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父の人生を変えた『一日』その72 ~憧れの人~

その72 ~憧れの人~
 井上専務が言った。
『おいライオン、西垣林業と商売どうなっている?』
『絶好調で大前専務との商売、名古屋の社長の弟さんとの商売色々と商売させて頂き非常に巧くいっております。何かありましたか?』
『本社に社長・専務来社あるので飯を食うことになっている』
『良いですね。商売は順調なので上の方は上の方で好関係を続けて下さい』
とお願した。河内弁で『わかった』との一言であった。
 井上専務が麻雀東1局で9竹を親の1巡めで切った。ライオン大きな声で『ロン』と言った。役萬である。ふーん、と不機嫌そうな声で驚いた。大阪弁で『あほ』と言った。麻雀で負けると弱いと言っては怒るし勝つと怒るし大変な御仁であった。どうせ怒られるなら勝った方がいいと思ってしっかりと当時大枚を頂いた。
今、罪滅ぼしで色々と季節の物をたまに送っている。必ず奥様の達筆な葉書の礼状がくるのである。ある時に金融界のドン住友銀行の堀田頭取の葬式に一緒についてこい言われて同行したことがあった。
焼香台があって会社関係と書いてあるが井上専務なかなか記帳しないのである。後で聞いたら前で記帳している人が第一勧銀の頭取であったらしく3歩下がって敬意を表し待機していたのである。金融業界でも上下関係がしっかりとしていたのである。分厚い香典をかなりの数持参した覚えがある。財務・経理畑で出世街道驀進してきた井上専務は人間的にも非常に面白い人であった。


~倅の解釈~
 あらためて親父の文脈から読み取れる井上専務に対する「憧れ」に少し嫉妬すら覚える。間違いなく、親父は井上専務の足跡を追いかけていた。あこがれていた。ラブレターを書くように井上専務との時間を自慢する。以前、述べたように、親父はあまり井上専務の話し自体はしなかった。それだけ宝物だったのである。
 私もそうであるが、人は真似から入る。親父はまさしく井上専務の行動、言動をまねていたに違いない。そこから様々な学びを得ていた。先輩、師匠など目上の方のどこを見るか。非常に重要なことである。親父からは何度か麻雀を学んだことがあるがよく言われた。
『捨て杯を見ろ。捨て順を見ろ』
 要はその人の「降り方」から学べということである。この『降り方』を私は小さな小さな素振りと解釈して親父をじーっと観察したこともあった。小さな小さな素振り。そこに大事なエッセンスが含まれている。素振りを見てただ単に真似たらただの馬鹿者。なぜその素振りを行ったかを徹底的に推測して想定して、真似てみて、失敗して、何度も繰り返して初めてわかる学びがそこになる。
 空手道も同じである。先輩、師匠、先生、師範の技を見て盗む。気の遠くなる真似事という鍛錬を重ねて初めて自分の技となる。決して手取り足取り教えてくれない。教えを希望してはならない。なぜならこの背中を追いかけ沈黙の中から湧き出てくるプロセスが重要であるからだと信じる。

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