話ボタンをタップして、「A子か? どうしたんだ?」と尋ねたら、〈『ワイくん、今日はちゃんとホテルにいるの?』〉と逆に質問をされた。
「……ああ。今、部屋にいるけど」
〈『今日の朝ご飯はどうする? 昨日と同じで、ホテルでは食べないでおく?』〉
この時、ワイは思わず大きく目を見開いた。
A子の台詞によって、記憶から抜け落ちていた昨日の行動がわかる可能性を感じたからだ。
「そ……そうだね」ワイはできるだけ平静を装って答えた。「色々細かい話もしたいし、落ち着いた場所で食べたいかも」
〈『じゃあ、出かける準備をして待ってるね。あとどれくらいかかりそう?』〉
「すぐに」
と言いかけたけれど、まだシャワーも浴びていなかったことを思い出して、
「……起きたばかりだから、あと30分くらい待ってて欲しい」と伝えた。
〈『わかった。んじゃ、できるだけ急いでね』〉
231:気付いたら名無しだった
これからA子と交わす会話の組み立て方次第では、ワイが本当に“クライ”なのかを確かめることできるかもしれない。
少なくとも、記憶を失っている間の情報を少しは把握できるはずだ。
ワイはあえて温度を少し高く設定したシャワーを浴びて、頭をスッキリさせた。
233:気付いたら名無しだった
やっぱり緊急事態宣言で自粛要請をされていたからなんだろうな。
ワイらが朝食を取ることにした昔ながらの喫茶店には、他にモーニングを頼んでいる人の姿は見当たらなかった。
少し寂しいような気もするけれど、むしろ都合がいい。これならA子とじっくり話をすることができる。
ワイはまず、記憶にない自分の行動を把握しておこうと思い「そういえばさ」とさり気ない前置きから「昨日の朝食はどうだった?」と尋ねた。
「どうしてそんなこと訊いてくるの?」
ウィンナーをフォークで刺した状態で、A子が不思議そうに首を傾げる。
「いや……その……。味が、A子の好みだったかどうか気になって……」
「う~ん。まあ、朝から牛丼ってのは、嫌いじゃないけどちょっと重たかったかも」
「そうなのか……」
234:気付いたら名無しだった
スマホに入れてある電子マネーの支払いアプリを開くと、確かに有名な牛丼専門店での支払い履歴があった。
細かいメニューまではわからないけれど、2千円くらいなので、ワイがA子の分も奢ったのだろう。
「ところでA子、昨日はどうだった?」
「どうだったってのは?」
「いや……その……」
少しでも記憶を失っている間の行動を知りたくてした質問だったが、あまりにも曖昧だったらしい。
これでは変に思われてしまうかもしれないので、慌てて「A子は、楽しめてたのかなって、ちょっと心配で……」と適当な理由を付け加えた。
「ひょっとしてワイくん、昨日、わたしが不機嫌そうにしてたから、気にしてたの?」
「そ……そうだな。一応」
「あれはワイくんが悪いんだよ」
何故か睨め上げられた。
236:気付いたら名無しだった
ワイはさっぱり覚えていなかったけれど、A子が言うには、どうやら川崎の街を歩いていた時、急にワイが姿を消したらしい。
しかも連絡を取ることができず、結局A子は2時間近くもワイを捜していたそうだ。
「たまたま駅前で再会できたからいいけど、もしそうじゃなかったら、1人で先にホテルまで帰ってたところだったよ」
A子はうんざりと嘆息してから、コンソメスープを口に運んだ。
「もっと早くスマホの番号、交換しとけばよかったね」
「ああ……。そうだな」
どうやらこの2時間の空白時間のあとに、ワイとA子はスマホやSNSの情報を交換していたらしい。
238:気付いたら名無しだった
「とりあえず、ディナーが凄く美味しかったら許してあげるけどね。
さすが空港で働いてた時、川崎に住んでただけはあるよね。ワイくん、かなりお店とか詳しかったし」
「ところで僕達って、何時くらいにホテルに戻って来たんだっけ?」
「途中で上大岡に寄って、3時間くらい別行動してからだったから、深夜0時は過ぎてたと思うよ」
ワイはモバイルSuicaのアプリを開き、履歴を確認した。
確かに夜の8時くらいに上大岡で降りている。
そのあと再び同じ駅を利用したのは、A子の言った通り3時間後だ。
その間、ワイはいったい何をしていたのだろうか?
別行動だったらしいし、これ以上はいくら質問をしても情報を引き出せなかった。
ただ、川崎でA子とはぐれてた時間も含め、ワイが何をしていたのかという推測ならできる。
241:気付いたら名無しだった
>>238 被害者の殺害か?
251:気付いたら名無しだった
>>241 その通りだ。
川崎には、ブログに遺体の画像が載っていたN下のアパートがあった。
そこから大して離れていない蒲田にも、T野口が暮らしていた。
だから2人をワイが殺していたのだとして、時間的には辻褄が合う。
もう一人殺害していたであろうI藤は、ワイの記憶では鶴見の社員寮に入っていたはずだけど、帰る前に上大岡に寄ったってことは、もしかしたらその近辺に引っ越していて、それを“クライ”は把握していたのかもしれない。
「ワイくん! ワイくんって!」
名前を呼ばれていることに気が付いてハッとしたら、目の前でA子が手を振っていた。
「どうかしたの?」
「どうかしてたのはワイくんでしょ」
A子がため息をつく。
「急に焦点の合ってない目で遠くを見つめてさ。何か考えごとでもしてたの?」
「いや。……別に何でもない」
ワイは誤魔化すように微笑んだ。
するとA子がうつむいて小さく噴き出した。
「ホント、ワイくんの笑顔って素敵だね。悪い意味で」
255:気付いたら名無しだった
「ところで今日は、わたしの行きたい所を選んでいいんだよね?」
A子の言い方から察するに、おそらく“クライ”としてのワイは昨日、川崎まで一緒にいく代わりに、A子にそういう交換条件を持ちかけていたらしい。
「わたしさ、赤羽に行ってみたいんだけど」
「赤羽?」
「現在は五反田に家があるんだけどね、4年生の頃までは、赤羽で暮らしてたんだよ。だからちょっと、昔生活してた場所を見てみたいなって思って」
「そうなのか……」
「うん」
A子がプライバシーに関することを口にするのは珍しい。
洗脳されてるとか、自分は小学生だとか、明らかにウソだと思うようなこと以外、詳細はほとんど教えてくれたことがなかったのに……。
258:気付いたら名無しだった
そしてイッチは赤羽に行ったのか?
260:気付いたら名無しだった
>>258 このあとすぐに向かった。どうせ他にやることもなかったし。
ホテルのある海老名から赤羽までは、小田急、JR埼京線と乗り継いで、1時間以上はかかる。
A子からたまに話しかけられる時以外は、スマホを弄りながら過ごしていた。
お陰で“クライ”が犯人だと思われる殺人事件の情報を、色々調べることができた。
まず、上大岡で殺人事件がないかを調べてみたところ、やはりI藤と性別や年齢の一致する人物が、殺された状態で見付かっていたことがわかった。
記事によると、I藤も含めて、“クライ”の犠牲者全員が、まだ個別の事件として扱われているようだ。
しかしSNSではすでに一部の推理マニア達によって、一連の殺人事件が同一犯によるものじゃないかと推察され始めていた。
261:気付いたら名無しだった
幸いだったのは、“クライ”が作成したと思われるあのブログの存在を知っている人が誰もいなかったことだ。
でもSNSのインプレッションによると、のべ10人以上はそのブログに飛んでいたことがわかっている。
ただし自分の操作も含まれる仕様になっているので、もしかしたらワイと“クライ”だけだっていう可能性もあった。
ただ、他には絶対にいないとは言い切れないし、不安は消えなかった。
そんなこんなで適当に時間を過ごしていると、いつの間にか赤羽駅にたどり着いていた。
263:気付いたら名無しだった
電車を降りて改札を抜ける。
「わたし、昔の自分の家を見てきてもいい?」
A子がワイにそう訊いてきた。
別に断ることでもないし、「いいんじゃないかな」と返す。
「できたら昔の家、ワイくんには見られたくないんだけど、別々に行動してもいいよね?」
ほとんど強請するような言い方に、「わかった」とワイはうなずいた。
「じゃあ僕は駅の近くで待ってるよ」
「ありがと」
A子が微笑む。
やっぱり顔の作りがいいからだろうな。とても魅力的な表情だった。
こういう自然で爽やかな姿を前にすると、改めて見た目が一般受けする人は羨ましいと思ってしまう。
266:気付いたら名無しだった
イッチは見た目がヤバいもんな
271:気付いたら名無しだった
>>266 ホントにな。
ワイが同じことをしたら、子供だったら泣き出すかもしれないのに。
272:気付いたら名無しだった
「じゃあ戻って来る少し前くらいに、連絡するから」
A子が赤羽スズラン通り商店街の方へ走っていく。
ワイは赤羽の駅前にはそれなりに詳しかった。
以前、荒川を挟んで向こう側の川口で暮らしていたことがあるからだ。
A子が戻って来るまでどこで時間を潰そうかと考え、あんまり動き回りたくなかったから、近くにある赤羽公園に決めた。
そういえば深夜番組で見たことがあるけど、赤羽には昼間からお酒を飲んでいる人達が多いというイメージがあるらしいな。
それは当たっているとワイも思う。
実際にそういう光景は何度も目にしてきたし。
しかしコロナ禍の影響は、そういったローカルな文化にも影を落としていた。
赤羽公園にたどり着くと、ビックリするくらい誰も人がいなかった。
いつもだったら1人くらい、缶チューハイとかを飲んでる人がいたはずなのに。
閑散とした公園の、無数の木の枝によって屋根の作られていたベンチに座る。
遠くの空に目を向ける。
全体的には晴れているけど、おぼろ雲がたくさんかかっていた。
そのせいなのか白くぼやけている。
まるで未来が見通せなくなっているワイのようだった。
277:気付いたら名無しだった
イッチって、たまに情緒的な表現するよな
281:気付いたら名無しだった
いつもだったら、ワイはこのままぼんやり空を見上げながら過ごしていたんだと思う。
だけど今は“クライ”のことが気になっていて、どうにも心が落ち着かない。
ワイなりに状況をまとめた感じでは、この時点では、“クライ”は本当にワイ自身である可能性がかなり高いような気がしていた。
A子の証言などもあって、ワイに記憶を失っている時間があるのも間違いない。
ただ、どうしても納得のいかないことがあった。
それは最初に殺害したのが、N島だということだ。
ワイにはN島を本気で殺したいと思ったことなんて、一度もなかったはずだった。
283:気付いたら名無しだった
ムカつきはするけど、別にどうでもいい相手だったってことか?
286:気付いたら名無しだった
>>283 そうだな。所詮は小者って感じだったし。
せっかくだから、ここでN島についてちょっと詳しく書いてみるわ。
2年前、ワイはそれまでの仕事を辞めて、新しい派遣会社に登録した。
そこの担当者によって、東証一部にも上場されている、精密機器を造ってる大企業へ派遣されることが決まった。
ただ、大企業というのは派遣社員にとってはあまり好待遇ではないことが多い。
288:気付いたら名無しだった
わかるで。いつでも派遣なんて補充できるって見下してるからな
289:気付いたら名無しだった
労働条件を確認してみたところ、案の定、契約の期間が1ヶ月ごとになっていた。
291:気付いたら名無しだった
1ヶ月? それって派遣的には普通なの?
296:気付いたら名無しだった
>>291 いや、かなり短いんじゃね
297:気付いたら名無しだった
>>291 普通はもっと長いで
300:気付いたら名無しだった
>>296 >>297 だよな? ワイもそう思う。
ここ数年、派遣社員の契約更新は、短くても3ヶ月ごとっていうのが主流になってたしな。
社員のことや労働環境をきちんと考えている会社では、様子を見て3ヶ月後や半年後に正規採用をするという、紹介に近い契約もあったりするし。
なのに『いつでも切り捨てますよ』と暗に匂わせるかのような、1ヶ月ごとの契約更新。
これは何か事情がありそうだとネットで口コミを調べてみた。
すると簡単に理由らしいものが引っかかった。
ワイが派遣されることになった精密機器の会社は、リーマンショックの際、100名を超えるほぼ全ての派遣社員をあっさり切り捨てたっていう過去があったんだ。
301:気付いたら名無しだった
あ~あ……。ワイ、その会社名わかってしまったで
303:気付いたら名無しだった
>>301 八王子で、精密機器で、リーマンショックで派遣切りといえば、あそこが有名だな
304:気付いたら名無しだった
>>301 >>303 たぶん想像してる所で合ってるんじゃないかと思う。
過去ログによると、派遣先としては悪い意味で有名だったみたいだし。
何はともあれ、1ヶ月ごとの契約更新ってことは、業績が悪くなれば、雇い止めに遭うリスクが極めて高いということでもあった。
だけど高時給であることや、寮から自転車で通える距離に工場があるという利点の方が、当時のワイとしては勝っていた。
35歳くらいを過ぎてからは『どうせ派遣だから』という諦めもあったし、『ここで働いていけそうですか?』という事前の確認に、躊躇うことなく『大丈夫です』とワイは即答した。
こうして一週間後から仕事が始まった。
配属された製造2課1係3班は、巨大な装置の中で、主にX軸やY軸、Z軸の精度を測る部品を組み立てる工程だった。
同じモノばかりを作っていればいいという他の部署とは違って、基本のカタチはあっても、オーダーメイドで仕様の変更をすることの多い部署だったから、ちょっと覚えるのが面倒だったな。
305:気付いたら名無しだった
配属ガチャ、ハズレ引いたっぽいな
308:気付いたら名無しだった
>>305 作業的には完全なハズレってわけでもなかったけどな。他にもっと大変そうな所はあったし。
ただ、単純作業ばかりの他とは違い、手先の器用さと根気強さ、あとは作業手順書をきちんと読む能力が求められる部署ではあったかもしれん。
で、そこの班長だったのが、ワイが最初に殺したことになっているN島だった。
309:気付いたら名無しだった
配属初日の顔合わせの際、N島から受けた印象は、“気弱そうな人っぽいな”というものだった。
他人と目を合わせることが苦手なのだろう。
ワイの見た目が怖いことを抜きにしても、ずっと目を逸らされていた。
311:気付いたら名無しだった
チー牛か?
316:気付いたら名無しだった
>>311 典型的なそれ系だったかもしれん。
前髪は長く、少し目が隠れていた。
『N島と申します』という自己紹介をする際の声も上擦っていたし、いつも無意味に笑ってるし、人間関係があまり得意ではなさそうだった。
ただ、教え方は丁寧だった。物腰も柔らかかった。
だから初日の時点では、“当たり”の上司だと思っていた。
ところが翌日には、すぐに妙だということに気が付いた。
まず、先輩である他の作業者達が、何もしていない時間が長過ぎるのだ。
317:気付いたら名無しだった
何もしないってのは?
331:気付いたら名無しだった
>>317 ただ突っ立ってるだけだ。
工場なのにありえんだろ?
一つの作業が終わる度に、責任者であるN島へ報告するのはわかる。
しかし自分からは決して何もしようとしない。
だからN島がどこかへ行っていて報告ができない時や、N島が次の指示を出せない時は、何もやらず自分の持ち場で無意味に突っ立ってるだけ。
こんなにやる気のない人達ばかりの部署なのかと、正直ワイは呆れた。
普通の工場であれば、作業を効率的にするために、手持ち無沙汰にならないための簡単な作業とかが用意されていることが多い。
実際、見渡せる範囲にある他の作業場所では、全員が何かしらの作業をしている。
何もせずにいるのは同じ部署の先輩達だけだった。
どう見てもサボっているとしか思えない。
だから不真面目な人だと思われたくなかったワイは、N島が他の場所へ行っていて次の作業指示を出してもらえない時は、覚えた範囲で作れるものを作るようにしていたんだ。
332:気付いたら名無しだった
それが当たり前だな
335:気付いたら名無しだった
>>332 勝手なことしていいのか?
339:気付いたら名無しだっ
>>335 作業者はなるべく時間を余らせないようにするのが普通やで
341:気付いたら名無しだった
ワイは真面目な態度を、責任者であるN島にもきちんと評価してもらえるはずだと思っていた。
ところが予想に反して、N島はワイを見る度に、ため息をついたり舌打ちをするようになった。
イラ立っているのは明らかだった。
でも、どうしてなのかがわからない。
そんなモヤモヤする日が数日間ほど続いたある日のこと、突然N島がワイの側へやって来た。
ズカズカとした足取りからでも、かなり憤っているのがわかった。
もしかしたらミスをしてしまったかもしれない。説教される覚悟を決めていると、「ワイさん、今作ってるその部品、全部分解しておいて下さいね」と言われた。
ワイは戸惑った。どうせ使うことになるのは確実な部品だ。
しかも作り方は単純なので、さすがにこれをミスするとは思えない。
なのに何故、分解しなきゃいけないのだろうか?
342:気付いたら名無しだった
「すみませんでした。ひょっとして作り過ぎましたか?」
それとなく理由を尋ねてはみたものの、舌打ちしか返ってこない。
これは素直に言われた通りにするしかないようだ。
余計なことをしてしまったと、ワイは罪悪感を抱きながら全てを分解した。
その上で終わったことを報告すると、「じゃあ、今分解した部材、五個だけまた組み立てて下さい」と言われた。
343:気付いたら名無しだった
は?
344:気付いたら名無しだった
え?
348:気付いたら名無しだった
>>343 >>344 な? わけわからんだろ?
ワイも「え?」って、思わず固まった。
たった今分解した部材を、また作る?
あまりにも意味不明な指示だった。
でも派遣社員という立場上、逆らうわけにはいかない。
理由はわからなかったし理不尽だと思ったりもしたけれど、ワイは指示通りにした。
それから数十分間が経過した時だった。電話で呼び出しを受けたN島がどこかへ行くと、そのタイミングを見計らうように、先輩の作業者の1人がワイに話しかけてきた。
「ワイさん、N島さんから言われたこと以外の作業は、絶対にしない方がいいですよ」
さらに違う人からもコッソリ耳打ちされた。
「あの人、色々ヤバいからさ」
2人が言うには、N島は自分の指示以外のことをされると、もの凄く機嫌が悪くなる性格だったらしい。
そのことが原因で嫌がらせを受けた人もたくさんいたと聞かされた。
事実、この時点でワイも、作業内容をまとめていたメモ帳が、何故かなくなっていたことがあった。
先輩達が言うには、そのメモ帳はN島に棄てられた可能性が極めて高いらしい。
また、今回のワイのように、空き時間に作っておいた部材を分解するように言われ、その通りにすると、また同じ部材を作るように指示してくるだなんてことは、ほとんどの人が体験していることだったそうだ。
350:気付いたら名無しだった
先輩から「どんなに忙しくても、次に何をすればいいのかわかっていても、指示をされたこと以外はしない方がいいよ」というアドバイスを受けた。
こうしてようやくワイは“やる気のない人達”だと思っていた他の作業者達はみんな、自分から積極的にサボろうとしていたわけではなかったという事実を知った。
352:気付いたら名無しだった
何もしなくていいって、メッチャ楽じゃないの?
355:気付いたら名無しだった
>>352 俺もそう思う
366:気付いたら名無しだった
>>352 >>355 いや、それは勘違いだ。精神的にかなりキツい。
他の忙しそうにしている人達に対する罪悪感もあるし、時間を無駄にしているようにしか思えない。
それに工場外の人達、とりわけ見学に訪れた人達からしてみれば、ワイらは堂々とサボっているようにしか見えない。
つまり他人からダメな人だと思われているという不快感にも堪えなければならない。
そもそも空き時間をちゃんと利用すれば、作業はとても効率的になる。残業だって減る。
そういった当たり前の考えがイライラを生み出すし、残業になる度にフラストレーションを溜めることにも繋がった。
367:気付いたら名無しだった
実際、N島のこういった作業方針が嫌で、歯向かう派遣社員は多かったらしい。
しかしそうするとN島から様々な嫌がらせを受けるようになる。
場合によっては1日中何も作業を与えらず、突っ立ってるだけで過ごすことになったりもする。
368:気付いたら名無しだった
典型的なパワハラですね
370:気付いたら名無しだった
完全なパワハラだな
371:気付いたら名無しだった
当然だけれど、N島が嫌だからという理由で、辞めていった作業者はかなり多い。
それにN島に逆らった人は、自分から辞めていかなくても、翌月には決まっていなくなっていた。
その理由を、ワイは数ヶ月後に知ることになる。
この会社では派遣社員の契約を更新するかどうか決めるのは、各班長の判断に委ねられていた。
N島以外の班長達は、少しくらい逆らったりするような作業者であったとしても、仕事ができれば簡単には契約を切らない。
また一から教えるのは非効率的だし、面倒だからだと思う。
ところがN島の場合、自分に一度でも反抗してきた人は、作業ができるできないに関わらず、翌月にはすぐに契約を更新しないという判断を下していた。
373:気付いたら名無しだった
イエスマンしか側に置かないタイプか
374:気付いたら名無しだった
たかが工場の一部署だろ? 権力の勘違いもはなはだしいな
375:気付いたら名無しだった
だからこうして残っているのは、N島に一度も逆らわず、空き時間にサボるのを何とも思わない人達ばかりだった。
そりゃあ、最初の頃にワイがやる気のない先輩達だと感じたのも当然だ。
自己主張の弱い人達しかいなくなった部署なのだから。
376:気付いたら名無しだった
また、“指示されたこと以外はしない”という効率の悪いルールのせいで、残業時間がやたらと長い部署でもあった。
ただ、ワイは就職氷河期世代だ。もっと辛い労働環境をいくらでも知っている。
N島なんて及びもしないくらい最低な上司達も、たくさん目にしてきた。
たしかにN島は上司としての器ではない。
でもいきなり激昂して、灰皿や空き缶を投げてきたりはしない。
意味不明な説教を延々と繰り返すこともしない。
ただ単に、面倒くさて効率が悪い、ワガママなだけの人だ。
378:気付いたら名無しだった
充分にクズだわ
387:気付いたら名無しだった
>>378 でも逆に言えば、どういう対応をすればいいのかわかりやすい相手でもある。
対応マニュアルはせいぜい四項目くらいにまとめられるしな。
一、どんなに非効率的でも、N島の指示に従うだけというスタイルを受け入れる。
二、空き時間を無駄にしても気にしない。
三、指示待ちの間は、ひたすらボォっとして過ごし、余計な作業はしない。
四、効率が悪いせいで残業が生じても、きちんと残業代は出るのだから我慢する。
つまりN島は、ワイが殺意を抱くほどの相手ではなかったということだ。
その時その時の感情を完全に覚えているわけではないけど、仮に殺したいと考えたことがあったとしても、優先順位としてはかなり下の方にいたのは間違いない。
なのに“クライ”が一番最初に殺した相手はN島だった。
その事実が、なおさら自分が本当にやったのかという疑念を強く抱かせる要因になっていた。
388:気付いたら名無しだった
体は一つでも、イッチとは別人格なんやろ?
392:気付いたら名無しだった
>>388 記憶は共有してても、価値観は違うってことか?
395:気付いたら名無しだった
ワイが20代の頃に働いていた職場は、最後に働いていた工場とは、比べものにならないくらい酷かったんだぞ。上司に対する憤りだって、小者のN島とは比較にならない。
たとえば給与面で一番頭にきたのは空港だ。
下請け企業が幾層も積み重なっていたせいもあるんだろうけど、ワイが実際に受け取ることができる時給は、当時の最低時給よりちょっとだけ高い1,050円程度だった。
それはマージンを何回も引かれていたからで、実際に支払われていた金額は、1人当たり時給3,300円だったと、空港の偉い人から聞いたことがある。
396:気付いたら名無しだった
それ、マージン的に違法じゃないのか?
399:気付いたら名無しだった
>>396 詳しくはわからんけど、合法らしい。
間に何社も挟んでるからそうなる。
つまりワイ達末端の作業者は、本来であれば1時間で3,300円の作業を、1,050円ぽっちでやらされていたというわけだ。
しかしそれでも、ワイの所属してた派遣会社はまだマシな方だった。
当時、主に沖縄県出身の人達が所属していた派遣会社は、まったく同じ作業なのにも関わらず、時給が980円だったからな。
402:気付いたら名無しだった
安っww
403:気付いたら名無しだった
羽田空港って、東京だよな?
408:気付いたら名無しだった
地方並みの時給だな
410:気付いたら名無しだった
最近はわからんけど、2000年代後半くらいまでは、次々と応募してくる人がいたから、時給が安く設定されてた職場は多かった気がする
413:気付いたら名無しだった
その代わり、離職率とかも半端なかったよな
418:気付いたら名無しだった
>>413 沖縄県の人達だけど、周りと同じ作業なのに自分達だけ特別に安い賃金だってことを知って、辞めてく人があとを絶たなかったな。
だけど当時って、沖縄は就職状況最悪だったらしいからな。
新人が次から次へとやって来る。
だから派遣先も派遣元も、劣悪な環境を改善しようとはしなかった。
むしろもっと無理をさせても大丈夫だと、人件費を削る方向の効率化を進めてたくらいだ。
夏期・冬期・GW休暇なんて当然なくて、年間休日92日とかだったからな。
ちなみに空港のあの職場、ほぼ全ての派遣で社保がなかった。
年金だけじゃなくて、健康保険も自分で国保に入らなきゃならなかった。
420:気付いたら名無しだった
>>418 いくら2000年代後半だとしても、それは酷くないか?
423:気付いたら名無しだった
>>420 いや、当時はそこまで珍しい境遇でもなかったで
424:気付いたら名無しだった
>>420 むしろ派遣ってのは、こんなもんだっていう感じだった
428:気付いたら名無しだった
正社員でもあの頃はキツかったわ
431:気付いたら名無しだった
過労で死んでも労災を認められずって時代か……
432:気付いたら名無しだった
団塊の世代が現役バリバリで、人が余っていたからなんだろうな。
当時、契約社員と派遣社員は、遣い潰すための道具でしかなかったとワイは思う。
だから何か問題があっても、責任者と呼ばれている正社員は責任を取らない。
実際にミスを犯してしまった契約社員と派遣社員が、個人でその責任を取らされる。
中には多額の賠償金を支払わされてしまった可哀想な人もいた。
辞めていっても、すぐに人員が補充できる。
口うるさいベテランに長く働いてもらう必要はない。だからどんな扱いをしてもまったく問題ない。
むしろ反抗的な人がいると、本当はあまり仕事をしていない団塊の世代の人達にとっては都合が悪い。
だから気に入らない派遣社員や契約社員には、あえて過酷な労働や危険な作業をやらせて、自発的に辞めてもらうか、もしくは遣い潰す。
こんなことが、全国津々浦々、当たり前のように行われていた。
そのせいで体を壊してしまった人はたくさんいる。
精神的に潰された人も多い。
433:気付いたら名無しだった
氷河期世代の内、新卒採用を逃した何人もが、安い賃金での過酷労働と、二度と社会復帰ができなくなるまで精神や肉体を潰されるかもしれないというリスクを背負いながら働いていた。
そんな最低な労働環境だったんだ。
誰だって不満が溜まって当然だった。
ワイだってまだ若かった頃は、何度か上司に文句を言った経験がある。
その結果わかったのは、派遣社員の場合、もしも反抗をすると、勝っても負けてもその先にある運命に、大差はないということだ。
435:気付いたら名無しだった
勝ってもダメだったのか?
449:気付いたら名無しだった
>>435 たとえば見た目の弱々しい人や、性格のおとなしい人だったら、どんなに文句を言っても、そもそも正社員からは相手にされない。
むしろさらに酷い仕打ちを受けるようになる。報復的な嫌がらせが慢性化し、自分から辞めていくように追い込まれる。
一方で、ワイみたいな強面の人や、雰囲気的に強そうな人が逆らうと、さすがに正社員も一時的にはおとなしくなる。
表向きには完全に勝利したような感じになる。
実際に状況が改善されたりもするし。
ところがその数日後、文句を言った派遣社員は派遣会社の担当者から、いきなり次回の契約を更新しないということを伝えられる。
456:気付いたら名無しだった
>>449 邪魔だから辞めてもらうってわけか?
470:気付いたら名無しだった
>>456 そのための派遣という立場だったんだろうな。
簡単にいつでも切れる都合のいい存在。
ワイの場合は、さすがに我慢できないことがあったから文句を言ったんだ。
そしたら急に待遇がよくなった。
で、安心してたら、数日後にいきなり派遣会社から電話かかってきて、『来週から仕事に行かなくていいですよ』って伝えられた。
最初はどうしてなのかさっぱりわからなかった。
ワイは真面目で勤勉な性格だ。他の人達以上に作業をしっかりやっていた。ミスもほとんどしていない。
それに体が丈夫だったから、体調を崩しての欠勤などもまったくない。
同じ時給の他の作業者の、2倍以上は動いていたはずだ。
なのに……。
ワイは仕事に行かなくてもいい理由を尋ねた。
しかし担当者は何も教えてくれなかった。
471:気付いたら名無しだった
イッチ、それ、当時の派遣あるあるやで
476:気付いたら名無しだった
こういう派遣の人、ネット漁ればいっぱい出てくるな
481:気付いたら名無しだった
>>470 最近は音声とか画像とかの証拠を残されてる可能性もあって、そういうことはできなくなってるみたいだけど
482:気付いたら名無しだった
当時はワイと同じように理不尽な目に遭った人がたくさんいた。
社員にたった一言クレームを言ったせいで、いきなり首を切られる。
理由を訊こうにも、話し合いの場すら設けてくれない。
むしろたった一度でも派遣先で逆らった派遣社員は、所属している派遣会社からも冷たく扱われるようになった。
『次の職場は、時給が150円くらい安くなるけど』
『現在の寮からだと、通勤時間が倍以上になるけど』
『それが嫌だったら、違うお仕事を見付けた方がいいかもしれないですね』
こういった意地悪な条件ばかりが提示されてたような気がするわ。
483:気付いたら名無しだった
何人辞めても次から次へと登録者がいた時代だから、派遣会社も強気だった。
それにこれは現在でも同じかもしれないけれど、当時の派遣会社の多くは、辞める理由を絶対に会社都合にはしようとしなかった。
たとえ明確なコンプライアンス違反があったとしても、意地でも自己都合にさせようと屁理屈をこねていた。
本当に酷い労働環境だった。
おとなしく従順な人は虐げられる。
反抗的な態度を取る人は、自分から辞めるように嫌がらせをされる。
486:気付いたら名無しだった
ワイ、派遣で長いこと働いてるけど、こんな酷い目に遭ったことないで
489:気付いたら名無しだった
>>486
長いってどれくらいだよ?
490:気付いたら名無しだった
>>489 5年くらいかな
493:気付いたら名無しだった
>>490 それだと昔の派遣の辛さはわからんわww
500:気付いたら名無しだった
思えば当時の派遣社員に対するクソみたいな状況が改善されたのは、あまりにも唐突だったような気がする。
たぶん2012年とか2013年とか、そこくらいを境に、いきなり好待遇になった。
法律とか世論を動かす事件とか、色々なことが重なった結果だったんだろうな。
ずっと当たり前だったサービス残業が社会問題となったし、パワハラの被害が次々と明るみに出たのもこの頃だったような気がする。
502:気付いたら名無しだった
団塊の世代が退職し始めたことで、人員不足となったのも境遇改善の理由だと思うで
504:気付いたら名無しだった
そういえば、ウチの会社でも、それくらいから急に社内の雰囲気が優しくなってたわ
506:気付いたら名無しだった
逆に、「残業するな!」「定時で帰れ!」「有給休暇使え!」みたいな、変なパワハラが始まったけどなww
509:気付いたら名無しだった
人員不足は、本当に待遇への影響が大きかったと思う。
本当に何の脈絡もなく、唐突に、ある瞬間から、急に派遣社員の奪い合いが始まった。
人員確保のために、派遣社員の待遇が次々と改善されていった。
多くの企業で時給が引き上げられた。
さらにはこの頃から、派遣社員でも有給休暇を普通に申請することが可能な空気になった。
むしろ有給休暇を使用することが推奨されるようになり、2018年くらいからは、絶対に有給休暇を使わなければならないと、半強制的に上から指導される状態になった。
年金や健康保険など、以前はかなり多くの非正規雇用者が自腹で入る必要のあったものも、いつの間にか完備されているのが当たり前になった。
残業しなきゃいけない雰囲気が一変して、「定時で帰れ!」って怒られるようになった。
これまで派遣社員に対して、ずっと蔑ろにされていた労働基準法が、ようやく遵守されるようになったんだ。
511:気付いたら名無しだった
ホント、思い返せばたった1年とか2年で、環境がガラリと変わったな
512:気付いたら名無しだった
正社員からの扱いも、激変した。
多くの会社、特に中小企業では、育てた派遣社員にいきなり辞められるわけにはいかなくなったことで、差別的な扱いをされることが減った。
むしろもの凄く過保護な扱いをされるようになった。
遣い潰されるのが当たり前な時代を経験しているワイとしては、優しくされ過ぎて、逆に気持ち悪く感じるくらいだった。
515:気付いたら名無しだった
>>512 ワイも有給休暇使って欲しいと頼まれた時は、度肝抜かれたわ。
前年までインフルん時くらいしか使用したことがなくて、溜まる一方だったのに
518:気付いたら名無しだった
そんな好待遇ラッシュの中、ワイが最後に働いていた工場は、派遣を蔑ろにする古い体質が残ってた方だった。
それでも若い頃の派遣先に比べれば、残業代は出るし、有給休暇も取得できるし、体調が悪い時には休ませてもらえるし、遙かに労働環境はよかった。
で、話は戻るけど、本当にツラい時代を生き抜いてきたワイだぞ。
ちょっと面倒くさくてワガママなだけのN島を最初に殺す相手として選んだのは、どう考えても不自然でしかない。
もっと最低な上司をたくさん知っているのに……。
519:気付いたら名無しだった
そんなことを、赤羽の公園でベンチに座りながら考えてたら、急にポケットの中が震えた。
スマホだ。手に取って画面を見ると、A子からSNSを利用した無料通話がかかってきていた。
通話の文字をタップする。
荒げた呼吸音と、〈『ワイくん! ちょっと面倒なことになっちゃった』〉という、少し早口な声が聞こえた。
「面倒なこと?」
ワイは眉間にシワを寄せ「何があったんだ?」と尋ねた。
〈『詳しくは直接会ってから話すよ。とりま赤羽駅の近くで落ち合いたいんだけど』〉
「駅の近くにいればいいのか?」
〈『うん。すぐに見付けられる場所だと助かるかも』〉
だったら今から駅に向かおうと立ち上がった。
するとちょうど脇の道路を走っているリュックを背負った女の子の姿に気が付いた。
A子と背恰好が似ている。まさかと思い、「A子、今、ひょっとしてだけど赤羽公園の近くにいるか?」と電話口で訊いてみた。
〈『え? どうしてわかったの?』〉
「いや、僕もそこにいるから」
〈『――え?!』〉
A子が公園の方に目を向ける。しばらくキョロキョロする。やがてワイの姿に気が付くと、急いで駆け寄って来た。
522:気付いたら名無しだった
「よかった……。ワイくんに会えた」
スマホの通話を切って、ワイの腕にしがみつく。
「慌ててるみたいだけど、どうかしたの?」
「ちょっと面倒な人に出会っちゃってさ。……ま、わたしのお父さんなんだけどね」
「お父さん?」
523:気付いたら名無しだった
わけありの匂いがするな
525:気付いたら名無しだった
本当の父親か? パパ活とかじゃないのか?
526:気付いたら名無しだった
「駅に向かいながら話すよ」とA子に腕を引っ張られたので、ワイは促されるままに歩き出した。
A子は辺りをかなり気にしているようだった。
「ワイくんはさ、最初に会った時、わたしが『洗脳されてる』って言ったの覚えてる?」
いきなりの質問にちょっと驚いたけど、すぐに「ああ……あれか」と思い出した。
どうせネタみたいなものだと思って、最初はあえて反応しなかったのだけど……
「たぶんワイくんはさ、ウソだって決め付けて、適当に聞き流してたんじゃないのかな?」
その通りだった。
「ゴメン」と謝っておく。
するとA子は「別にいいよ。普通の反応だと思うし」と肩をすくめた。
528:気付いたら名無しだった
女さん、イタい発言だっていう自覚はあったんだな
533:気付いたら名無しだった
ちなみにワイはこの時点でも、洗脳なんてものは信じていなかった。
だいたい本当に洗脳されているとしたら、こんな奔放な性格はしていないはずだと思う。
だけど言っても面倒なことになりそうだから止めておいた。
代わりに「その洗脳って、父親からされてたのか?」と尋ねた。
するとA子は首を横に振った。
「違うよ。お父さんはわたしを心配してくれてて、救い出そうとしてくれてるの」
「だったら何でA子は逃げてるんだ?」
「わたしがお母さんに洗脳されてるからだよ。だから救おうとしてくれてるお父さんから逃げてるの」
534:気付いたら名無しだった
は?
535:気付いたら名無しだった
どういうこと?
539:気付いたら名無しだった
この女さん、頭大丈夫か?
540:気付いたら名無しだった
ワイもさっぱり言っていることの意味がわからんかった。
「ちなみにA子は、家出をしてるって言ってたけど」
「うん。わたし、家出してるよ」
「それは、父親から逃げるためなのか?」
「違うよ。お父さんから逃げるのが目的じゃない」
「じゃあ、どうして……」
「まあ、わけわかんないよね。普通は……」
A子がどこか遠くに目を向ける。かと思うと急にワイに向き直った。
「ワイくんには特別に教えてあげるね。
わたしがされてる洗脳には、三つの絶対的なルールがあるんだ」
「三つのルール?」
A子はゆっくりうなずいたあと、指を一本一本立てながら言った。
「まず、わたしは絶対にウソをつけないの」
いきなりウソだとわかるものから入ったことで、ワイはつい、鼻で笑いそうになってしまった。
だけどA子が思いの外真面目な顔をしていたので我慢しておいた。
541:気付いたら名無しだった
「次に、わたしをこの洗脳されている状況から救い出そうとする人からは、どんなことをしてでもいいから、全力で逃げなきゃいけない。
だから救おうとしているお父さんからわたしは逃げてるんだ」
「じゃあ、もしも僕がA子を救おうとしたら?」
ワイが口にした可能性に「そんなつもりなんてないくせに」とA子が目を細める。
その通りだったので、ワイも否定はしなかった。
「最後は、わたしのことに関してどんな勘違いをされても、そのことを受け入れなきゃいけないの」
「つまりA子は、周りからあえて勘違いされたままでいるってわけか?」
「そういうことだね。勘違いしてる相手に、本当のことを教えたりは基本的にしない」
「その三つのルールって、破ることはできないの?」
信じてはいなかったけど、一応、ワイはA子が口にした設定を確認してみた。
「もしもA子が洗脳に逆らおうとしたら?」
「前に試したことがあるんだけど、その時にはパニック発作を起こしてる。
とりあえず元には戻れたけど、お母さんが言うには、この三つのルールの内一つでも破ったら、自殺をしちゃうように幼い頃からわたしはすり込まれてるみたい。
本当かどうかわからないし、自覚もないんだけどね」
ワイは正直、呆気に取られていた。
そんな洗脳をするだなんてこと、本当に可能なのだろうか?
542:気付いたら名無しだった
可能だな
544:気付いたら名無しだった
>>542 暴力と優しさを繰り返すとかだったっけ?
545:気付いたら名無しだった
>>544 そのやり方とはちょっと違うけど、やろうと思えば自殺を促すことはできたはず
海外だとそれで社会問題にもなってたりするし
549:気付いたら名無しだった
>>545 そうなのか?
とりあえずワイは、これまでの人生で、洗脳されてるヤツと会ったことがなかったから、やっぱりどう考えてもA子の言ってることは、適当な作り話のようにしか思えなかった。
仮に今の説明が全て本当なのだとしたら、A子がこんな飄々とした態度ではいられないはずだとワイは思ったんだ。
551:気付いたら名無しだった
確かにちょっと前に流行ってた、自分の取扱説明書っぽいよな
557:気付いたら名無しだった
>>551 同感だ。ワイは全部A子の考えた妄想だと思ってた。
そうこうしている内に、赤羽駅にたどり着いた。
A子がワイの腕を引っ張ったままズンズン前に進んで行く。
そろそろ改札なので、ワイはモバイルSuicaの入っているスマホを取り出そうとした。
ところがそのタイミングで、急に体を横へ引っ張られた。
A子かと思って目を向ける。
すると違った。彼女の背負っていたリュックを引き寄せた人がいたのだ。
突然のことに驚いたA子だったけど、相手が誰なのかわかった瞬間に大きく両眼を見開いた。
「――お父さん?」
559:気付いたら名無しだった
パッパさん登場?!
560:気付いたら名無しだった
ちなみにこの人は画像が色んな所にあるから、知りたい人は検索してみればいい。
茜の母親、逆瀬川彩胡の旦那で調べてもいいし、経営してるクリニックのホームページでもいい。
563:気付いたら名無しだった
>>560 イッチが石戸谷洋平だったとしたら、殺害された10人目としても紹介されてるで
565:気付いたら名無しだった
>>560 >>563 だから個人の特定はするなとアレほど……
570:気付いたら名無しだった
A子は身を捩って父親の腕から逃れようとした。
お腹周りの出ている小太り体型だったし、A子の父親は、あまり力が強くないのだろう。
あっさりリュックから手を放した。
自由を取り戻したA子が、慌ててワイの背後に隠れる。
すると父親はワイを真っ正面から見据え、掠れるような声で言った。
「キ……キミはいったい、わ、私の娘と、い、いい、いったいどんな関係なんですか?」
たぶんこの人は、ワイの見た目に脅えていたんだろうな。
目は泳いでたし、唇も微かに震えていた。
573:気付いたら名無しだった
イッチ、見た目ヤバいもんなww
574:気付いたら名無しだった
それでも父親は娘のために頑張って勇気を振り絞ったのだろう。
だけどA子は塩対応で「ワイくん、早く行こ!」とワイの体を改札の方へ押し始めた。
すると父親が裏返った声で叫んだ。
「A子! どこへ行くつもりだ?!」
それからワイの横に回り込んで、A子の左腕をガシッと掴んだ。
途端にA子が「ひきゃぁあぁぁああ!」という叫び声をあげた。
ホント、ビビるくらいの悲鳴だったな。
それがコロナ禍で人が少ない構内に響いたもんだから、多くの人達が目を向けてきた。
異変に気付いた駅員が、恐る恐るといった感じで近付いて来る。
スマホを取り出し、動画の撮影を始めた人もいたと思う。
このままだと警察を呼ばれてしまうのは間違いないっていう状況だった。
赤羽駅には交番が隣接しているから、すぐに駆け付けて来るだろう。
でもそうなったら、ワイとしても厄介だった。
まず、この3人の中だと、見た目的には、ワイが絶対に一番怪しい。
575:気付いたら名無しだった
イッチww
580:気付いたら名無しだった
それにワイの中にいる“クライ”が殺人を犯している状況で、警察と関わるのは危険でしかなかった。
すでに殺人犯だってバレてる可能性もあったし……。
だからワイとしては、警察が来る前にどうしてもその場から離れたかった。
なのにそんなワイの焦りなんて関係なく、A子がまたしても悲鳴をあげる。
さらには父親から離れようと暴れ出した。
今度は父親も必死にしがみついているので、簡単には振り解けない。
「周りに迷惑だから叫ぶな! A子!」
説得にならない説得をする父親を前に、ワイはもう、オロオロすることしかできなかった。
その時、A子が一際大きな声で叫んだ。
「ちか~ん! 痴漢! 痴漢! ちか~んッ! 胸触られたあ!」
さすがにこの台詞には驚いたのか、父親が一瞬怯んだ。
581:気付いたら名無しだった
ある意味、最強のパワーフレーズやな
582:気付いたら名無しだった
反射的に父親が手を引いた。
A子はその隙を逃さなかった。ワイの体を改札の方に押した。
だけどワイはモバイルSuicaの入っているスマホを用意してなかったから、改札バーに行く手を阻まれてしまった。
「ワイくん! 何してるんだよ! 早く!」
A子にメッチャ急かされた。
慌ててポケットからスマホを取り出し、センサーに翳した。
改札を抜ける。背後を振り返る。
警察や駅員が駆け付けて来るのが見えた。
するとA子が叫んだ。
「そこの太ってる人、痴漢です! いきなりわたしの胸触りました!」
A子の叫び声を聞いたからなのか、警察はワイらを追って来なかった。
A子の父親を捕まえるのを優先しようとしてた。
駅員も何故かワイらを止めようとはしなかった。
これが噂に聞く(自称)被害者への過剰な配慮というヤツなんだと思った。
583:気付いたら名無しだった
やっぱりこれって、不平等だと思うわ。
車の事故とかだと、双方が警察から事情聴取されるのに、痴漢はされたって言い張ってから勝手に逃げてもいいという現実。
584:気付いたら名無しだった
A子と一緒にエスカレーターを駆け下る。
ちょうど湘南新宿ラインが発車するタイミングだった。
ドアが閉じるギリギリで駆け込む。
A子の父親は追いかけて来ていなかった。
詳しくは見てないからわからないけど、痴漢の冤罪で警察に捕まっていたんじゃないかと思う。
586:気付いたら名無しだった
パッパさん可哀想だわ
587:気付いたら名無しだった
何はともあれ、無事に電車に乗ることのできたワイとA子は、新宿駅で小田急線に乗り換えた。
海老名まで向かってる間、車内でA子は一言も発しなかった。
表情も暗かった。
スマホを操作していた時間はあったけれど、目は虚ろで、どこか上の空だった。
気の利く人だったら、こういう時は気分を紛らわせてあげたりするんだろうな。
でも幼少期からずっと他人に過度な干渉をしないように生きてきたワイには、どういった言葉を選べばいいのかなんてわからなかった。
話しかけるタイミングすら掴めない。
一方でワイも、A子のことを気にしていられるだけの精神的な余裕はなかった。
仕事を失ってから、何故か記憶を急に失うという意味不明な現象に襲われていたからだ。
しかもワイの場合は、意識がどこかに消えてる間に、かつて恨みを抱いてた人を殺害しているかもしれないし……
590:気付いたら名無しだった
ワイはスマホで、“クライ”のブログを開いた。
これで何度目となるかわからない【復讐の部屋】というおどろおどろしいトップページが表示される。
スワイプして下の方へ画面をスクロールさせていくと、ホテルで確認した時と微妙に違っていることに気が付いた。
具体的には、下に表示されている名前の中に、色が変わってアンダーバーが付いているものが追加されてたんだ。
新たにリンクが貼られていたのは【M波】【A場】【Y田】の三名だった。
592:気付いたら名無しだった
イッチ、また殺したのか?
611:気付いたら名無しだった
>>592 ニュースとかで確認できる限り、ちょうどこのタイミングで殺したことになってるみたいだな。
でもワイにはまったく記憶がない。
それにホテルで目覚めたら時間が経過していたこれまでとは違って、ワイには記憶を失っていたであろう時間もないはずだ。
612:気付いたら名無しだった
不思議に思ったワイは、とりあえず新たに貼られたリンク先がどうなっているのかを確かめてみることにした。
まずは【M波】だ。
さっそくタップする。と同時に、ワイは表情筋を強張らせた。
N島や他の被害者同様、殺害後と思われるM波の画像が何枚も表示されていたからだ。
ただ、今回ワイは記憶を失っていない。
つまり“クライ”とワイが同一人物だったとして、入れ替わっていたタイミングなんてなかったはずだ。
なのに……。
613:気付いたら名無しだった
恐る恐る【A場】や【Y田】もタップしてみる。
……結果は同じだった。
614:気付いたら名無しだった
タヒんだ画像が乗ってたのか?
625:気付いたら名無しだった
>>614 そうだ。
どちらも殺害した直後に撮影したのだとわかる画像で埋まっていた。
ワイは今回の被害者がどこに住んでいたのかを思い出そうとした。
昔の職場だからかなり前になるけど、忘年会だか何かの飲み会の際、A場が川口で暮らしてるって話は耳にしたことがある。
それにY田が十条駅を利用しているのは、通勤電車で被ったことがあるから知っていた。
どっちも赤羽から近い。
もしも殺害したのが今日だったとしたら、ワイでも可能ではあったのかもしれない。
そこまで考え、急に嫌なことに気が付いた。
A子を待っている間、意識が飛んでいたかもしれない時間があったってことを思い出したんだ。
628:気付いたら名無しだった
ん? 読み返してみたけど、今回、イッチに記憶飛んでるタイミングなんてあったか?
632:気付いたら名無しだった
>>628 過去を回想していた2時間だ。
もしもその時に“クライ”がワイの体を勝手に動かしていたのだとしたら……。
635:気付いたら名無しだった
人格が入れ替わって、殺して、また同じ場所に戻ってきてたってのか?
638:気付いたら名無しだった
>>635 仮にその通りだとしたら、ちょっとしたやべーな
644:気付いたら名無しだった
>>635 たしかに地理的には可能だろうけど……
661:気付いたら名無しだった
色々な疑問はある。
だけどすでにあり得ないはずのことが、身の回りで何度も起こってる。
ワイは浮かんだ可能性を完全に否定はせず、あくまでもできるかどうかだけを考えてみた。
その結果、A場とY田なら、殺害することが可能だったという結論になった。
あくまでも、移動時間的には……ってことだけど。
しかし仮に2人を殺害できたとしても、M波だけは絶対に無理だ。
何故ならM波が購入してたはずのマンションは、大鳥居駅の近くにあったからだ。
663:気付いたら名無しだった
大鳥居駅? てことは京浜東北線から京急乗り換えか
665:気付いたら名無しだった
イッチがいた赤羽からだと、電車で往復するだけでも1時間以上はかかるな
680:気付いたら名無しだった
>>665 そうだろ?
仮に回想していた時間全てがクライと入れ替わっていたとしても、往復することすらできない。
それでも詳細情報を確認しようと、新たな3名の犠牲者が、それぞれニュースになっていないかどうかを調べてみた。
だけどいくら検索しても、どこにもそれらしい記事は見当たらなかった。
ただ、実際に遺体の画像が“クライ”のブログに掲載されていた以上、まだ見付かっていないだけだと考えるのが妥当だ。
681:気付いたら名無しだった
次にモバイルSuicaの使用履歴を確認してみた。
その結果、A子と一緒に赤羽へ向かった時と、こうして海老名まで戻っている最中の履歴しか残っていないことがわかった。
つまり大鳥居は勿論、川口や十条にも、電車で移動していないってことになる。
でも絶対というわけじゃない。あくまでもモバイルSuicaは使用されてないってだけだ。
普通の切符を使った可能性も残ってるし、現金がいくらあるか確かめておこうと、財布の中身も開いてみた。
いくら入っていたかハッキリと細かい金額まで覚えていたわけじゃない。
でも、何となく直前に見てた時と大差が無いような気がした。
682:気付いたら名無しだった
やっぱりワイには、“クライ”とかいう別人格なんてないんじゃないかという、希望混じりの疑念が強くなってくる。
そのタイミングで
「ねえ、ワイくん」
いきなりA子から名前を呼ばれた。
反射的に顔を上げて、「どうかしたのか?」と尋ねる。
「わたしさ、ワイくんって、頭がいいんだなって思ったんだ」
どうして突然そんなことを言ってきたのかがわからない。
ワイは首を傾げた。
689:気付いたら名無しだった
たしかに脈絡がないな
701:気付いたら名無しだった
どう反応するべきか悩んでいると、「ワイくんは、わたしの知ってるどんな大人達とも違うね」とA子は続けた。
やっぱり意味がわからない。
「違うってのは、見た目的な怖さのこととか?」
そう尋ねると、A子は小さく噴き出した。
「確かに外見が怖いってこともあるけどね。でもそれ以上に、ワイくんって反応が全然違うんだよ」
「……反応?」
「うん」
A子がコトンとワイの肩にもたれ掛かってきた。
「だからわたし、ワイくんには色々なことを話しちゃったんだと思う」
「色々なこと?」
「わたしがされてる、洗脳についての詳細とか……」
「いや、洗脳についてって、出会って間もなかった頃、まだお互いのこと何も知らないのにいきなり言ってきてたような気がするけど?」
「アレとは別だよ」
A子が苦笑を浮かべる。
「アレは、ワイくんが面倒くさい人かどうかを確かめるためにしたことだったの」
面倒くさい人かどうかを確かめる?
わけがわからなった。
だからワイは尋ねた。
「いったいどういうこと?」
「洗脳されてるって告白してもね、どうせ大半の人は信じてくれないんだよ。ワイくんだって、最初は完全にスルーだったもんね」
703:気付いたら名無しだった
確かに、普通は「洗脳されてる」なんて言われても、まともには相手をせんわな
706:気付いたら名無しだった
>>703 ワイも同じ感想を抱いた。
だけどA子に言わせれば違うらしい。
「わたしみたいな女の子がね、『洗脳されてる』って言うと、信じたとしても信じなかったとしても、厄介な反応をする人が世の中には多いんだ」
「厄介な反応?」
「わたしは頭が弱くて、イタい娘だって勝手に勘違いしちゃうってこと。
だから理解者のフリをして、距離をやたらと詰めてくるの。
特に男の人の場合は、性欲丸出しな顔になっちゃうことが多いかな」
708:気付いたら名無しだった
あー、察し
709:気付いたら名無しだった
わかるわ
710:気付いたら名無しだった
たしかにそういうヤツは多いな
712:気付いたら名無しだった
>>710 『どしたん』のことかww
716:気付いたら名無しだった
『メンヘラ』や『ヤンデレ』ってのが、簡単に性行為のできる対象だと勘違いされてるってのはある
717:気付いたら名無しだった
メンヘラやヤンデレを自称するような未成年の女の子の周りって、何故かそれなりに社会的な地位が高いであろうプロフィールの野郎どもが湧くよな。
で、あからさまにヤリ目的の偽善的なアプローチをしてるっていうww
719:気付いたら名無しだった
>>716 ワイは知らんかったけど、確かにそういう偏見はあるみたいだな。
「それで、僕は面倒くさくないと判断したってわけか?」
尋ねると、A子は「うん」とうなずいた。
「もしもワイくんが面倒な人だったら、わたし、違う誰かを探してたはずだし」
――違う誰かを探していた?!
妙に引っかかる言葉だった。
つまりA子は何か目的があって、ワイと接触をしたということなのだろうか?
「ワイくんはさ、今まで出会った大人の中だと、一番都合のいい人だったんだ。
こうしてある程度打ち解けた現在だって、わたしの事情について、詳しく訊いてこようとしないし」
A子が苦笑交じりに体を起こす。改めてワイに向き直る。
「普通だったらさ、洗脳とか、お父さんやお母さんのことについてとか、色々気になると思うんだよね。あと、わたしがずっと名字を内緒にしてることなんかも」
そういえばワイはA子の名字を未だに知らなかった。
722:気付いたら名無しだった
A子の正体って、誰だったっけ?
728:気付いたら名無しだった
>>722 逆瀬川彩胡の娘
730:気付いたら名無しだった
しばらく黙ってると、A子はワイの目をまっすぐに見つめながら言った。
「わたしね、ワイくんのそういう、あえて気にしないフリとかするところが大好きだよ。
だから誰にも言えなかった洗脳の詳細とかも、ワイくんにだけは教えることができた。
ワイくんなら、ウザい絡みとかしてこないって思ったし。
それにわたしの、このどうしようもできない状況を、どうにかしてくれそうな気もしたから……」
733:気付いたら名無しだった
イミフやな
737:気付いたら名無しだった
ひょっとして女さん、イッチに何か期待をしてたんじゃ……
740:気付いたら名無しだった
すまん。ちょっと疲れたから今日はここまでにしておくわ。
長々と付き合ってくれてありがとう。
741:気付いたら名無しだった
急だなww
743:気付いたら名無しだった
イッチ、次はいつだ? 明日か?
744:気付いたら名無しだった
>>741 できたら明日にしたいけど、もしかしたら少し遅れるかもしれん。
751:気付いたら名無しだった
待ってるで!
創作活動にもっと集中していくための応援、どうぞよろしくお願いいたします😌💦