見出し画像

国際商事仲裁 Day2

前回は、国際商事仲裁の全体像を説明しました。今回は、国際商事仲裁の4つの基本原理について説明します。

0 本稿のポイント

・①仲裁では、手続のルールも当事者が決められる。(当事者自治)

・②仲裁廷は、自ら、仲裁権限があるかどうかを決めることができる。(審理判断権限)

・③契約本体が無効だからと言って、それに付随する仲裁合意も無効になるとは限らない。(分離可能性)

・④すべての紛争が、仲裁に服することができるわけではない(仲裁可能性)

1 当事者自治の原則(Party autonomy)

日本の裁判では、裁判所が民事訴訟法等の手続法に従って、訴訟手続きを進めます。他方、仲裁では、当事者間の紛争を仲裁により解決することを決めること(これが仲裁合意)もできる上、仲裁の手続規則についても、基本的に当事者が選ぶことができます。

仲裁手続規則は、契約書であらかじめ明記するのが通常の実務で、記載例としては以下のようなものがあります。

「この契約からもしくはこの契約に関連して、当事者の間に生ずることがあるすべての紛争、論争もしくは意見の相違は、日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って、(都市名)において仲裁により最終的に解決されるものとする。」(JCAAホームページ)

また、前回説明したとおり、仲裁人も基本的には当事者が選ぶことになります。

さらに、日本の裁判所では、日本語を手続言語としますが(裁判所法74条、民事訴訟規則138条)、仲裁では、仲裁で使用される言語も当事者が決定することができます。この点は、個人的に要注意ポイントだと思っているのですが、例えば契約書の準拠法を日本法にし、仲裁地を日本にし、JCAA規則に基づいて紛争を解決する、という合意を予め締結したとしても、仲裁手続きで使用される言語が日本語になるとは限らないのです。

仮に、仲裁言語を明記せず、中国の会社との間で紛争が生じ、仲裁手続きを利用する場合、当事者間での合意がまとまらなければ、仲裁言語は仲裁廷が判断することになりますが、仲裁の平等取扱の原則(Equal Treatment)に基づき、仲裁言語は中国語及び日本語となる可能性があります。この場合、主張書面や証拠を中国語に翻訳しなければならない可能性もあり、時間とコストが無駄になるおそれがあります。そのため、仲裁合意条項を契約書に記載するときは、仲裁言語も明記したほうがよいといえます(後日、仲裁条項の書き方についても解説しますので、書き方についてはそちらを参照ください)。

以上、仲裁は、当事者自治の原則があり、裁判に比べて、当事者でルールを決めて、紛争解決に向け手続きを進めていけることができます。このような自由自在性が仲裁の醍醐味であり、最も興味を引かれるポイントであると私は感じています。

2 審理判断権限(Kompetenz-kompetenz)

Kompetenzとは、ドイツ語で権限を意味する言葉です。仲裁廷は、紛争を審理判断をする権限を持ちます。これが、言うなれば、第一のKompetenz(権限)です。

そして、本項のタイトルではKompetenz-Kompetenzと、Kompetenzという言葉が二つ並んでいますが、これには訳があって、つまりは、仲裁廷が審理判断する権限(第一のKompetenz)を持っているかどうかも仲裁廷が決めることができる、ということなのです(これをひとまず第二のKompetenzと名付けることにします)。若干、意味不明だと思うので、例を用いて説明したいと思います。

例えば、日本企業が1000万円の自動車を売り、中国企業はその代金を支払わなかった、というケースを想定してみましょう。両当事者は、互いに紛争が生じた場合は仲裁手続きを利用する旨の合意をしていました。

上記ケースで日本企業が中国企業に1000万円の売買代金を求め、仲裁手続きを利用した場合、仲裁廷が中国に1000万円の支払義務があるかどうかを判断するのが、第一のKompetenzです。

しかし、このケースでは、中国企業が、「仲裁条項は日本企業が偽造して作成したものであり、仲裁合意は存在しないから、仲裁手続きを利用することはできず、裁判にてお互いの紛争を解決すべきである」と主張し、仲裁廷の仲裁権限そのものを争いました。

このようなケースの場合にどのように解決すべきかは、仲裁法23条1項に規定されています。

「仲裁廷は、仲裁合意の存否又は効力に関する主張についての判断その他自己の仲裁権限・・・の有無についての判断を示すことができる」(仲裁法23条1項)

すなわち、仲裁廷は、上記のようなケースで仲裁合意が有効かどうかも、自ら判断できるのです。このように仲裁廷は自己の審理判断権限(第一のKompetenz)の有無をも決めることができる権限(第二のKompetenz)を持っているのです。

この点は、大方の仲裁機関の仲裁機関によっても定められています(例えば、JCAA規則47条1項、SIAC規則28.2項)。

3 契約との分離可能性(Separability)

仲裁合意は、契約本体(例えば売買契約)の有効性とは別に判断されます。つまり、契約が詐欺取消等で無効になったとしても、契約書に記載された仲裁合意が自動的に無効になるとは限らない、ということです。

例えば、日本企業がアメリカの企業と契約をし、アメリカの会社が売買代金を支払わないために、仲裁合意に基づき仲裁手続きを利用した際、アメリカ企業が、日本企業の詐欺により契約をしたとして、契約の効力を争ったケースを想定して考えてみましょう。

仮に、詐欺の事実が認められ、売買契約の効力が無効になった場合、感覚的には契約書に書いてあること全てが無効になるような気がするものです。

しかし、仲裁合意の効力は、契約本体(本ケースでは売買契約)とは別異に解され、日本企業とアメリカ企業との間で紛争が生じた場合は仲裁により解決する、という意思自体に詐欺の影響がないと、仲裁廷が判断すれば(なお、これは第二のKompetenz)、仲裁合意自体は有効となり、仲裁により、詐欺の事実が認定されることになります(なお、これは第一のKompetenz)。感覚的には、やはり不思議に思うかもしれませんが、「仲裁合意は紛争解決というその目的から、契約本体とは独立のものであって、契約本体とは必ずしも運命をともにしないということ」(谷口安平、鈴木五十三 編著 『国際商事仲裁 法と実務』丸善雄松堂 2016年 117頁)が理由として挙げられているようです。

実際、仲裁法にも、下記のように規定されています。

仲裁合意を含む一の契約において、仲裁合意以外の契約条項が無効、取消しその他の事由により効力を有しないものとされる場合においても、仲裁合意は、当然には、その効力を妨げられない。(仲裁法13条6項)

4 仲裁可能性(Arbitrability)

当事者自治の原則の観点から、合意により、紛争解決を仲裁の方法によることができる、と当事者自治の項で説明しましたが、これには限界があります。例えば、刑事事件や行政事件を仲裁手続きに服させることはできません。

また、日本の仲裁法では、下記のように定められており、離婚や離縁に係る紛争は仲裁手続きによることができないことが明示されています。

仲裁合意は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り、その効力を有する。(仲裁法13条1項)

このように、紛争の性質によっては、仲裁手続きに服することができない場合があり、仲裁による紛争の解決が可能か否かが、仲裁可能性(Arbitrability)の問題なのです。

以上、今回はアカデミックに寄った投稿になりました。次回はもう少し、実務的な記事を書いてみようと、思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?