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私の夢の場

アニメ『ダンス・ダンス・ダンスール』を見て、バレエ少女だった記憶と夢と情緒など諸々が溢れてきちゃったアラサーです。幼稚園から中2くらいまでバレエやってました。

最後に出た発表会の演目はドン・キホーテだったから必然的に思い入れも強いのよね。
夢の場とかリハーサルの回数がかなり多かったから特に覚えてる。懐かしいなあ…

アニメ『ダンス・ダンス・ダンスール』ですが、ここ数年で見た地上波アニメの中でも要チェックや!の部類に入る期待大なものでした。なぜならバレエの動きを手書きじゃなくプロの全面協力を得てモーションキャプチャーをしているから。

舞台ものとか芸術要素のあるアニメの中でもバレエってかなり雑に扱われてて、バーレッスンやセンターの描写があると必ず「ああバレエ経験者がいなかったんだろうなあ」とがっくりきちゃうことが多かったんですよね。ターンアウトって分かる?そんなレベル。

ところがこのアニメかなり本格的なんです。バレエって個性を表出する芸術ではないので「正解の動き」が確実にあって。アニメと言えどもプロのモーションキャプチャ-、正しく動くからまあ美しいんです。そう、バレエってすべての動きが美しいんだよ…。
色々思い出しちゃいました。町のアトリエに通ってたんですけど子供から大人まで結構な人数いたから今思えば中規模のお教室だったなあ。

バレエは14歳頃にやめたのですが…。バレエそのものは好きでした。
フェッテも2回転できるようになった時は嬉しかったし、ポワントで立つのは気持ちがすっとする感じがして好きだった。ただアトリエが好きじゃなかった。一言で言えば雰囲気が良いとは言えなかったから。

これは習い事あるあるの一つだと思いたいんですけど、先生のお気に入りとそれ以外の扱いの差がまあ激しい。いわゆる学校のクラス内で自然発生するヒエラルキーみたいなもん。あの上位にいる人間はちょっと下手でも何故か優遇されてた。まあ町なかの教室レベルだからこんなことが起きるんであって、もっとレベルの高いところでは無いんでしょうけど…。
他にも少しでも肥えようものなら先生に衆人環視のもと平気でそれを小馬鹿にするような発言されたりしたし、レッスンは好きなのにアトリエへの嫌悪感が強くなっていった。

当時はこの言葉を知らなかったから無自覚だったけどルッキズムもかなり根深かった。バレエに限らず舞台芸術とルッキズムって永遠に切っても切り離せないテーマだと思う。

そしてそこに追い打ちをかけるように、13歳の時に先生から留学の声がかかったのに親が勝手に断っていた。しかもかなり時間が経った後の事後報告で発覚した。

別にコンクール出るでもないし、スカラシップを取得したいとかそんな大きな夢は無かったし、自ら留学したいと申し出るほど熱心な生徒でもなかった。
それでも先生から未来のある誘いを受けられたという自分の可能性があった事が何より大きな事実だった。事後報告とともに、自分には無かった自信を与えられた気がした。同様に、親にその可能性の道を閉ざされたと感じたのも事実だった。

これがバレエをやめた主因かもしれない。

そこからは部活動も忙しくなり、高校では学校がすべてになっていった。大学に入り、ダンススクールに通い始めた。ジャズやヒップホップなどバレエ以外のダンスを細々と続け、今に至るという。

そしてダンスールを見て、もう一度バレエやろうかなって気持ちが再燃しているという最近なのでした。

体力的に諦めかけてるし今はヨガしかやってないけど、またいつでも踊れる体を維持したいなあと、緩めに自分の中で決着つけたのでしたとさ。

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