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時代や世の中を変えていきたいのか

時代や世の中を変えていきたいのか、そのままそこに留まりたいのか。
それは人によって様々だろうと思う。
人によって生きる姿勢が異なるのは、それはそれで当たり前だとは思う。
ただ、時代や世の中を変えていきたいと行動を取る方々のいる地域と、そのままで留まろうとする方々が趨勢の地域では、おそらく見える未来が異なって来るのではないかと思う。
たぶん人間は本来進化する生き物だろうし、その性質としては、現状の不便な部分、理不尽な部分、恰好悪い部分は改善して、より便利で道理の適った格好良い世界や暮らしを望むものだろうと思うし、そうあって欲しいと思う。
なので、代替案の無いままに新たな方向性をただ非難するような行為は悲しいし、屁理屈をつけて現状をそのまま肯定しようとする態度も悲しい。怠惰な姿勢を崩さずに、悪戯に積極果敢な行為を自ら忌避して、時の過ぎ去るのをただ待っているような態度にはがっかりする。
我々を理不尽に統治せんとする力に対して、何にも考えずに、正義の観念も持たずにただ追随しようとする態度も許せない。
人間はやはり次の世代に向けて時代や世の中をインプルーブしていこうとする姿勢があると自分が生き生きするし、その自らの姿勢にプライドを持つことができるし生き甲斐を感じる。
正義とは何か、道理とは何か、未来はどうあるべきか、次の世代にはどうあって欲しいのか、自らの格好良い生き方とは何か、そのような考える姿勢を人生の基礎に置かない方は、おそらく自分のことだけは考えているんだろう。
そういう方々とは街づくりは一緒にしたくないし、一緒の世の中に居ることさえとっても嫌悪を感じてしまう。
進化・発展と人間の関わりにについて若干文献を見てみよう。
内閣府の資料に掲載されたOECDの調査結果によると、イノベーションの実現状況は、欧州の主要国では、大企業で80%台から90%、中小企業で60%から70%となっているが、日本では大企業で67%、中小企業では47%に留まっているという。
この資料には、この数字が低い様々な理由も書かれてはいるが、そもそも日本という社会に対する個々の態度の在り方(文化)にも問題があるのではないかと勝手に思う。
桃山学院大学の村山 博先生の論文“イノベーションの進化に関する研究”によると、
“イノベーションが人間社会と切り離されて科学技術単独で存在することは絶対にない。人間社会による取捨選択と言う洗礼を受けなければ,いかなるイノベーションも起こりえない。”“選択権は人間社会が握っており,最終的にイノベーションは人間社会に服従することになる。人間社会は,イノベーションの優秀性や卓越性や将来性を考えた科学的で合理的な選択ではなく,好みや印象や感覚による 非科学的で利己的な選択を行う。”とある。
人間の本性こそが非科学的で利己的だと切りすてられてしまえば、さらに良い未来など見えてくるはずもなく、もう現状の社会条件に甘んじて、皆が清貧にミニマリストとして生きている世の中にでもなるしかないだろう。
そうはならないことを信じるし、社会的に高い地位にある方々や公務を担う方々には、ノブレスオブリージュをしっかりと意識していただきたいと思う。

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