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【休校中の学生にもわかる!】望月新一教授のIUT理論について書かれた『宇宙と宇宙をつなぐ数学』独自解説

 自分が小学生だった時の懐かしい映像を実家で久しぶりに見ていた。運動会の徒競走で6人中5位になった時の映像だ。最下位になりそうだったが、一人の子が途中で転んでしまい5位でゴールできた。僕は脇目も振らずに喜んでいた。転んだ子は泣いていた。

 この映像を見ている今の僕が、当時の僕に対して「なに喜んでるんだ」と叱ることはできるだろうか。急に映像の中に現れて、自分の前に立って話しかけることはできるだろうか。または叱るのではなく、労いのハグをしてあげることはできるだろうか。

 『ロスト・イン・トランスレーション』という映画がある。この映画の冒頭にスカーレット・ヨハンソンの綺麗なお尻が登場する。僕がこれまで見てきた中で一番綺麗なお尻だ。今の僕がこの映画の中のスカーレット・ヨハンソンに対して「素敵なお尻ですね」と話しかけることはできるだろうか。

 もちろんできるわけがない。テレポーテーションは不可能どころか、小学校の時の僕も当時のスカーレット・ヨハンソンも今は存在しない。お互い歳を取ったし、お互いお尻の形だって少なからず変わっているはずだ。(この映画の内容を思い出そうとしてもどうしても思い出せない。思い出そうとするとスカーレット・ヨハンソンのお尻が出てきてしまう。そういう意味では今の僕は映画の登場人物に影響を与えることはできないけど、当時のスカーレット・ヨハンソンのお尻は今の僕の思考に影響を与えていると言える。)

 僕と映像の中の世界は、舞台が、宇宙が異なっている。どう考えてもこの異なる宇宙の間でのやりとりは不可能に思える。

 前置きが長くなってしまったが、望月新一教授のIUT理論(宇宙祭タイヒミュラー理論)とは、異なる数学の宇宙(舞台)間で情報を交換しようという試みである。

 望月教授は2年かけて既存の数学の枠組みではABC予想が証明できないという結論を出した。既存の数学の枠組みとは、一つの宇宙(舞台)で考えるということである。そこで望月教授は「新しい数学」を作ることにした。一つの宇宙(舞台)で不可能なら二つの宇宙(舞台)を作ればいい。そこで重要なキーワードが「たし算とかけ算を分離する」である。

 “一つの数学の宇宙では「たし算とかけ算が複雑に絡み合っている」ために、ABC予想の証明を困難にしていました。例えばABC予想以外にも、様々な整数論の問題を論じるときに、いつも必ず登場する「素数」を把握するのに、1、2、3、4、5…というたし算の側面だけを見ても意味がありません。1を足していってもどこで素数が登場するのかはわからないからです。「素数」は約数や倍数という概念を用いて定義されているように、すぐれてかけ算的な概念です。(中略)たし算やかけ算なんて簡単だろうと思われていますが、実はとても複雑でその間の関係を人類はだれも完全には理解していないのです。”

 “つまり今までの数学の考え方だと、たし算とかけ算が複雑に絡み合っていてある種のことができませんでした。それを可能にするために数学というもののやり方自体に新しい考え方を導入しよう。その新しい考え方が「足し算とかけ算を分離して、互いに独立のものとして扱う」という言説です。”

 「たし算とかけ算を分離する」ために異なる数学の宇宙を設定するとして、今の自分と映像の中の自分のような異なる宇宙の間でどのようなやり取りができるのだろうか。

 “複数の数学舞台を考えるのはいいが、その間にまったく関係がなく、まったくの没交渉なのだとしたら、全然意味がありません。我々の住んでいる宇宙の外に、また別の宇宙があるとしても、その間になんの関係も通信手段もなければ、別の宇宙なんてないのと同じです。”

 テレポーテーションが不可能なように直接的な「モノ」のやり取りはできない。なので「モノ」ではない何かを使って情報交換する方法を考える。

 “IUT理論が提案する、その情報交換のメディアは「対称性」です。”

 そこでモノが持っている性質としての「対称性」を分離して取り出す。「対称性」なら情報交換できる。その「対称性」を交換して「復元」する。その際「ひずみ」が生まれるのでそのひずみも計量し評価する。「対称性」「復元」「ひずみ」については詳しく説明できないので本書をお読みになった方がいい。

 この新しい考えは数学者の間でも簡単に受け入れられるものではなかった。例えば「人と違うことをしよう」と言う人は、所詮「人と同じ言語」を使ってるに過ぎない。望月教授のIUT理論は数学における一番基礎の、言語とも言えるたし算とかけ算から考え直すというもので、「人と違うことをしよう」という言葉をまだ誰も使ったことのない言語で伝えようとしているようなものだ。「人と違うことをしよう」という言葉でさえあまり受け入れられないのに、それが日本語ではなく誰も知らない言語で言われたらさらに理解は困難になるだろう。

 2012年の8月に望月教授が自身のホームページ上に論文を公開した時、最初は注目されたものの数ヶ月もすると多くの数学者が理解することを諦め始めた。そして諦めは疑念や不信感に変わっていった。話題にすることを避けるようになった。

 『宇宙と宇宙をつなぐ数学』は望月教授の親友である加藤文元教授によって書かれている。先日約8年の歳月を経て望月教授の理論がようやく受け入れられたが、加藤教授の功績も忘れてはいけない。よき理解者がいなければ、いまだに望月教授の理論は受け入れられてなかったかもしれない。本書がとにかく誰にでもわかりやすく書かれているのは、「IUT理論がいかに斬新で深遠な発想によって、数学の世界に革命を起こそうとしているか」をできるだけ多くの人に知ってもらいたいという思いからである。陳腐な表現になるが、望月教授と加藤教授の友情の物語でもある。

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