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さいたま市民意識調査のここ5年程度の分を眺めてみた。
そして改めてびっくりしたことがある。
それは市から市民に投げられた質問のことだ。

その質問を見ると、さいたま市民意識調査の“意識”とは、さいたま市の地域情勢や行政施策に対する意識のことだからだ。

満足度という言葉を使うのも結構だが、意識調査で聞いているのは“地域”や”市(行政)”という客体に関する満足度だ。

市民が各々の人生の送り方に満足できているか否かの満足度ではない。

質問としては、例えばこうだ。

“最近の市のサービスはどうですか?”
“市の施策への不満はありますか?”
“市の住みやすさはどうですか?”
“この市を選んだ理由は何ですか?”
“市の職員のイメージはどうですか?”

などなど、全て市が自分について聞いているものばかりだ。

自分達ってどうですか?なんて市民に聞かないでも、他市と同一の指標を客観的に比較することによって
自分で少しは分からないのかな?とも思う。

なんだか、自意識過剰で情緒不安定な方からの質問かと思ってしまう。

たいへんしつこくて煩わしい。

さいたま市が3市合併により誕生したころ、私は、さいたま市で初めての保健福祉総合計画(地域福祉計画)の策定を担当した。

この計画は今も改定を重ねながら存続しているが、この計画の理念はこうだ。

「市民一人ひとりが、生活の場である「地域」において充実した人生を送ることができるよう、市民・事業者・行政が協働して、支え合い、尊重し合うコミュニティを築き、個人の状況に応じた効果的・効率的な保健福祉サービスを総合的に展開することにより、健康で、誰もが安心して長生きすることができる地域社会を実現します。」

多少、理念には当初から変更があるが、ほぼ理念の目指すものは当初から一貫している。

その要旨としては、

「市民の一人ひとりが充実した人生を送ることこそが目標で、そのために、個人の状況に応じたサービスを総合的に展開する。」ことが市の目標であるとするものだ。

それなのに、自分(市)のことばかり市民意識調査で聞いて、市民の一人ひとりについて、健やかでいらっしゃいますか?とか、悩みなく毎日をすごしていますか?等々、個々の市民がどういう状況であるのか、気にも留めていないような印象を受ける。

上記に記した保健福祉総合計画の理念には、できれば行政がone-to-oneで市民に相対して、市民の状況によって、個々に必要な施策を市民一人ひとりに収斂させるとの意味合いが含まれたはずだ。

しかしながら、このように自分のことばかり市民に聞いて、その結果を得たところで、この理念はけっして実現しないだろう。

これは、基本的な態度としてどうなんだろう。
少なくとも市民個々の思いは拾えていないんだろうなと思ってしまう。

自治体にとって自分がどう思われているかなんて、どうでもいいんじゃないか。

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