未練。 ~あるカープファンの、丸佳浩についての身勝手な独白~

 これは悔しさなのか悲しさなのか切なさなのか。もっと格好よく忸怩たる思いってやつなのか、それより単に負け惜しみなのか。万感の思い? いや、そんなんじゃない。「自分の語彙の貧弱さから逃げずにちゃんと言葉を探しなさい」といつか誰か偉い人が言っていた気もするけど、いいや、もうこの気持ちを何かの単語で表すのはあきらめよう。

 この一年あまり、口にせず、文字にもせず、でもずっと思っていたことを言葉にする。
 ああ嫌だな、と今でも思う。言葉にするのは格好悪いし、言葉にしたら何かが変わってしまうような気がするし。

 でも、言葉にしよう。

 なんで、丸は巨人になんて行ってしまったんだろう。
 なんで、丸は今年カープにいなかったんだろう。


 別に「Why」が知りたいわけじゃない。そんなの、いろんな人が言ったり書いたりしていたことや、広島の人たちが噂することをつなぎ合わせれば、私にだっていくらでももっともらしいことは言える。なんなら今から全部それで埋め尽くしたっていい。
 母が遠くから嫁いで苦労しているのを見て育った私は「奥さんが大学卒業してすぐ広島にお嫁に行ったから関東に帰りたかったんだって」も理解できるし、広島の人がよくも悪くもなれなれしい(そういうの個人的には好きだけど)のを知っているから「プライベートがなかった」もわかる。なんていったってお金が欲しかったと言われても、東京のほうが子どもの教育環境がいいから、も「はいごもっとも」という感じだ。どちらかのご両親が……というやつも、昔から巨人ファンでした! というやつも、川口やら江藤やらで免疫がある。

 そうじゃない。Whyが知りたいわけじゃない。ただ思う。なんで丸は巨人になんて行ってしまったんだろう。なんで、丸は今年カープにいなかったんだろう。

 一応言っておくと、「巨人になんて」にさしたる意味はない。たぶんこれがどこだったとしても、カープではない時点で「○○『なんて』」なのだ。

 2018年暮れのFAから何度も、そして今でもまだ思っている。たとえば緒方が「絶対出るな」って泣いたらよかったのかな、とか。前の年にもう1億円くらい上乗せして複数年にしておけばこんなことにならなかったのかな、とか。
 というか、今もなお、ふっと帰って来ないかな、と思ってしまう。「やっぱり僕はカープに育ててもらいました」とか「巨人合わなかったです」とか「カープが好きでたまりません」とか。たぶん違約金がかかるけど、そんなのマツダスタジアムの座席を全席1万円にでもして払えばいい。むしろ、こんなことならマツダスタジアムの座席を全席1万円にしておいてくれればよかった。そうしたら丸が出て行かなかったなら、そのほうがずっとよかった。


 だって、忘れるなんてできない。
 2016年、あの25年ぶりの優勝を果たした年、久しぶり過ぎて、夢のようで、口にしたら消えてしまいそうな気がして、夏の盛りになっても誰一人「優勝」という言葉を口にできずにいたあの年。頼まれてもいないのにべらべらしゃべる達川すら、「このままいけば、秋には『いいこと』が待ってると思いますよ」なんて言っていたあの年。
 誰も発せずにいたその二文字をお立ち台で最初に口にしたのは丸佳浩だった。いつも気づけば負けている横浜スタジアムで、「まあ今日はお前のところに勝たせてやったわ」みたいな感じで横浜ファンが帰り支度をしている三塁側の内野席で、私は確かに聞いたのだ。丸が、「絶対に優勝したい」と言ったのを。
 ああヤバい、書いてたら涙出てきた。年々肩身の狭さが募っていく「浜スタ」の内野で、いつも悔しい思いをしているその席で、「いやカープ好調ですけど優勝するかはわかりませんよベイスターズいるし」なんてしょっちゅう言いやがる高木豊のホームグラウンドで、丸佳浩は言ったのだ。
 「優勝」。私たちがずーっと怖くて口に出せなかったその一言を。


 丸に関して、とても好きなエピソードがある。本当は丸は背番号「9」ではなくて「1」を引き継ぐはずだった話だ。前田智徳は自らの前任者の山崎隆造にも了承を得て、根回しバッチリ、あとは丸に伝えるだけ、になっていたのに、いつの間にか緒方が「9」を丸に引き継がせると決めていて、段取りを整えてしまっていた、という顚末。そのくせ丸が「背番号9になりました」と挨拶に行ったら「ワシはまだ認めん」とか言っちゃう緒方のツンデレ。丸は頭のいい選手だから、緒方のそのゆがんだ愛情がわからなかったはずはない(と思いたい。ああでもわからなかったのかなぁ……)。その緒方が監督のときに出て行く意味を丸が考えなかったはずなんてない(と思いたい。以下略)。


 2019年、私は結局一度も東京ドームに行けなかった。前の年のカープ戦は全部行ったにもかかわらず。単純に、怖かった。あの、白熱灯の下みたいな人工的な光の下で、やたらデカいアナウンスを受けて、似合わないユニフォームを着た丸が手を挙げているのなんてホラーだ。丸の打席で「ジャイアンツタオルを回しましょう!」なんて言われたらどうしていいかわからない。

 だって丸は私たちの丸なんだもん。今も、これからもずっと私たちの丸なんだもん。背番号63から9になって2年連続でMVPをとって、打点を上げたらスタンドに敬礼する、私たちの丸なんだもん。そう思うのをやめるなんて、少なくとも私には絶対にできない。

 たんすの奥にある、丸のプロユニ。引退試合に着ていくよ、なんてうそぶいているけれど、本当は思ってる。その前に、着たいなって。叶わないのは知っているけれど、でも、思ってる。「やっぱり2020年からカープに戻るわ!」なんて言い出さないかな、って。


 ああ、なんで、丸はもうカープにいないんだろう。

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