間城集仁

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幸福の傘

3 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き①)、1(続き②)、2へ> <3-1、1(続き①)、1(続き②)へ><前回へ> 1(続き) 「ねえ、亜美はどうしちゃっ…

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3 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き①)、1(続き②)、2へ> <3-1、1(続き①)へ><前回へ> 1(続き)  奈保は亜美の言ったことを理解するのに少…

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3 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き①)、1(続き②)へ> <2-2><3-1><前回へ> 1(続き)  二本の腕がスッと消えてなくなった。掴んでいたレバ…

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3 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き①)、1(続き②)へ> <2-2><前回へ> 1(続き)  まさか、そんな偶然って。  下駄箱の脇の黄色い傘を取り上げ…

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3 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き①)、1(続き②)へ> <前回へ> 1  大通りを一本入った一画の、小さな児童公園の隣に亜美のアパートはある。全部で六…

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2 <1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き)へ><前回へ> 2  バイト先のファミレスには、その日、多くの客が訪れた。春先に奈保が週三回働き始めてから、最も忙…

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2 <1-1、2、3、4へ><2-1へ><前回へ> 1(続き)  三号館を出たあたりで、尻のスマホが震えた。画面を見ると舞衣からだった。日頃、スマホでのやりとりの…

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2 <1-1、2、3、4へ><前回へ> 1(続き)  画面中央に、マイクを持った眼鏡の男性がいる。右上には「中継 〇〇警察署前」のテロップがあった。  奈保は少し驚…

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2 <1-1、2、3へ><前回へ> 1  三号館三百一番教室の一番後ろのドアに、息を切らして奈保が辿り着くのと、一番前のドアを倫理学の教授が開けるのとは、ほぼ同時…

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1 <1-1へ><1-2へ><前回へ> 4  アパートを囲むブロック塀の入口を入った直後、奈保は平衡感覚を失った。二、三歩斜めによろめき、塀の内側にぶつかって、そ…

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1 <1-1へ><前回へ> 3  通りの両側に並ぶ店は、みんな閉まっている。時刻は午前零時前だった。  H駅近くの、この古い商店街にコンビニやファミレスは無く、夜の…

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 1 <前回へ>  2 「亜美、待ってよ!」  廊下の先を早足で進んでいた亜美に、小走りで追いついた奈保は、並んで歩きながら訊いた。「どうしたの、急に」 「行くんだ…

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 1  1  黒灰色の雲が急速に空を埋める。あたりは怖いほど暗くなった。  ぽつ、ぽつ、と大きな雨粒が落ちてきたかと思うと、一気に土砂降りになった。  三百人は入れ…

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腐ってもいいよ。
ただし、発酵すること。

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「ねえ、亜美はどうしちゃったの?大丈夫なの、亜美は?」
 耳に氷を押し当てられた気がした。舞衣の声は、いつもより低いばかりではない。不安とか恐れとか怯えといった暗い感情を孕んでいた。今ここで決して聞きたくはない声だった。
 それでも舞衣には、もっと詳しく事情を説

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 奈保は亜美の言ったことを理解するのに少し時間がかかった。そして理解はできたが受け入れることはできず、「うそ」と呟いた。
 ちょっと眉をしかめながらも、亜美は笑って応じた。
「ホントだってば」
「どこで」と奈保が訊くと、
「五号館の玄関。奈保と一緒に、あの傘を拝借した場所。私

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 二本の腕がスッと消えてなくなった。掴んでいたレバーが下に動いた。何がどうなっているのかわからないまま、押してみるとドアが開いた。
 すぐそこに亜美が立っていた。死んだはずの亜美が。目も口も開けたまま、ひどい格好で転がっていた亜美が、今は昨日と同じ、白いブラウスにレモンイエローのスカー

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 まさか、そんな偶然って。
 下駄箱の脇の黄色い傘を取り上げて開くと探し始めた。これが二宮聖香のものだという証拠を。角度を様々に変えながら、上からも下からも見ていく。
 とはいえ、この行為が間違いなく徒労に終わることは奈保にもわかっていた。最もはっきりした証拠は名前だ。が、まずないだろう。子供じ

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 大通りを一本入った一画の、小さな児童公園の隣に亜美のアパートはある。全部で六部屋の、小ぢんまりとした二階建てだ。まだ新しく、晴れた日には緑の屋根と白い壁がまぶしい。
 しかし今、タクシーの窓から公園の滑り台越しに見るアパートは、街灯の光に照らされてはいるものの、闇の色が滲んだみたいに煤けて見えた。
 それでも奈

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<1-1、2、3、4へ><2-1、1(続き)へ><前回へ>

 バイト先のファミレスには、その日、多くの客が訪れた。春先に奈保が週三回働き始めてから、最も忙しい一日となった。ホールスタッフに混ざり、テーブルの間を動き回っていた店長も、厨房に料理を取りに来て奈保とすれ違う時、嬉しさと困惑の入り混じった顔で「こんなのは、なかなかないよ」と言った。
 最初のうち、忙しく働きながらも、奈保には充実感

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<1-1、2、3、4へ><2-1へ><前回へ>
1(続き)
 三号館を出たあたりで、尻のスマホが震えた。画面を見ると舞衣からだった。日頃、スマホでのやりとりのほとんどがLINEの舞衣が、電話とは珍しい。どうしたんだろう?直前までの気分を引きずっていたせいで、余計に厭な予感にかられながら電話に出た。途端に、いつもよりトーンの高い舞衣の声が、耳に飛び込んできた。奈保は思わず足を止めた。
「やったね

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<1-1、2、3、4へ><前回へ>
1(続き)
 画面中央に、マイクを持った眼鏡の男性がいる。右上には「中継 〇〇警察署前」のテロップがあった。
 奈保は少し驚いた。意外にも近くからの中継だったからだ。〇〇警察署は大学とは駅の反対側にあるが、歩いてもおそらく十五分くらいで着くはずだった。何があったんだろう?どうしてみんな集まってるの?
 前にいる男の頭が動いたのに合わせて、奈保も立ち位置をずら

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<1-1、2、3へ><前回へ>

 三号館三百一番教室の一番後ろのドアに、息を切らして奈保が辿り着くのと、一番前のドアを倫理学の教授が開けるのとは、ほぼ同時だった。途中のほとんどを走ったかいがあったと、ほっとしながら奈保はドア近くの席にへたり込んだ。室内は空調が効いているが、汗はすぐには止まらない。

 およそ一時間前、奈保は身震いして目覚めた。エアコンもテレビもつけっ放しだった。半開きの目

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 アパートを囲むブロック塀の入口を入った直後、奈保は平衡感覚を失った。二、三歩斜めによろめき、塀の内側にぶつかって、その場にしゃがみこんだ。暫くは動けず、足元の土と、自身の汗のにおいをかいでいた。今頃になって酒が足にまで回ってきたようだ。たいして飲んでもいないのに。亜美は無事に着いたかな。ちらりと心配したが、確かめるのは後回しにした。バッグからスマホを取

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<1-1へ><前回へ>

 通りの両側に並ぶ店は、みんな閉まっている。時刻は午前零時前だった。
 H駅近くの、この古い商店街にコンビニやファミレスは無く、夜の九時を回れば、開いている店は無くなってしまう。
 街灯の光を反射する、まだ濡れたその通りを、奈保と亜美は歩いていた。
「あー、楽しかったー」
 突然、亜美が大声を上げた。
「しーっ!」
 奈保は慌てて人差し指を鼻の前に立て、亜美を睨んだ

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「亜美、待ってよ!」
 廊下の先を早足で進んでいた亜美に、小走りで追いついた奈保は、並んで歩きながら訊いた。「どうしたの、急に」
「行くんだよ、駅まで」前を向いたまま、亜美はケロリと答える。
「行くって、この雨ん中?」
「そ」
「服、台無しになるんじゃないの?」
 私だってご免だ。こんな土砂降り、バッグを頭上にかざしたくらいじゃ何の足しにもならない。M駅までどころか、出た瞬

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 黒灰色の雲が急速に空を埋める。あたりは怖いほど暗くなった。
 ぽつ、ぽつ、と大きな雨粒が落ちてきたかと思うと、一気に土砂降りになった。
 三百人は入れるS大学五号館の五百二十五番教室では、四限目、社会学概論の講義が終わろうとしていた。
「うわっ、すごいね」
 教壇側から徐々にせり上がっていく座席の列。その一番後ろの窓際で、波多野亜美が外を眺めたまま呟いた。
「ちょっとぉ。今日、降るっ

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腐ってもいいよ。
ただし、発酵すること。