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時間は横に流れ、社会は縦に重なる


経済をシンプルにしていくと、モノとモノの交換ということになる。現代では、モノがグローバルに流れる。海外で生産されたモノが、国内に帰り新たなモノになり、再び海外へ売られて出て行く。

歴史的に見ると、モノのやり取りは、贈与から始まった。基本的には与えるのみ。見返りを期待せず、相手を想い、モノに気持ち託し、プレゼントする。

次に現れたのは、物々交換だ。ここでは人的要素は薄れ、モノ対モノの関係が色濃く出る。交換には、モノの価値が対等であること。

そして、物々交換は間接的になり貨幣を通して行われるようになった。そうすれば、自分が欲しいものと相手が欲しいがマッチングしなくても、お金さえあれば、いつでも交換できる。とても便利になった。

このように、モノのやり取りは効率的に変わっていった。時間軸で見ると、贈与→物々交換→貨幣交換となる。だが、その移り変わりは全てが消え去り、全てが新たに変わっていったわけでない。社会構造的に見ると、贈与を底辺に、物々交換が上に重なり、その上に貨幣交換がある3層構造になっている。

その視点で見ると、今は、貨幣交換の割合が最も高く、逆三角形のような形になる。それでも、物々交換や贈与が求められるのは、人間の本質には利己心と並列して利他心があるからだろう。

モノのやりとりの原点は、人の想いの交換であるならば、モノが余剰に溢れた社会で、人を満たすのはモノではなく、モノを通して感じる人の想いだろう。なぜなら、人は人の想いに感動するからだ。

貨幣交換、物々交換、贈与の3つの割合を自分の満足度に合わせて変えていくのもよいだろう。

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