見出し画像

生きたい

Kさんという女性のお話です。

彼女は本業と趣味のサブカルチャーの活動のため、SNSでの発信を活発にしていました。
当時はTwitterとFacebookが主流だったようです。
大学時代からの友達とのやりとりも、SNSを通じて行っていました。

彼女は当時30代、女性の30代だと、結婚・出産を超えて、育児の話題が増える年齢です。Twitterで流れてくる情報も、結婚、出産や育児、仕事に関する内容が多かったといいます。
また、Facebookの友達の情報は、出産・育児報告が多かったそうです。

Kさん、当時は流れてくる記事を目にする度、焦燥感に襲われたそうです。
なぜかというと、Kさんは、長年連れ添うパートナーは居ましたが、不妊に悩んでいました。
不妊治療も費用の可能な範囲で取り組んでいたそうです。

でも、子どもに恵まれない。

友達の日常報告は、彼女が求めていた子どもの話に溢れています。
あまり人を羨むことのなかった彼女も、見たくない記事であるのに、なぜか目で追ってしまう。
そんな日々が続きました。
ですが、傍目には誰もKさんの焦りには気づかなかったそうです。


その日、Kさんはベッドの上で、ヘッドボードにもたれるように座り、スマホを操作していました。
パートナーさんは仕事で不在でした。
彼女はいつもどおり、当たり障りのないコメントを書き、いいねを押して・・・と、流れで書き込んでいました。

すると、ふと、子供の声が聞こえたらしいんです。
「・・・たい。ったい。」
聞き間違いじゃないんです。
なんだろうなと、そちらに集中しますと、小さな可愛らしい声で
「生きたい。生きたい」
って言っていました。
でも、ベッドの周りに誰もいないことはわかっています。

Kさん、オカルト好きな方で、心霊体験もちらほらあった方でした。

そのため、その声を聞いた途端。
「じゃあ、うちの子になる?」
って、思ったんです。

怪談で、幼くして亡くなった子供の霊に同情して、うちの子になりなよって誘って、子供を授かる話っていうのがちらほら聞かれます。
Kさんは不妊に悩んでいましたし、オカルト的なものもすんなり受け入れられる方だったんで、本当に、迷いなく思ったんです。

そうしますと、笑い声が聞こえました。
小さな、赤ちゃんの声のようだったといいます。
「ああ、これはOKの意味なのかな、」
彼女はそう思い、中に入っていいよ、と促したそうなんです。

すると、ずぶり、と臍の上あたりから小さな手が生えました。

どうやら背中側から入ったその赤ちゃんらしき霊が、Kさんの体を突き抜けて、ぷくぷくした右腕が出ていたっていうんですよ。
小さな手の甲が見えたんです。

でも、それを見ても、Kさん、怖くなかったそうです。
むしろ、ああ、これで赤ちゃん授かるんだろうなって安堵感さえあったんです。
ただ、出てくる場所が微妙に違う。

子宮はもう少し下だけど、子供だもん、わからないよね。
そんな様子も愛らしいなぁ、などと思っっていたら、その手が くるり と上を向いたんです。

あれ?
と思う間に、金縛りに会いました。

両手を合わせるようにしてスマホをもち、顔が下を向いている状態です。
スマホをもつ手と体の隙間から、上を向いた掌がゆらゆら揺れました。
そのうちに、それがゆっくりと登り始めたんです。

胃のあたりにきてやっと、まずいと悟りました。
このままだと、心臓に達する。
そこで気づきました。

これは、子どもになって生まれ変わりたいんじゃない。
命を等価交換して、生き直したいんだ。

確信めいたものを感じたそうです。
すると、一気に恐怖が襲います。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い

自由が利かず、どうしようも無い状況。
普段なら彼女は怖い経験をすると、お題目を唱えていたそうなんです。
日蓮宗の『南無妙法蓮華経』です。
でも、できなかった。
唱えなきゃって思うのに、思い出せなかったんです。
いや、思い出せないというより、記憶に集中すれば文字は浮かぶのです。
でも、その読み方が思い出せないんです。

そのせいか、どんどん気持ちが焦って行きます。
赤子の手はひらひらと上に上がっていきます。

ああ、誰か、助けてください!!
Kさん、本当に心の底から強く願ったっていうんです。

そうしましたら、
「ノウマクサンマンダ バザラダンセンダ マカロシャダ・・・」
口から、聞きなれないお経めいたものが出てきたんです。

その時は何が起きたか分からなかったのですが、思い返してみると、それは不動明王の真言でした。
確かに、Kさんは何度かお払いに行ったため、お不動さんの真言を唱えたことがありました。
でもその時は、本当に意識しないで口をついて出てきたのです。
しかも、それは男性の声でした。

ずっと繰り返される真言
それでも、手のひらは止まりませんでした。
ゆらゆらと登り続け、鳩尾のあたりまできました。

ああ、もうだめだ、

唯一自由になるのは意識だけ、その意識も死を覚悟するだけでした。
死を覚悟した次の瞬間、けたたましい音と、数秒遅れて続くバイブレーションがありました。
驚きに、体が飛び上がり、スマホが手から離れます。ベッドから落ちて、ガツンと激しい音がしました。

体が飛び上がると同時に金縛りが溶けていました、赤子の手も消え、赤ちゃんの笑う声も聞こえません。
口をついて出ていた真言も聞こえません。

心臓がドキドキと早鐘を打ち、口から飛び出さんばかりに感じました。
とにかく、誰かに連絡したい。
そう思い、スマホを見れば、まだ、呼び出し音が鳴っています。
Facebookの通話機能でした。
Kさんは慌てて、耳に当てると、聞こえてきたのは、数年前の同僚だった人でした。
「何もないんだけど、どうしてるかと思って連絡したの」
開口一番、電話の相手はそんなことを話したのでした。


結局、Kさんはその後子宮に異常がみつかりまして、子供を諦めなければならなかったそうです。


「どんなことがあっても、不用意に侵入を許してはいけないよ」
・・・というお話でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?